172 ぬりかべ令嬢、師匠になる。

 それから皆んなで朝食を摂った後は早々に設営を片付けて出発だけれど、ここで結界を解くのを忘れてはいけない。証拠は隠滅しなければならないのだ。

 ……という訳で、魔力の痕跡が見つからないようにしっかりと魔力を消しておく。

 季節外れのクラベットベリーや果物などは出来るだけ摘んで皆んなのおやつにする。食べきれないものはジャムにして何かのデザートに使うつもりだ。


 そして私は馬車の中に資材を持ち込み、ブレスレットを作る準備を始める。今日中にモブさん達にお守りを作って安心させてあげたいし。


 私はレオさんから貰った魔石に魔力を込めようとして手を止める。どれぐらいの魔力を込めればいいのかマリカやディルクさんに確認しておこうと思ったのだ。


「あの、モブさん達のブレスレットは商会の皆んなが持っている聖眼石ぐらいの魔力でいいですか? それとも万が一の事を考えてハルに作ったものと同じぐらいの魔力の方が──……」


「それは駄目」


 ……──いいのかな、と言おうとしてマリカに遮られる。


「彼らの身を案じるなら止めてあげて」


 ……ん? どういう意味だろう? さっきの結界の話みたいに、あまり魔力を込めすぎると法国関係者にバレちゃうのかな。


「ブレスレットのような小さい物でも法国に気付かれるの?」


「違う。ハルと同じものだとヤキモチを焼いて大変。彼らの生命が危ない」


 ……ああ、そっか。『身を案じる』ってそっちの意味なのね。

 でもそんな事でハルが妬いてくれるかな? と思っていると、ディルクさんからも注意を受ける。


「マリカの言う事ももちろんあるけれど、ミアさんにお願いして殿下に献上した例のブレスレットは天輝石──神話に出てくる幻の石だからね? そんなあちこちに存在していいものじゃないんだよ?」


 ハルに渡すと知らなくて、言われるがままに思いっきり魔力を込めた魔石は法国で言うところの神霊聖石、魔導国では賢者の石と呼ばれるような伝説や神話に出てくるモノになってしまった出来事を思いだす。

 私がハルから預かっていた皇環も七年間身に付けていた事で月輝石から天輝石に変化していたって聞いた時はすごく驚いたっけ。


「じゃあ、商会の皆んなと同じ聖眼石なら大丈夫ですか?」


「……そうだね。それぐらいなら……って言いたいところだけれど、それでも十二分に価値があるからね? ……何だか段々感覚が麻痺して来たよ」


 ディルクさんはそう言うと、眉間によったシワを指でもみもみと揉んでいる。そうして頭の中を整理しているのかもしれない。

 それにしても何だかお守りのレベルを下げるような会話だけれど、聖眼石でも最上級の守り石といわれているので十分効果はあるとの事。


「本来なら考えられないぐらい贅沢な話だよね。でもこれからは法国はもちろん魔導国にも注意しないとね。空間魔法なんて使う機会はそう無いだろうけど、用心するに越したことはないからね」


 ディルクさんに言われ、私は「はい」と返事した。ただでさえ不穏な法国に見つかると危ないのに、魔導国にまで注意しないといけないなんて。


(……あれ? 待って? そう言えば私、空間魔法は結界以外には使っていない……?)


 野営の時の結界と<神の揺り籠>は空間魔法と知らずに使っていたけれど、もしかすると意識して魔力を使えば魔導国でよく作られている空間収納の魔道具が私でも作れるんじゃ……?


 ふと思いついた事だったけれど、その可能性に気付いてしまうと試したくて仕方がない。それに、もしも空間魔法が使えるのなら一気に帝国に移動出来る……?


(いやいや! ダメダメ!! 誘惑に負けちゃいけない……!!)


 一瞬、良案が浮かんだような気になったけれど、上手く行くか分からないし空間魔法なんて未知の領域だから、しばらくは我慢した方が良いよね……と思い自制する。危ない危ない。

 今は旅の途中だし、これで何か問題でも起こしてしまったら……ハルのもとへ行くのが遅くなるかもしれない──そう考えると湧き上がっていた好奇心が急速に降下していく。


「ミア、空間魔法は帝国に行ってから」


 私はマリカの言葉にドキッとする。もしかして魔眼って心まで読めるのでは? と、最近本気で思う。


(危なかった……思い留まって良かったよ……!)


