36 ぬりかべ令嬢、怒られる。
国立魔道研究院との面会が終わったディルクさんとマリカさんが研究棟に帰ってきた。
どうやら今回もマリカさんは誘いに乗らなかったみたいでほっと一安心。
「今回は少し心配だったけど、マリカが断ってくれて良かったよ」
「なんじゃなんじゃ。今度はどんな条件を付けてきたんじゃ?」
ディルクさんの言葉に私もニコお爺ちゃんと同じ様に興味が湧いた。一体どれぐらいの好条件なんだろうと浅ましいながらにも気になってしまう。
「今回は条件の釣り上げじゃ無くて、色仕掛けだったんだ」
……は? 色仕掛け!? ディルクさんから意外だった言葉が出てポカーンとする。
「え〜魔導国も必死なんですね〜。ハニートラップとか〜」
え? ハニートラップ!? あの噂の!?
「今まで面会に来た研究院の人達はお偉いさんが多くてね。まあ、年配の人達ばかりだったんだけど。今回は珍しく、若くて見目が良い人間を連れて来ていたよ」
えぇー!? もしかして、見た目が良い人間を連れてきたらマリカさんが靡くと思ってるって事? それはちょっとどうかなぁ……。マリカさんに失礼なのでは?
マリカさんの反応を見ると、相変わらず無表情ではあるけれど不機嫌オーラを出しているのがいやでも解った。
そんなマリカさんは、ぽつりと吐き捨てるように呟いた。
「下衆の極み」
あらら。やっぱり怒っちゃってる。魔導国的には苦肉の策だったんだろうけど……。
「愚策じゃな」
「愚策だね〜」
やはり皆んな同じ意見だった。けれど肝心の人はそうは思わなかったようで……。
「でもマリカはああいう人が好みなの? いつもと反応が違っていたから、そうなのかなって」
ディルクさんの言葉に皆んなが「いやいやいや、それは無い無い。勘違いだって!」と心の中で思っていたけれど、本人は本当にそう思っているようだ。
「ここの事は気にしなくて良いんだよ? マリカがやりたい様にして良いんだからね? マリカは十分商会に貢献してくれているんだから」
ディルクさんの言葉にマリカさんが必死にブンブン首を横に振っている。遺憾の意を表しているようだ。
「行かない」
マリカさんはハッキリと言ったけれど、ディルクさんはそれを強がりと思ったようだ。意外とこういう方面は鈍いのかな?
そう言えばこう言う人の事を鈍感系主人公って言うんだっけ? 難聴系?
「そう? なら良いけど。やりたい事が有ればちゃんと言うんだよ。僕が出来ることなら協力するからね」
そう言ってディルクさんはマリカさんの頭をよしよしと撫でている。
「「「「…………」」」」
何と言うか……マリカさんしょんぼりしちゃってるし……。
部屋が居た堪れない空気になってしまった……どうしよう。
皆んなどうフォローしようか考えあぐねている様子。
そうだ! 私がディルクさんに新商品を見せて場の空気を変えてみよう!
「あの! ディルクさん! 新商品を作ってみたのですが、確認していただけますか!?」
ディルクさんに鑑定をお願いしたら何故かジトッとした目つきで睨まれた。
「そうそう、ミアさんに確認したいんだけど、この研究棟に何かしたのかな?」
……あれ!? 珍しく機嫌が悪い……? こんなに機嫌が悪いディルクさんは初めてだ。
「え……何かと言われますと……?」
何だかディルクさんの笑顔が怖い……。目が笑っていない笑顔ってなんて恐ろしいの……!?
「んん? もしかして心当たり無い? この研究棟の周りが<聖域>になっているんだけど?」
え? <聖域>!? えーっと? ……あ! そう言えば掛けましたね、土魔法……。
「すみません、不浄なものを寄せ付けないらしいので、ちょっと土魔法で……」
……ごにょごにょ。
「『ちょっと』って言ってるけど、これ法国の司教枢機卿レベルの術だからね? そんな簡単にできる御業じゃないからね!?」
ええー……。お化けが来ないようにって思っただけなんですけど。
「やっぱりのう……ワシ、どうりで空気が清浄じゃな〜と思ったんじゃよ」
「心が洗われる気がするよね〜」
あら。何だかニコお爺ちゃんとリクさんには好評のようだ。良かった!
