37 喪失の忌み子(ディルク視点)

 ミアさんが作った化粧水「クレール・ド・リュヌ」が発売された。


 顧客である貴族のご婦人方に使いを出し、化粧水の効能を実際に試して貰ったところ爆発的に評判が広まり、あっという間にこのランベルト商会の看板商品となった。

 やはりこういう流行を作り出すのに貴族のご婦人方の協力は欠かせない。


 ミアさんが作った原液を普通の精製水で薄めているものの、さすが聖女が作った化粧水と言うべきかその効果は凄まじく、最早女性たちには欠かせない必須アイテムとなっている。


 未だ口コミで広がり続ける化粧水の噂は近隣諸国にまで伝わり、各国からの問い合わせの数も日に日に増えている。中には定価より高額で買い取るという業者もいるらしいが誰も手放そうとしないそうだ。


 おかげさまで化粧水の予約はずっと入り続けており、リピーターも続出なので、日が経つに連れ需要が高まっている。

 だがここで調子に乗ってはいけない。もしこの化粧水が販売出来ない状況に陥った場合の事を考えて、対処方法を用意して置かなくてはならないからだ。


 ──いずれミアさんは帝国のレオンハルト殿下の元へ行き、将来は皇帝の妃となるだろう。だからいつまでも彼女を頼る訳にはいかないのだ。


 ミアさんに化粧水の原液を大量に用意して貰ったところでいつかは在庫が底をつく。そうなれば暴動が起こるかもしれない……首謀者はアメリア辺りで。

 どうにかしてミアさんを頼らず、自分たちだけで化粧水を作る方法を模索しなければならない。


 しかしその期限は約2ヶ月後──親父が帝都からやってくるまでがタイムリミットだろう。


 そんな短時間で聖属性が解明出来るのなら法国なんて不要だろう。あの国は聖属性を持つ者を目敏く見つけ出しては神殿奥深くに囲い込んでいるという。

 困窮する人々を救うべく遣わされたであろう聖属性の人間を独占し、その威光を利用して権力を手に入れようとする法国のやり方には正直反吐が出る。

 そんな法国にミアさんを渡す訳にはいかない。彼女はもう僕たちの大切な仲間なのだから。


 店内の買取カウンターで今後の事を考えていた僕のところにマリカがトコトコとやって来た。普段は研究棟に籠もっているのに珍しい。


「マリカどうしたの? ここに来るなんて珍しいね」


 僕が声を掛けると、白い頬を赤く染め、キラキラした目で見上げてくる。

 ……ん? この反応はもしかして何か褒めて欲しいのかな?


 マリカはいつも無表情で口数も少ないから、感情が抜け落ちているのではと誤解する人が多いけど、本当はとても感情豊かな女の子だ。

 彼女が生まれ育った部族の悪習のせいで、色を持って生まれなかった彼女は家族からも虐げられていた。幼少期の栄養失調が祟り彼女はもうすぐ十五歳になるというのに十歳ぐらいにしか見えない。

 僕が偶然発見しなかったら、今ここで彼女は生きていなかっただろう。


 彼女が生まれた部族は帝国内の南の方に位置する少数民族で、浅黒い肌に金の瞳、燃えるように紅い髪の毛を持ち、男女共に筋肉質で美しく整った体型をしている。

 そんな派手派手な部族の中に、ある時真っ白い赤ん坊が生まれ落ちた。

 「喪失の忌み子」──色も感情も言動も抜け落ちて生まれてきた子供、それがマリカだった。


 色はともかく感情や言動は後天的なものだろう。愛情も与えられず育児放棄されている子供に豊かな感情が芽生え、なおかつ言葉が出る訳が無い。

 しかし彼女は奇跡的に生き延び、僕との出逢いがきっかけで部族の柵から解放され、自由を得たのだ。

 それから僕は王国へ戻る事になったのだけれど、部族から抜けて一人になったマリカを置いて行ける筈もなく、僕自身もマリカを気に入ったのもあり一緒に連れて帰る事にした。


 僕は<鑑定>が主な仕事とは言え、様々な物事に対する深い知識は結構有る方だと思う。いくら<鑑定>出来たとしても、その鑑定結果の意味がわからなければ宝の持ち腐れだからだ。

