17 ぬりかべ令嬢、雇用される。
「お客さんと色々お話したいのでー、ちょーっとこちらに来てもらっても良いですかー?」
ハンスさんの息子さんだと言う店員さんに誘導されて奥の部屋に向かう。七年前にも行った事のある商談室だ。
こうして一緒に歩いてみると、息子さんは普通に身長有るし、女装している訳でもないので男の娘って訳では無さそう。中性的な顔で柔らかい雰囲気だし声もハスキーで、椅子に座っていたから余計に女の子に見えたみたい。
「こちらへどうぞー。今お茶を用意しますから、こちらで座って待っててくださいねー」
息子さんがお茶の準備をしてくれる。どうやら手ずからお茶を淹れてくれるらしい。
のんびりとした口調に反して、てきぱきとお茶の準備をする姿を見てお手伝いは逆に邪魔かもと思い、お言葉に甘えてソファーに座る。……ああ、懐かしいなあ。
「お待たせしましたー。お口に合えば良いんですけどー。はい、どうぞー」
「ありがとうございます、いただきます」
息子さんが淹れてくれたお茶は香りも良くとても美味しかった。もしかしてここで働く人は全員お茶を淹れるのが上手いのかな?
お茶を飲んで一息ついた頃に、息子さんとのお話が始まった。
「わざわざこちらまでお越しいただいてすみません。僕はこの『コフレ・ア・ビジュー』の店長兼、ランベルト商会の商品管理を担当しているディルク・ランベルトと申します。どうぞディルクとお呼び下さい。」
……あれー? さっきと口調が違うんですが。急に変わった雰囲気に思わずポカーンとしてしまった。
「あ、はい、すみません! 私はえーっと、ミアと申します。どうぞよろしくお願いします」
ディルクさんは私が驚いた様子に気付くと、苦笑いしながら説明してくれた。
「ああ、口調が変わったから驚いていらっしゃるのですね? 混乱させてしまい申し訳ありません。店頭に出る時はあの口調で喋るようにしているのですよ。その方がお客様も気兼ねなく『色々』お話してくれますしね」
「色々」と言うところが何だか気になるけど、うーん確かに。私もついつい身の上話をしてしまったし、こうやってノコノコここまで連れて来られたのだ。
なるほど説得力があるなあ。私は妙に納得してしまいうんうんと頷いた。
「その、ランベルトさんは店長も務められているとの事ですが、いつも買取のカウンターにいらっしゃるのですか?」
店長と言うと執務室でお店の管理とかしているイメージだったので、ちょっと意外だった。
「ああ、僕の事はどうぞディルクとお呼び下さいね。それと僕は先程店長を名乗りましたが、実際は仕入れ担当の様なものですから。世間的にはいつもこの店の店長は不在気味と言う事にして、大体の店長業務は副店長に丸投げしているんです。売り場にいる方が好きと言うのもありますが」
「はあ、副店長さんに……。店長のお仕事って大変そうですものね」
「そうなのです。大変なのです。本当は肩書なんて不要だったのですが、会頭の息子が一店員と言うのも外聞が悪いらしく。まあお飾りの店長ですよ。元々親父ともそう言う約束でしたし。人には向き不向きがありますからね。僕はモノを取り扱う事に特化しているので」
「鑑定の魔法を会得されていらっしゃるなら適任ですね」
「だったら嬉しいですね。確かに僕にとっては天職かもしれません。仕入れに行くのも楽しいのですが、買取カウンターにいると貴重なものだったり珍しいものだったり、思わぬ出会いがありますからね……今日の様に。それが楽しくてやめられないのですよ」
ディルクさんが私を見てにっこりと微笑む。
その笑顔はハンスさんと雰囲気がそっくりだった。本当に親子なんだ。
「ところでミアさん。改めまして、うちの親父とはどの様な関係ですか?」
突然の質問にお茶を溢しそうになる。まさかの不意打ちー!
「いや、関係と言われましても……」
言い淀む私の様子にディルクさんは眼を細めて射抜く様に見つめて来た。
先程とは違い、まるで私自身を鑑定されている様な気分になる。
「親父はあれでも会頭ですからね。余程の人間じゃ無いと簡単に会ったりしないのですよ。それに僕の事もご存知だったでしょう? あの親父がそう簡単に内部の事を漏らすとは思えませんし。ですので僕としましては貴女にとても興味がありまして」
「教えてくれますよね?」と、拒否権はありませんと言わんばかりの笑みで迫るのはやめてほしい。
これと言って隠す事もないので、仕方なく七年前の事を簡単に説明した。もちろん私が貴族だということは内緒で、使用人目線だ。
「ああ、あの限定の香水をお買い求めにお越しになられた時に、親父が融通して購入いただいた、と。……うーん」
ディルクさんが考え込んでしまった。取り敢えず余計な事は言わず黙って待っていよう。
「その同伴されたハルと言う少年は余程お得意様のご子息みたいですね。まさかあの親父が、ねぇ……なるほど」
色々疑問は残る様だけど、何とかディルクさんは納得してくれたらしい。
良かった良かった。
「親父の件はわかりました。お話しいただきありがとうございます。それでミアさん、先程の雇用の件ですが、如何でしょう? 我が商会で働いてみる気はありませんか?」
そうそう、ここに来た本題はその事だった。正直忘れていましたよ……。
「私にとって、とても有難い申し出なのですが、調合出来ると言っても本を見ながらの独学で自己流ですし、ご期待に添えるかどうか……」
正直ここで働きたいとは思うけど、高度な要求に応えられる様なスキルは持っていないし。掃除洗濯料理は得意なんだけど。
「ああ、そんなに難しく考える必要はありません。今日お持ちいただいた化粧水の品質さえ維持いただければ、独学でもなんでも結構ですよ。それにうちの店は様々な職人の方と契約していますし、その方々と交流いただければ勉強になりますよ。きっとミアさんの世界も広がるのではないかと」
そこまで言って貰えるのならお願いしよう。これからも勉強できる環境が有るのはとても有難い。知識は力なりと言うものね!
「でしたら是非、お願いします! ここで働かせて下さい」
私が決意してお願いすると、ディルクさんはホッと安堵した様に微笑んだ。
「良かったです、金の卵を逃したらと思っていましたので安心しました」
金の卵なんて大げさだけど、雇ってもらえたのなら、早く役立てるように精一杯頑張ろう。
そこで私は大事な事を忘れていた。今の私は逃亡者……いや、家出人? とにかく、私がここで働くというのは他言無用でお願いしなければ。
なので、ディルクさんには酷い男と無理矢理結婚させられそうになったので全力で逃げてきた……と説明した。
「お金のために娘を差し出すなんて……! わかりました。ミアさんの存在をなるべく知られない様に配慮させていただきます」
「ありがとうございます!」
ああ、良かった……! ほとぼりが冷めるまでお言葉に甘えさせてもらおう。
その後、私はディルクさんと契約の話を進め、かなりの好条件で雇ってもらえる事になった。早速明日からお仕事だ。ちなみにこの商会には従業員用の寮もあるらしく、住むところが決まっていなかった私はとても助かった。
ハンスさんは今帝都のお店にいるそうで、二、三ヶ月後には王都にやってくるらしい。その時ハルの事を聞いてみようと思う。
屋敷を出たその直後に好条件の就職先が決まったのは本当に幸運だった。神様に感謝せねば。
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