35 ぬりかべ令嬢、新商品を作る。

 化粧水が発売されてから一週間がたった。


 発売した瞬間から、貴族を中心にあっという間に口コミで広がり、今や王国だけでなく他の国からも問い合わせが殺到しているようだ。


 通常の化粧水より値段設定は高めなのにもかかわらず、飛ぶように売れているとの事でとても嬉しい。


 ディルクさんは人気が出るのはわかっていた様だったけど、さすがにここまでとは思わなかったらしい。「女性の美への追求は留まる事がないなあ……」とぼやいていた。色々と苦労しているみたいで……お疲れ様です。何だか申し訳ない。



 私の一日の日課は研究棟前の庭でハーブの手入れをする事から始まる。


 手入れをしながら使えそうなハーブを収穫して、そのハーブを風と火の魔法を使って乾燥させ、ドライハーブにする。

 本来ならドライハーブになるのに数週間はかかるけれど、魔法を使えば時間短縮にもなってとっても楽だ。

 そしてその後は、いつも通りに魔法を使って化粧水を生成していく。


 その様子を見たディルクさんやマリカさん達は最初の方こそ絶句していたけれど、今はもう慣れたのか普通に受け入れてくれている。


「本当はこの状況に慣れちゃダメなんだけどな……」


「人間、一度楽を覚えてしまうとその状況を享受してしまうからのう」


「もう昔には戻れないね~」


 ……などと皆んなに言われたので、どうしようと思っていると、何とマリカさんが魔道具を作って解決してくれた。


 マリカさんが作った魔道具は熱風を出してハーブを乾燥させて撹拌する為のものと、エキスを抽出して濾す為のものの二つだ。それぞれを一号、二号と名付けた。


 魔石が埋め込まれた台座にガラスで作った筒を設置して、更にその上に排気孔が空いている蓋を乗せている。この魔道具の本体部分はマリカさんが設計して、ニコお爺ちゃんが作っているそうだ。ニコお爺ちゃんすごい!


 台座に埋め込む魔石は動力用と術式を組み込んだものをそれぞれ二つ用意。

 実は、術式用の魔石の作成には私も協力したのですよ! ……とは言っても、しばらく魔石を身に着けていただけだけど。


 どうやら私が魔石を身に付けて時々魔力を通すようにすると、魔石に聖属性が付与されるらしい。

 その聖属性の魔石にマリカさんが風と火魔法の術式を書き込む。そしてもう一つの魔道具にも同じく、魔石に水と火の魔法術式を書き込んでいる。ハーブを濾すためのザルは土魔法で作ればそのまま使えるので、特に術式は必要ないそうだ。


 ちなみに私の土魔法は成長促進や効果倍増の魔法らしい。ハーブの成長がやけに早いのもそのせいだった。

 他にも土地を浄化する作用があり、そうして清められたところは不浄なモノを追い払ったり寄せ付けなくするそうだ。


 そう聞いた私は早速この研究棟に土魔法を掛けてみた。お化け怖いからね! 備えあれば憂いなしだものね!


 そうして魔道具一号、二号を使って作った化粧水は、私が一人で作るものよりは効能は劣るものの、現在発売している化粧水と何ら遜色ない物が作れる……と、マリカさんが研究して開発してくれたのだ。


 マリカさん本当にすごい!


 これからは動力用の魔石に魔力を通すだけで化粧水が作れる様になったので、誰にでも作ることが可能になった。もし私が居なくなっても商品を作り続けることが出来る……そんな環境をマリカさんは寝る間も惜しんで整えてくれたのだ。あんな小さい体で。


 ──なんて優しい人なのだろう。そしてなんて愛情深いんだろう。


 勿論私のために頑張ってくれたのもあるだろうけど、一番の理由はきっと──ディルクさんの為なのだとわかる。


 ここ二週間一緒にいるけれど、一見無表情に見えて実はマリカさんは感情が豊かなんだと気が付いた。ただ顔に出ないだけなのだ。

 でも普段無表情なマリカさんの顔が一瞬綻ぶことがある。その時は大抵ディルクさんが傍に居る時だ。その時のマリカさんは筆舌に尽くしがたいほど可愛い。いや、可愛すぎる!


 マリカさんの年齢を聞いたのだけれど、実は十四歳で私の一つ年下だった。もっと年下だと思っていたので驚いた。どうやら小さい頃に居た環境が悪かったらしい。

 詳しくは聞かなかったけど、マリカさんは昔ディルクさんに拾われてここに来たのだそうだ。二人の間に何かの絆を感じるのはそのせいなのかもしれない。


 そうしてマリカさんのおかげで化粧水を作る時間がポッカリと空いたので、何か新商品を作ろうと思い立った。やはりここはマッサージオイルかな。


 マッサージオイルを作るにはまずエッセンシャルオイルとキャリアオイルを作らないといけない。

 私はハーブを用意して早速準備に取り掛かる。


 ハーブを水と火の魔法で作った蒸気に当てて蒸したら、風魔法で水蒸気を閉じ込める。閉じ込めた水蒸気から熱を取り去ると気体が液化し、精油と蒸留水に分かれる。この精油がエッセンシャルオイルだ。

 でも一度の生成でエッセンシャルオイルが採れるのは極わずか。まあ、今は試作品を作りたいだけなのでこれでいいかと思いながら作業していく。


 エッセンシャルオイルが出来たら次はキャリアオイルだ。エッセンシャルオイルだけだと濃度が高いからお肌のトラブルになってしまうので、キャリアオイルで薄めるのだ。

 本当は植物性のオイルが良いんだけど……一度試してみたかったバターから作る製法を試してみよう。

 厨房でバターを分けて貰い、火魔法で焦げないようにじっくりと溶かしていく。バターが溶けるとしゅわしゅわと音を立てて泡が出始めた。さらに加熱すると泡が大きくなって、ぱちぱちという音に変わってきた。しばらくすると泡が細かくなって、アクのような物が出てきたので、<浄火>の火魔法で取り除く。アクが出なくなって、ぱちぱちと言う音もしなくなったので魔法を止める。

 そうすると甘い香りがする透き通った金色の液体が出来上がった。これをザルで濾せばキャリアオイルの完成だ。ここまで来れば、後はもう混ぜるだけ!


