16 ぬりかべ令嬢、鑑定される。
デニスさんと別れた私はあまり目立たないように、髪の毛を帽子の中に入れて深く被った。
まだ朝早い時間なので通行人の数はそう多くない。私は逸る心を抑えながら少し早足で歩く。
そしてしばらく歩いていると、見覚えのある通りに出た。遂に私はハンスさんのランベルト商会が経営する「コフレ・ア・ビジュー」にやって来たのだ。実に7年ぶりになる。
「懐かしいなあ……」
相変わらず素敵なお店で人がたくさん出入りしている。今では王都でも一番の人気店なんだそうだ。(アメリ情報)
確かお店の奥に買い取ってくれる場所があったはず……。
人で賑わう店内に入り、陳列されている商品を楽しみながら眺める。
流石人気店だけあって、取り扱う商品はどれも魅力的だ。目利きの商人が居るんだろうな。そんな人に私の作った物が通用するかわからないけど……。駄目で元々だ! よし! 行くぞー!
私は心の中で気合を入れて、買取カウンターへ足を運ぶ。カウンターには眼鏡を掛けた女の子が座っている。
……ここで合ってるよね? 間違ってたらどうしようと思いながら恐る恐る声をかける。
「あの……すみません」
「はーい! いらっしゃいませー! 買い取りですかー? どうぞこちらへー!」
店員さんの勢いに押されて、おずおずと帽子を脱いで椅子に腰を掛ける。そんな私に店員さんはニコニコしながら話しかけてきた。
「今日はどのような商品をお持ちですかー?」
「はい、化粧水なのですが、こちらで買い取りは可能でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよー! 一度見せていただいて問題なければ買い取りさせていただきますー!」
良かったー。取りあえずは見てもらえるんだ。今更ながら門前払いだったらどうしようと思ったわ。
私は鞄の中から一本取り出して見てもらうことにした。
「こちらをお願いします」
「はいはーい、ではちょーっと失礼しますよー」
店員さんが眼鏡を外して瓶の中身をじっと見つめる。
……わあ、眼鏡外すとすごく綺麗! 不思議な雰囲気の人だなあ。
店員さんの顔に見惚れていると、店員さんの目が魔力を帯びて煌めいたのに気付く。……あ、今「鑑定」の魔法を発動している……?
しばらく鑑定していた店員さんの目がふっと元に戻る。鑑定が終わったらしく、眼鏡をかける店員さん。あら勿体無い、と思いつつどんな結果が出たのかドキドキする。
「……うーん」
何故か店員さんが黙り込んでしまったので不安になって来た。鑑定は終わったと思ったんだけど……どうしたんだろう?
しばらく待っていると、店員さんがやっと口を開いた。
「……あのー。ちょっとお聞きしますけどー。この化粧水はどこかのお店で購入されたんですかー?」
「え、あ、いえ、私が作ったのですが……」
私が返事をするや否や、ずいっとカウンターから身を乗り出して手をガシッと握られた。
「お客さん調合師ですかー? この化粧水、どうやって調合したんですかー? 教えてくださいー!」
何だかすっごく質問されているけどどうしよう……これといって特に何もしていないんだけどな……。
「あ、あの、すみません、どうやってと言われましても……」
私が返答に困っているのに気付いた店員さんは、ハッとしたと思うと握っていた手を離してカウンターへ引っ込んでいった。
「……そうですよねー。そう簡単に調合のレシピを教える訳無いですよねー」
店員さんがしょんぼりしながら呟くように言うので、何だか申し訳ない気分になる。でもなー。本当に特別な事していないから説明出来ないんですよ……。
「あの、鑑定の結果はどうだったのでしょうか?」
とりあえず買い取って貰えるのか気になるので教えて欲しい。
「あー! そうでしたー! すみませんーつい興奮しちゃってー!」
てへへーと笑った後、気を取り直した店員さんが鑑定の結果を説明してくれた。
「この化粧水は凄いですねー。『若返りの水』と言われるフローラルウォーターに近い品質ですー。あ、フローラルウォーターって知ってますー? 美容に特化したポーションの総称なんですけどー。えーっと、それでですねー。この化粧水にはー……ローズ、ラベンダー、ヘリクリサム……かなー? ハーブが何種類か入っているのはわかるんですけどー。うーん、これは精製水の質が違うのかなー? とにかく高品質ですよー」
おお! 高品質! 嬉しい!