 マリカの言う通り一先ず空間魔法の事は忘れ、私は気を取り直してブレスレット作りに集中する事にする。そして以前、聖眼石を作った時の事を思い出し、同じようにイメージする。


(あの時イメージしたのは確か、「聖なる眼」だったっけ。悪いものに対して睨みを効かし見逃さず、災厄や穢れから身を守って、加護を与える──)


 私がイメージしながら魔石に魔力を流すと、魔石がふわっと光り輝いて石の中に吸い込まれていく。吸い込まれた光が石の中で回転しながら層になっているのを見て、久しぶりだったけれど、成功して良かったと安堵した。

 こうして改めて見ると、聖眼石と言われるのも頷ける。じっと見ていると光の眼に吸い込まれそうになるものね。


「はわわ……! ユーフェ……ミア様、凄いです……!」


 私が魔石に魔力を込めるところをじっと見ていたマリアンヌが感嘆の声をあげる。そう言えばマリアンヌが私の魔法を見たのって今回が二回目だっけ。レグの首輪の時は別の部屋だったものね。


 私はマリアンヌに出来たての聖眼石を見せてあげようと思い、「マリアンヌも見てみる?」と言って手渡した。


「え!? 良いんですか? って……! うわぁ……! すっごく綺麗です……!!」


 マリアンヌは聖眼石を受け取ると、珍しそうに色んな角度から眺めている。その反応に私は「あれ?」と気付く。


(そう言えば私、マリアンヌにまだお守り渡していない……?)


 すっかり忘れていたけど、気付いて本当に良かった! マリアンヌは私の大事な人だから、是非ともお守りを身に着けて欲しい。


「ごめんね、マリアンヌにもお守り作るからね。でもマリアンヌにはブレスレットだと邪魔かな? ペンダントにも出来るけど、どっちが良い?」


「え!? 私にもいただけるんですか!? わぁ!嬉しいです! では、ペンダントでお願いしてもいいですか?」


「うん! もちろん!」


 マリアンヌが身につけるのならもっと薄い色の革紐の方が良いよね、と思うので、後でもう一度レオさんに在庫があるか聞いてみよう。


 さあ、作るぞ! というところでふと思いつく。


(……あれ? よく考えたらモブさん達のお守り、ペンダントの方がいいんじゃ?)


 闘う事がある人にブレスレットだと引っかかったり、切れて無くしちゃうかもしれないよね、と考えを改めた私はやっぱりペンダントにしようと決めた。


 そうと決めた私はモブさん達のペンダントを作り始める。普通の馬車なら揺れで作りにくいところだったけれど、ハルから借りているこの馬車はほとんど揺れないからとても助かる。

 革紐を交互に編み込んでいく私の手元を、マリアンヌが興味深そうに眺めている。その瞳は好奇心なのか、とてもキラキラしていて何だか子供のようだ。


「……えっと、マリアンヌもやってみる?」


 じっと見られているのが恥ずかしかった事もあり、私はマリアンヌに一緒にペンダントを作ろうと誘ってみると、「え! いいんですか? ミア様が良ければ是非!」と、ぱあっと明るい笑顔になった。

 マリアンヌもペンダント作りにとても興味があったらしい。マリアンヌのすごく嬉しそうな顔を見ると私も嬉しくなる。


「よろしくお願いします! ミア様……じゃない、師匠!!」


 …………えぇ〜……。


「いや、流石に師匠は違うと思う。私だってそんなに上手な訳じゃないし」


「いいえ! どんな事でも指導下さる方は私にとって師匠なのです! だからダニエラさんもデニスさんもエルマーさんも私の心の師匠なのです!!」


 うーん、言いたい事は分かるのだけれど、師匠はちょっとなぁ……でもマリアンヌの心意気に水を指すのは悪い気がするし……。


「マリアンヌが私のことを師匠って思ってくれるのは嬉しいけど、呼び方はいつも通りでお願いね」


 私がそう言うと、マリアンヌは「えっ……」と呟いてとても残念そうな表情を浮かべた。


 ……もしかして師匠呼びに憧れでもあったのかな?




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「173 ぬりかべ令嬢、サロライネン王国を訪れる。」です。

何やら新キャラ登場の予感!?次の登場人物紹介がエライことに!!


次回の更新は未だストックがたまっていないので未定です…すみません!

更新の報告はTwitterでお知らせしていますのでよろしくお願いします!


そして書籍版1巻が発売中です!

詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3144

電子版もありますので、どうぞよろしくお願いいたしますー!

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