 保存容器にマッサージオイルを入れて、後でディルクさんに鑑定して貰おうとした丁度その時、アメリアさんが研究棟にやってきた。


「ああ~疲れた~……ちょっとここで休ませて~」


 ふらふらと部屋に入ってきたアメリアさんはかなりお疲れの様子だった。ソファにもたれてぐったりしている。


「大丈夫ですか? 良かったらこれをどうぞ」


 お疲れのアメリアさんが元気になる様にと魔法で出した水を渡す。あ、お茶が良かったかな?


「ありがとう~。嬉しい~」


 アメリアさんは水を受け取ると美味しそうにゴクゴクと飲み干した。すると体が薄らと光ったので効果が発揮されたのがわかる。


「え!? やだ何これ!? 身体がスッキリしてる! さっきまでの疲れが嘘の様に消えてるわ!」


 アメリアさんはすっかり元気になったみたいで、身体を伸ばしたりして確認している。


「ミアちゃんありがとう! 過労死するかもと思っていたから助かったわ!」


「お役に立てて良かったです」


 アメリアさん曰く、化粧水が発売されてから化粧品を買い求める人が増えているらしい。それで連日化粧品売り場は大盛況なのだそうだ。


「ミアちゃんの化粧水でお肌の調子が良くなった人達が、自信を取り戻したみたいでね。みんなもっと綺麗になりたくて化粧品を買い求めに来るのよ」


 今までお肌のトラブルに悩んでいて化粧が上手く出来なかった人達が、私の化粧水を使ってお肌の悩みから解放されたらしい。


「お客さんの顔がとても明るいのよ。皆んな良い表情で商品を買っていってくれるわ。ジュリアンの売り場も大変みたいよ?」


 そうか。綺麗になったら次は服だものね。そのうちジュリアンさんも倒れちゃうのかな。お水を差し入れした方が良いかもしれないな。


「ちなみにさっきから気になっているんだけど、ミアちゃんの後ろにあるそれは何?」


 アメリアさんが作ったばかりのマッサージオイルが入った容器を指さした。


「えっと、これはマッサージオイルです。新商品にどうかなって……」


「マッサージオイルですって!? ミアちゃんが作ったの!?」


 アメリアさんの食い付きがすごい。「ええ、そうですけど……」と答えると嬉しそうに「じゃあ、私が最初の被験者になる!!」と言われ、その迫力に負けてついOKしてしまった。


「でも、ディルクさんの許可を得てからになりますけど良いですか?」


 大丈夫だとは思うけど、もしトラブルがあったらと思うと心配だ。ディルクさんに鑑定してもらわないと不安になる。


「それは勿論! わかってるから大丈夫よ。ディルクから許可が出たら教えてね!」


 アメリアさんは「ふふっ、楽しみー!」とニコニコ笑顔だ。本当に嬉しそうでほっこりする。


「あら。そう言えばマリカは? 最後はマリカで癒やされたかったんだけど」


「何やらお客さんがお越しになられたようで、今ディルクさんと一緒に面会していると思います」


 私がそう言うと、アメリアさんの顔が少し厳しい顔になった。


「また奴らね……ほんとしつこいったら!」


「奴ら……?」


 私が不思議そうにしているとアメリアさんが「実はね……」と教えてくれた。その話によると、どうやらマリカさんに魔導国の国立魔道研究院から再三引き抜きの打診があるらしい。以前ディルクさんが言っていた「マリカさん目当ての奴ら」ってそこの人たちの事だったんだ。マリカさん天才だものね。


「マリカさん、魔導国に行ってしまうなんて事……無いですよね?」


 もしマリカさんが居なくなったらと思うとスゴく寂しいし悲しい。そんな想像をしてしまった私にアメリアさんが安心するように頭をぽんぽんしてくれた。


「大丈夫よ。マリカは絶対自分からここを離れたりしないわ。ディルクがいる限りはね」


 アメリアさんが「本当よ」と笑顔でウインクしてくれた。その笑顔にすっかり不安な気持ちが霧散した。アメリアさんの笑顔最強!


 マリカさんは国立魔道研究院にかなりの厚遇で誘われているけれど、頑として断っているらしい。どれだけ条件を釣り上げても見向きもしない様で、そろそろ魔導国の方も諦めつつあるそうだ。


「だけどマリカの才能と魔眼は、魔導国からすれば喉から手が出るほど欲しいでしょうね。一商会の開発部に居て良い存在じゃないとでも思ってそうだわ」


 最近魔道具開発が停滞気味の魔導国がマリカさんの稀有な才能に目を付けたのだろう。利権が絡むと途端に事態がややこしくなる。


 マリカさんが望まないのならそっとしてあげて欲しいのに……色々難しいな、と思った。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


次のお話は

「36 ぬりかべ令嬢、怒られる。」です。


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