 だから小さい頃から書物を読み漁ったり、親父の仕事を手伝いながら見聞を広めて来たけれど、環境がアレだったマリカは誰にも何も教えられず、何も知らない真っ新な子供だった。


 僕は上に姉が三人いるけれど、末っ子だったのもありマリカを妹のように可愛がった。そして勉強を教えている時にマリカの頭がかなり良い事と魔眼に気が付いたのだ。ひどい環境でも生き延びて来られたのはそのおかげだったのだろう。


 マリカは教えれば教えるほど、面白いぐらいに知識を吸収し、蓄えていった。

 本当の天才というのはマリカの事を言うんだな、と納得したのを覚えている。


 それからもマリカは日々学習していき、その豊富な知識に僕はもう彼女の足元にも及ばなくなってしまった。

 僕よりも余程物知りになったマリカだったけど、変わらずに僕に懷いてくれているのがとても嬉しかった。


 マリカは知識を蓄えるだけでなく、その知識を応用して使う事にも優れていた。

 魔道具に興味を持ったマリカは魔法技術をあっという間に理解し、術式を組み上げ、簡略化し効率を向上させ、今まで無駄に大きかった魔導具の小型化に成功するという偉業を成し遂げた。


 しかし魔導国に目を付けられてしまったのは僕の不注意だった。

 どこからかマリカの事がバレてしまったらしく、引き抜きの話がひっきりなしにやって来てはその都度、僕が無口なマリカの代わりに断り続けていた。

 今はもう落ち着いて来たけれど、しばらくは仕事にならなかった。


 その時の事を反省した僕は店に関わる全ての人間に守秘義務を課すことにした。勿論、その分待遇面で便宜を図ったけれど。

 案外この対策が功を成し、店の従業員に連帯感を、商会に於いては信用を得る事が出来たのは僥倖だった。


 そんな中、マリカは随分と僕に恩義を感じてくれているらしく、魔道具発明関連の権利を譲渡してくれようとしたのには驚いた。さすがにそこまでしてもらう義理は無いので、代わりに商会にかなり有利な条件で契約して貰っている。おかげで我が商会は潤沢な資金を得る事が出来ているので、次々と新規事業に投資が出来、商会の規模もかなり大きくなった。

 ちなみにマリカの個人資産はその辺りの貴族の資産を軽く上回っているのは秘密だ。


 そしてマリカにたくさん助けられている僕は、更に彼女に助けられてしまう事になる。

 ──マリカが魔道具でミアさんの化粧水を再現することに成功したのだ。


 聖属性を解明した訳では無いと謙遜していたけれど、それでも十分過ぎる成果だ。僕は手放しでマリカを褒めちぎった。下手をすると商会が窮地に陥る所を救ってくれた様なものだからだ。……特にアメリアの脅威から。

 だから僕はマリカに何かお礼をしたくて、何が欲しいか訪ねてみたけれど、彼女は何も欲しがらない。もしかして欲も無くして生まれて来たのかもしれない。

 ただ、いつも何かを言いたそうにしているのはわかっている。それは僕に言えない事なのか、それとも……。


 最近の僕はよく思うのだ。まだまだたくさんの可能性を秘めているマリカが、研究棟に閉じこもっている今の状態では折角の可能性を潰してしまっているのでは無いか、と。

 僕としてはマリカにもっと広い世界を見せてあげたい。だから魔導国の研究院からの勧誘も、彼女にとっては良い機会なのに、彼女は頑なに拒んでいる。


 そこから考えてみると、もしかして彼女は自由が欲しいのかもしれないと思い至る。何が欲しいか聞かれても言い出せないのは、商会に対して責任や義務があると思っているからではないか。


 僕がそう結論付けたその時、タイミングが良いのか悪いのか、魔導国の国立魔道研究院から面会依頼が来た。

 さすがに門前払いする訳にも行かず、いつものように商談室へと通して貰ったのだけど、その時チラッと見えた研究員の一人が、いつも来る年配の人と違うことに気が付いた。

 歳が僕と同じぐらいのその研究員は、若くて見た目が良く、自信に満ち溢れているように見えた。冴えない僕とは大違いだ。恐らくマリカを勧誘するために人選したのか、随分と女受けが良さそうな雰囲気だった。