さすが鑑定魔法を使うだけあって博識な店員さんだなあ。
精製水の事もわかっちゃうんだ……それって水魔法で出した水だからかな……? 水を汲むのが大変だったから魔法を使っちゃってたけど……まさかね。
「こちらの化粧水ですけどー、これ一本で二万……いえ、三万ギールでいかがでしょうー?」
「え!?」
あまりの値段にすっごく驚いた。そんなに……? まだまだ鞄の中にあるけどどうしよう……でも一気に出すと値崩れ起こすかも?
「こちらも利益を出さないといけないんでー。これが買い取れる金額ギリギリなんですよー」
お世話になったハンスさんのお店だし、変な金額はつけないだろうから、ここで買い取ってもらおうかな。
「じゃあ、それでお願いできますか?」
「ありがとうございますー! ではお支払いの準備しますねー。ちなみに他にも持っていらっしゃいますー?」
店員さんに聞かれてドキッとした。どうして持っているのがわかったんだろう……まさか鑑定でそこまでわかるの?
「ああ、今買い取りたい訳じゃないですよー。こちらも売れるかどうか確実にわかるまでは大量に仕入れるのはリスクがありますからー。まあ、この品質なら大丈夫だと思いますけどー。僕が知りたいのはですねー。またこの化粧水を売ってもらえるかどうかー……つまり同じ品質のものを安定供給出来るかどうかなんですよー」
私がアワアワしていると店員さんが補足してくれた。
なるほど、そういう事か。安定供給ねぇ……。
「同じ物でしたらいくつか有りますけど、それが無くなれば作るのは難しいですね」
「えー、そうなんですかー? 僕の勘ではこの化粧水バカ売れすると思うんですよねー。だからもう作れないと言うのは勿体無いですよー。聞いていいかどうかわかりませんけどー、難しいというのはどういう意味でですかー? もし良ければ教えていただけませんー? 場合によっては何かお手伝い出来るかも知れませんしー」
私の作ったものを喜んでもらえるなら嬉しいけど……思い切って相談してみようかな。ハンスさんが雇っている人だし。
自分でもハンスさんの事信用しすぎだとは思うけど、七年前の件で恩もあるし、何より私が知っている唯一ハルに近い人だから、もしかしたら何かの関わりを持てるかも。
私は店員さんに、自分は家を出て来たのでもう自分で育てたハーブが手に入らないこと、準備が出来たらこの王国から出て帝国に行きたいと思っていることを伝えた。
店員さんはじっと私の話を聞いた後、うんうん唸って考え事をしていた。
「ふーん。なるほどですー。ちなみに準備ってどれぐらいかかりますかー?」
「そうですね、出来れば何処かで雇っていただいて、働きながらお金を貯めつつ帝国の事を色々勉強したいと思っているので、三ヶ月もしくは半年でしょうか」
私の話を聞いた店員さんがぱあっと明るい顔をしたと思ったら、再びずいっと身を乗り出してきた。
「だったらこのお店で働けば良いですよー! うちの店の裏にハーブ園あるんでー、そこでハーブ育てながら化粧水作ってくださいよー! お給金も弾みますし、何よりうちは帝国が本店ですからねー。帝国には詳しいですよー!」
何というタイミング。渡りに船とはまさにこの事?
「えっと、申し出は有り難いのですが、そう簡単に人を雇って大丈夫なのですか? ハンスさんの許可とか必要なのでは?」
店員さんが勝手に決めて良い事じゃないよね、と思うんだけど。
「あれー? うちの親父をご存知でー? 僕はこのお店を任されてるんでー、人を雇う権限もありますし大丈夫ですよー」
……ちょっと待ってー! ええ!? この店員さん、ハンスさんのお子さんだったの!? 全く気付かなかったんですけど……!!
「……あれ? そう言えば確かこのお店は息子さんが企画したって聞いたような?」
じゃあ、この店員さんは妹さん?
「そうそうー。僕が企画したお店なんですよー。よく知ってますねー。親父から聞いたんですかー? 親父がそんな事言うなんて、お客さんと親父はどういう関係ですかー?」
……!! 衝撃の事実!! え!! まさかの男の子……!? いや、男の娘? どっちなの!?
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