18 ランベルト商会来客室にて(ディルク視点)

 ナゼール王国の王都に有る「コフレ・ア・ビジュー」と言う名の店が僕の店だ。ちなみに店名には「宝石箱」と言う意味がある。

 まあ、正確には親父の店でも有るけれど、普段親父は帝都の本店に居てほぼ不在なのであながち間違ってはいないだろう。


 僕は昔から鑑定魔法が使えるという事もあり、商会で取り扱う商品の仕入れや管理をほとんど任されている。職人が手がけた工芸品や、珍しい魔道具。貴重な宝石を使った装飾品に美術品。高級品ばかり取り扱うかと言えばそうではなく、普段遣いに便利な日用品や雑貨など、取り扱う商品の幅はかなり広いものの、販売するのは厳選した商品ばかりなので、実際品揃えが良く質も高いとお客様からは高評価を得ており、王都でも一番の人気店と言われるまでになった。


 本来は店長と言う肩書きは有るものの、自分に経営センスは無いのでその辺りは副店長に任せっきりとなっている。おかげで毎日気楽に商品の仕入れや手入れが出来て助かる。

 なので僕の定位置は店長の執務室ではなく買取カウンターだ。

 ここでは日々、ありとあらゆる品が持ち込まれ、珍しい品に出会える機会も多いので大変楽しい。中には粗悪品を持ち込んでくる輩もいるけれど、僕の鑑定魔法を誤魔化す事は出来ない。これでもかなり希少な上級の実力なのだ。

 しかし仕入れや買取以外にも重要な役割がある。それは情報収集だ。

 僕の容姿は人を油断させるらしく、更に意識して口調を変えることで、人々は僕に警戒を解き、色んな話をしてくるのだ。

 天候から近所の猫の話に嫁への愚痴、物価の話等など……他愛も無い話が多いけど、集めた情報を取捨選択することで、有益な情報になったりする。

 その情報を元に仕入れの量を調整したり、新商品のアイデアが出たりと、人の噂話というものは中々侮れないのだ。


 そして今日もいつものように僕は買取カウンターにいた。すると僕より少し年下らしい少女がカウンターの方へやって来た。

 別に年頃の少女が買取依頼をすること自体は珍しくないけれど、その少女の佇まいや雰囲気が、僕の商人としての勘に超反応した。

 ──この少女は只者じゃない、と。


 僕はいつもの笑顔と口調で少女をカウンターへと導く。帽子を脱いだ少女は、近くで見ると予想以上に綺麗な顔をしていた。まるで少女自体が芸術品のようだ。


 そんな少女が買取依頼をする内容が気になって心が逸っていたけれど、気付かれたら警戒されそうだったので、なるべく何時も通りに振る舞う努力をした。


「化粧水なのですが、こちらで買い取りは可能でしょうか?」


 その妖精のような少女が出してきたのは小さい瓶に入った化粧水だった。澄んだ色合いの品に期待が高まり、早速鑑定魔法を発動させた。すると、驚くべき内容の結果が脳内に浮かんだ。


 ──これは……! 「美容液のエリクサー」と称される、美容特化の上級ポーション!?


 こんなものをこの少女は一体どこから手に入れたんだろう……!?

 つい考え込んでしまった僕に、少女が困惑している気配がしたので、慌ててこの化粧水の出処を聞くと、まさかの返答が。


 この少女がこの化粧水を作った……だと!?

 その事実に興奮した僕はつい彼女の手を握りしめ、我を忘れてその製法を問い詰めてしまった。


「お客さん調合師ですかー? この化粧水、どうやって調合したんですかー? 教えてくださいー!」


 ……自分でもドン引きである。


「あ、あの、すみません、どうやってと言われましても……」


 少女の困った声にハッと我を取り戻す。いかんいかん。


 鑑定の結果を聞かれたけれど、正直に話して良いものかどうか戸惑った。これはそう簡単に世間に出て良い物じゃない。

 下手をするとこの少女の身が危険にさらされる可能性も……。

 うーん。どうやって誤魔化そうか。

 とりあえず少しランクを落とした鑑定結果を伝えよう。金額は多めにして。


「こちらの化粧水ですけどー、これ一本で二万……いえ、三万ギールでいかがでしょうー?」


 この金額で納得してくれたら良いんだけど……! 本当は桁が違うんだけど……!

 いつもは正直に査定価格を伝えるようにしているから、良心の呵責が凄い。


「え!?」


 少女が金額を聞いて驚いている。しまった……! 安く言い過ぎたか!?