でもこのままじゃダメなのかな……?
伺うようにディルクさんを見ると、何だか困ったような顔をして考え込んでいた。
「うーん……まあ、うちの敷地内なら大丈夫、かな……? 外からは見えないし……うーん。でもなあ……」
ディルクさんが何を心配していたのか説明してくれたところによると……。
「あのね、<聖域>と言うのは本来、神が宿ったり降臨する為の神聖な領域の事なんだ。法国では<神降ろしの儀>で使用される秘儀の一つでね。法国の司教枢機卿が三人がかりで三日三晩祈りを捧げてようやく発動する術なんだ。それでも成功率はかなり低いらしいんだけどね。その術を発動させた場所はアルムストレイム教にとって『至高の聖地』になるんだよ。神が降臨した場所だからね。そして主にその秘儀が行われるのは法国の大神殿だから、当然その大神殿は聖地として重要視されている訳なんだけど……これがどういう意味かわかるかな? ミアさんはこの研究棟を法国の大神殿並みの聖地にしたと言う事なんだよ?」
ひー!! そ、そんな大それた事だったの……!? どうしよう……。司教枢機卿三人が三日三晩って……。すみません、三秒で発動してしまったんですけど……。
「なんちゅうか、ミアちゃんの規格外っぷりが留まるところを知らんのう」
「段々力が強くなってない〜?」
えええええ!? どうしよう、そうなのかな? それってあまり良くないよね?
「理解してくれたかな? そんなモノが其処彼処に出来たら一瞬で法国にバレるからね? もう簡単に使っちゃダメだよ?」
「はい! わかりました!! 気を付けます!!」
私の返事に満足したディルクさんが「じゃあ、新商品を見せて貰おうかな」と言ってくれたので、マッサージオイルが入った容器を「お願いします」と言って手渡した。
眼鏡を外したディルクさんが<鑑定>を発動して確認してくれたのだけれど……。
どうしてディルクさんは項垂れているんだろう?
「……もしかしてこれって『聖膏』……」
力が抜けたようにディルクさんが呟いた。
しばらく動かなかったディルクさんだけど、何とか復活して私に説明してくれた。毎回毎回すみません……。
「聖膏」とは、古の賢者が伝えたという神々の知識をまとめた『生命の聖伝』と言う文献に記載されている幻の液体の事らしい。
治療のみならず料理にも使用出来て、記憶力、知力、消化力、精力、生命力を増大させ、使い方により無数の効果を上げることができるという万能油だそうだ。
今回は美容に特化したハーブを使ったので、このオイルは更に免疫機能を高め、炎症やアレルギーを緩和し、魔力を供給してくれる効能も有るという。
このオイルは料理には使えないけど、今度はローズマリーやタイム、オレガノにバジルなどのハーブで料理用を作ってみるのも良いかも! 料理用の場合は脂肪が身体に溜まりにくく、肥満になりにくいとか。すごい! 本当に万能だ!
ちなみに法国にも同じようなものがあるけれど、そちらは大司教が調製し、病に際して神による癒しの奇蹟と恩寵を求める為の儀式や洗礼に使われるそうだ。
「ええっと、それじゃあこのマッサージオイルは……」
「そのままで売れるわけ無いよね(良い笑顔)」
……ですよねー。知ってました!
だから青筋立ててニッコリ笑わないで下さい。ホントすみません。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
ディルクさんは怒ると饒舌になるらしいです。
次のお話は
「37 喪失の忌み子(ディルク視点)」です。
ディルクさんの機嫌が悪い理由と、
マリカの過去が少ーしだけ書かれています。
お読みくださった方への感謝の気持ちを込めて文字数増量キャンペーンです。(気持ちばかりですが)
どうぞよろしくお願いします。
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