38 国立魔道研究院の二人
王都一番と評判の店、「コフレ・ア・ビジュー」に二人の人物が居た。
灰色のローブを纏っている二人は色彩が溢れている店内にはとても不釣り合いだったが、この店には日々たくさんの客が訪れるので誰も気にしない。
この灰色のローブは魔導国有数の研究機関、国立魔道研究院に属する人間のみが纏う事が出来るモノで、魔導国では憧れの対象となっている。なので研究院に所属している大抵の人間はこのローブを脱ごうとしない。
二人の内、年配の男性は何度か来店した事があるのだろう、慣れた雰囲気で店内を歩いていくが、もう一人の若い青年──少年とも取れる見た目の男の方は、キョロキョロと店内を見渡している。
「へえー。噂には聞いていましたけど、すごく賑わっていますね」
「今や押しも押されもせぬ人気店だ。貴族にも顧客が多く、王室とも取引があるらしい」
ランベルト商会の評判は魔導国にまで聞き及んでいる。だが魔導国と法国にはランベルト商会は出店しておらず、ランベルト商会の商品が欲しい場合は他の国経由で手に入れるしか手段がない。
「魔道具がメインの店じゃ無さそうですが、こんな所に目的の人物が?」
「そうなのだよ。今までの魔道具の常識を覆す程の人間がこの様な場所で燻っているとは……嘆かわしいとは思わんかね?」
「そんなにすごい人物なのですか?」
「君には話していなかったか。彼女は複雑な魔法術式を効率良く簡略化し、魔導具を小型化する事に成功したのだよ」
「ああ、確か弱冠十歳で魔法術式の認識を覆したという……へえ、あの噂の子がここにねぇ」
「彼女は他にも画期的な魔道具を日々開発し続けているらしい。最近だと魔石に複数の属性を持たせることに成功したそうだ」
「それって……!」
「そうだ。我が研究院、院長と同じレベルの天才だよ」
「そんな人物が研究院以外に存在するなんて」
「許せる訳無いだろう? だから我々は何としても彼女を我が研究院に迎え入れなければならないんだ」
かつて魔法の研究に於いて世界一と称されていた魔導国は、現在研究開発力が停滞しており以前程の勢いが無くなっていた。
しかし一年程前、研究院院長に稀代の天才と評される程優秀な人物が就任する事が決定した。その彼を擁立すれば魔導国の地位を再び向上させる事が出来る、と考えた研究院は絶好の機会だとして世界中から優秀な人材を集め出したのだった。
今回王国に来たのもその優秀な人材を魔導国に取り込もうと画策しての事だったが、過去何回か面会して勧誘し、どれだけの好条件を提示しても、頑として拒否し続けているらしく、かなり手強い人物らしい。
「相手はまだ年端もいかない少女でね。地位や名声に興味がないと来た」
「なるほど。だから僕が指名されたんですね」
その若い男──エフィムは研究院でも評判の女たらしだった。しかもナルシスト傾向にあるが、実際その甘い顔は整っており、この店内に於いても女性から熱い視線を向けられている。
普通の少女であれば、エフィムの微笑みと柔らかい物腰に陥落するかもしれないと考えた副院長が彼を指名して同行させたのだ。
「彼女との面会時にいつも同席している男がいるんだが、どうやら彼女が随分懐いているらしくてね。その男が居ないと絶対面会しないと言い張ってるんだ。彼女一人なら我々も交渉しやすいんだが」
「その男とは? 見目が良いのですか?」
「眼鏡で顔はよくわからないが、私から見たらどこにでも居る普通の男だがね。しかもしがない買取担当だそうだ」
天才と称される少女がそんな冴えない男に懐いているのは、めったに外に出る事が無く閉じこもっているので世間に疎いからだろう。エフィムの様に女受けする男を見れば、頑なな彼女も首を縦に振るかもしれないと副院長は考えたのだ。
世界中から優秀な人材が集まっているとは言え、彼女ほどの逸材は見当たらない。どうしても彼女を魔導国に連れて帰る必要がある。
店員に訪問を告げ、面会を申請する。アポ無しではあるが魔導国の国立魔道研究院の副院長が直接来たとなれば断ることは出来ない。今回もすんなりと面会の許可が降りた二人は奥の部屋へと通される。
「こちらでしばらくお待ち下さい」
店員に言われ、エフィムは提供されたお茶とお茶菓子を味わいながら副院長と待つ。さすが有数の商会だけあってお茶もお菓子も高級品のようだ。