 しかしフローラルウォーター並って言っちゃったしなー。ここで鑑定内容を覆すと信用が……。


「こちらも利益を出さないといけないんでー。これが買い取れる金額ギリギリなんですよー」


 もうやけくそだ。ここは強気に出るしかあるまい。断られたら何とか別のアプローチで攻めるのだ。


「じゃあ、それでお願いできますか?」


 僕の葛藤をよそに、少女はあっさりと了承してくれた。天使か……!?

 自分で言うのもアレだけど、もうちょっと疑うとかした方が良いのでは、と心配してしまう。

 だが、まだこれで終わらせる訳にはいかない! 何とかこの少女を我が商会に引き込まねば!


「ありがとうございますー! ではお支払いの準備しますねー。ちなみに他にも持っていらっしゃいますー?」


 さり気なく話の流れを変えていく。この仕事で培った話術を今ここで活かすのだ!


「ああ、今買い取りたい訳じゃないですよー。こちらも売れるかどうか確実にわかるまでは大量に仕入れるのはリスクがありますからー。まあ、この品質なら大丈夫だと思いますけどー。僕が知りたいのはですねー。またこの化粧水を売ってもらえるかどうかー……つまり同じ品質のものを安定供給出来るかどうかなんですよー」


 押しすぎても駄目だろうから、ちょっと引き気味に言いつつ情報を引き出していく。

 化粧水の情報以外にも親父の話題が出たのには驚いたけど。


 そうやって少女を誘導し、雇用の話に乗り気になったところでダメ押しに親父を引き合いに出して、ちょっと強引に奥の部屋へ案内する。


 この部屋から出る時、君は晴れてうちの従業員だ。逃がすものか……!


 いつもの口調を元に戻し、自己紹介する。初めは態度の変化に驚いていたけれどすぐ慣れたようだ。案外肝が据わっているのかも知れない。


「あ、はい、すみません! 私はえーっと、ミアと申します。どうぞよろしくお願いします」


 ミアと名乗った少女は七年前に発売した限定商品を購入しに来店したらしい。そしてその時親父と会ったそうだ。

 その当時、確か僕は仕入れのために彼方此方と走り回っていて不在だったんだっけ。


 しかし親父をよく知っている僕はその話を聞いて驚いた。

 僕は親父からあの香水の試供品を提供したとは聞いていない。

 あれはただの試供品では無かった筈。それなのに……。


 その時ミアさんと一緒に居たという「ハル」とは一体何者だ?

 親父がその件を僕に話さなかったところを見ると、かなり高位の貴族かもしれない。しかしそんな名前の貴族令息は記憶に無い……ということは渾名か……?


 そう考えると思い当たる人物が一人だけ思い浮かぶ。

 しかしその方は……まさか……!!


 もし僕が想像した通りの人物が「ハル」なのだとしたら、全ての辻褄が合う。

 ──どうやらこのミアという少女は僕の予想以上の人物だったらしい。


 しかし「ミア」と言う名前がやけに引っかかる……なんだっけ?


 ……あ! 確か少し前に王宮から捜索依頼が出されていた一件の……?

 きっと彼女があの「ミア」本人だろう。すべての条件に当てはまる。しかしその捜索依頼は確か取り下げられたはず。ならばこちらに非はない……か。


 決断した後は早かった。


 僕は考えうる高待遇でミアさんを勧誘した結果、見事彼女を雇用することに成功した。もちろん、買取価格の差額分は給金に乗せる形でお支払いさせていただこう。それに彼女が働く場所は研究棟だ。なら、きっとあの娘は喜ぶだろう。そう思いながら内心喜んでいた僕に、ミアさんが申し訳なさそうに、こっそりと願い事を言ってきた。その内容を聞いた僕は見知らぬ彼女の親に怒りを覚えた。

 酷い男と無理矢理結婚させられそうになったので全力で逃げて来たとは……!

 こんな可愛い少女が政略結婚の犠牲になるとは理不尽な世の中だ。


「お金のために娘を差し出すなんて……! わかりました。ミアさんの存在をなるべく知られない様に配慮させていただきます」


「ありがとうございます!」


 ミアさんは心の底から安心したように微笑んだ。その顔を見てこの笑顔が曇らなければ良いな、と思う。

 それによく考えれば、彼女の存在を秘匿するという事は商会のためにもなるのではないか? 彼女の作る化粧水は社交界で噂の的になるだろう。もし貴族が彼女に目を付ければ、軟禁状態で死ぬまで化粧水を作らされるかも知れない。

 そう考えた僕は、ミアさんとの契約が終わった後直ぐに全従業員に箝口令を敷いた。我が商会の優秀な作業員たちはきっと秘密を守ってくれるだろう。


 ──さあ、これからはもっと忙しくなるぞ!

 

 普段神に感謝したことはないけれど、彼女と出会えた幸運には感謝しないといけないな……と、自分でもらしくないことを思った。

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