 そんな彼を見ると、さすがのマリカも今回は勧誘に乗るかもしれないな……と思ったら何故か胸がモヤモヤした。

 モヤモヤの原因がわからないままマリカを待っていると、研究棟からこちらに向かって来るマリカが見えた。

 つまらなさそうに歩いている姿に、面会がすごく嫌なんだろうなと言うのが伝わってくる。そんな不機嫌そうなマリカの顔が、僕を見つけた瞬間嬉しそうな顔に変わる。


 ──ああ、いつものマリカだ、と思うと、僕の胸のモヤモヤが晴れていたのに気付く。きっと忙しさに荒んだ心がマリカに癒やされたのだろう。


 しかし何故か今回はマリカをあの研究員に会わせたく無いと思ってしまう。そういう訳には行かないんだろうけど。


 仕方なくマリカと商談室に入り、それぞれと挨拶を交わす。すると案の定、エフィムと名乗った研究員は熱心にマリカを口説き出した。

 研究院の素晴らしさはともかく、いかに自分が優秀で期待されているか、研究院に来てくれれば自分が大切に面倒を見るとか、かなり真剣だった。

 きっと彼自身が個人的にマリカを気に入ったのだろう。

 マリカはとても可愛いから当然の反応だろうけど、何だか妙に気に食わない。


 初めはグイグイ来るエフィムに戸惑ったマリカが不安そうに僕を見上げてきたので、安心するように微笑んだ。それでマリカも落ち着いたのか、しばらくはエフィムの話を聞いていたんだけど、何だかマリカの様子がおかしくなってきたのに気付く。

 普段は雪のように白いマリカの頬が段々と赤くなって来たではないか。しかも手をもじもじと合わせていて、微妙に呼吸も荒い気がする。まさかマリカはエフィムに……!?


「……と、言う訳なのですよ。魔導国の素晴らしさをご理解いただけましたか?」


 マリカが心配になったけど、ちょうどその時に話が終わったようで、エフィムがマリカに笑いかける。するといつもはあまり反応しないマリカがこくこくと頷いている。僕は初めて見るマリカに驚いた。


「……! では、魔導国にお越しいただけるんで!?」


 副院長もいつもと違うマリカの反応に手応えを感じたようだ。このままではマリカが魔導国へ行ってしまう──そう思った僕は、気が付いたらマリカに問いかけていた。


「マリカは魔導国に行きたい?」


 いつもなら背中を押すような言葉を掛けるけれど、今の僕はどうしてもそんな言葉を掛けたくなかった。


「行かない」


 マリカが断ってくれて安堵した僕は、マリカの気が変わらないうちにと畳み掛けるように二人に言った。 


「本人もこう言っておりますし、何分研究で忙しい身ですので、どうぞお引き取り下さい」


 僕の言葉にガッカリした様子の二人だったけど、「また来ます」「マリカさん、またね」と言っていたので、諦めるつもりは毛頭ない様だ。特にエフィムには去り際に恨みがましい視線を向けられた。


 だけどエフィムを見送るマリカの目が引き止めたそうに揺れているのを見て僕は……。


 それからマリカと研究棟に戻ったけれど、僕の心の中はずっと荒れたままだった。


 ミアさんが法国の秘儀<聖域>をいとも簡単に顕現してしまったり、作ってくれた新商品が伝説の「聖膏」だったりと、また問題が山積みになってしまったけれど、僕の心の中はずっと微かな苛立ちに似た思いが燻ったまま残り続けたのだった。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ディルクにライバル登場(?)です。


次回予告(嘘予告とも言う)


次回、ランベルト商会に激震が走る!

果たしてディルクのイライラは治まるのか!?

苦悩の末、マリカが選んだのは──?


「38 国立魔道研究院の二人」


面会の様子を研究員視点からお送りします。


どうぞよろしくお願いします。

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