しばらくするとドアがノックされ「失礼します」と言う声とともに、眼鏡を掛けた若い男と小柄な少女が入ってきた。エフィムはその少女を見て内心驚いた。
雪のように白い肌とサラサラの髪の毛。その髪の毛に覆われた小さい顔には宝石のように朱く煌めく瞳。頬はピンク色に染まっていて、赤いくちびるが妙に艶めかしい、今まで見たことが無いような不思議な魅力を持った美少女が立っているではないか。
こんな美少女が院長と同じレベルの天才とは──これは確かに研究院が躍起になって勧誘するはずだ。院長もエフィムが及ばないぐらいの美丈夫だ。この二人が双璧となれば魔導国は昔の栄光を取り戻すかもしれない。
それに彼女が自分に靡いてくれたら……自分の地位も格段に上がることだろう。そう考えたエフィムは何とか彼女を堕とすべく、人好きのする笑顔を浮かべた。
「初めまして、エフィムと申します。天才と名高いマリカさんにお会いできて光栄です」
少女が「マリカ」と言って挨拶を返したが、イマイチ表情が変わらない。きっと緊張しているのだろうと思ったエフィムはさらに笑顔を深くしてマリカに話しかけた。
「こんなに可愛い子が噂の天才魔道具発明家だなんて驚きだなあ。僕もマリカさんのお話を聞かせて欲しいな」
余り反応の無かったマリカが少しだけピクッとしたのを感じてエフィムはそのまま畳み掛けるように話し続けた。
研究院がいかに優秀であるか、どれだけ魔導国民から讃えられて尊敬される存在か、予算は潤沢で自分が好きな研究が心置きなく出来、成果次第では驚くほどの報酬が与えられる。自分もつきっきりでサポートするから安心して欲しい──等など。
そうして話しているうちにマリカの顔が段々赤くなり、もじもじしているのを見てエフィムはマリカが自分の魅力に気付いたのだと確信した。隣の冴えない男と違い、自分には美しい顔と魔道具製作という共通の話題もある。
これは堕ちたな……。エフィムは心の中でほくそ笑んだ。
「……と、言う訳なのですよ。魔導国の素晴らしさをご理解いただけましたか?」
話の最後にマリカに微笑みかける。自分にとっては最高の笑顔だ。今までこの笑顔で堕ちなかった女は居ない。案の定マリカもこくこくと頷いている。
「……! では、魔導国にお越しいただけるんで!?」
そのマリカの反応に副院長が興奮しながら問いただした。やっと来てくれる気になったのかと嬉しそうだ。
すると、今まで黙っていた隣の男がマリカに声を掛けた。
「マリカは魔導国に行きたい?」
エフィムが今更何を……と思っていたら、マリカはいつもの無表情に戻り一言、ポツリと呟いた。
「行かない」
さっきまで乗り気に見えたマリカの急な態度の変化にエフィムと院長は絶句する。
「本人もこう言っておりますし、何分研究で忙しい身ですので、どうぞお引取り下さい」
キッパリと男にそう言われて二人は「また来ます」「マリカさん、またね」という事しか出来なかった。
……マリカはもしかして何かの弱みを握られてあの男の言いなりにさせられているのではないか……? そんな疑念がエフィムの心に湧いてきた。
その証拠に、部屋から出ていくエフィムを見るマリカの目が、本当は引き止めたいと訴えているかのように潤んでいる。
今は大人しく引き下がり、どうにかマリカをこちら側へ来させる手段を考えよう……エフィムはマリカがすっかり自分に堕ちたと思い込み、既にマリカを手に入れたつもりでいたのだ。
──それが勘違いとも気付かずに。
そしてこの賢くて美しい少女が自分の前でどの様に啼くのか楽しみだ、と心の中で舌舐めずりしたのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
マリカ逃げてー!
次のお話は
「39 マリカ頑張る1(マリカ視点)」です。
ディルク視点と比べてお楽しみ下さい。
ちょっと長かったので1、2と分けました。
いつも★や♥、フォローありがとうございます!
この感謝の気持ちをどう表現すればよいのか……!
語彙力無いのが悔やまれます。
せめてものお礼に、また連続更新させていただこうかと思っております。
(自虐的スタイル)
今後とも、どうぞよろしくお願いします!
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