34 変わらない想い(ハル視点)

 王国から出立した馬車の中で、俺とマリウスはこれからの事を話し合い……たいのは山々なのだが、馬車の中は陰鬱な空気が漂っていた。

 その威圧にも似た重苦しい空気を出しているのは一人しか居ない……言わずもがな、マリウスだ。


 マリウスがここまで機嫌が悪いのは……まあ、俺のせいだな、うん。


 王太子マティアスの婚約者のビッ……何だっけ? ぐどんだ? ぐでんだ? 何かそんな名前の女を誘惑しろと俺が強制的に命令したのを根に持っているのだ。


「なーなー、マリウスー。もう怒んなよ。お前はよく頑張った! 感動した!! ナイスファイト!!」


「……貴方という人はっ……! 俺がどれだけ苦労したか……!!」


 しかしマリウスの感情がここまで乱れるとは……一体何しやがったあのクソビッチ!


「まーまー、そんな事言わずにさー。機嫌直せよ。ほら、アメちゃんやるからさ」


「いりませんよ! そんなもの!! って言うか、いつもは皇族らしい事を嫌がる貴方が、どうしてこういう時に限って指揮権を発動するんですか!! こういう事は貴方の方が適任だったでしょう!!」


 側近の俺の方が動きやすいし目立たないからと言ってアレの相手だろ!? ないわー。 アレは無理だわー。思わず腹パンしそう。

 俺はミア一筋なんだからいくら演技でも無理なもんは無理。

 それに俺が適任って誤解生むじゃんか。やめてよね! ぷんすこ!


「あいつキモいからヤダ」


「……っ! お前……!」


「あらあら、マリウスさんったら地が出てますわよ?」


 俺の煽りにマリウスがぐっと拳を握って耐える。この前の威圧の時はげんこつ食らったから警戒してたけど、随分忍耐力が付いたようだ。どうやらあのビッチに鍛えられたらしい。あんなビッチでも役に立つこと有るんだな。


「……結局、俺の精神が削られただけで誘惑しても無駄でしたけどね……はぁ……」


「誘惑って言っても別に食われた訳じゃねーだろ? キレイな身体で帰れるんだから良いじゃん! 良かったじゃん!」


「貴方は肉食系令嬢の怖さを知らないからそんな事言えるんですよ! 彼女、俺と既成事実作ろうと必死だったんですから!!」


「王国の王妃から帝国の公爵夫人に鞍替えか? ホント、見下げ果てたビッチだな」


 小国に分類されるナゼール王国と三大国に名を挙げるバルドゥル帝国では国力に差が有り過ぎる。

 実際、今回の式典への出席も、招待状は届いていたものの、無視して良いぐらいだったのだ。今回はミアを探すためだけに利用させてもらったが。

 帝国の貴族──特に上位貴族であれば、下手をすると王国の王族より資産を持っている。

 当のマリウスは公爵家嫡男で俺の右腕だ。そりゃあ令嬢たちは狙うだろうな。


「あーあ。結局ユーフェミア嬢とは会うこと叶わずだったなー」


「あのビッ……グリンダの言う事が本当なら流行病で面会謝絶らしいですけどね」


「嘘だな」


「ですね」


 そんなバレバレの嘘が通用すると思ってんのか! 脳内お花畑かよ!


 「王家への虚偽申告二回に王太子への<魅了>の使用、侯爵令嬢の不当な扱い……結構な罪だけど、証拠が無いのがな。ユーフェミア嬢に会えれば一発で解決なんだけど」


 何か方法はないかと考えている俺に、マリウスが悪い笑みを浮かべながら声を掛けた。


「そうそう、先程グリンダ嬢とお別れの挨拶をした時に、彼女が俺に欲しいものを伝えてきたんですが……」


 ビッチを誘惑するために、マリウスが希望を聞いていたと言うのは知っている。


「何が欲しいって? お前の妻の座か?」


「冗談でもやめて下さい。舌噛みますよ」


「悪い悪い。そこまでお前を追い詰める奴って逆にすごいな」


「誰のせいだ誰の!! ……っ、まあソレは置いといて。彼女の要求してきたものは──」


 その内容を聞いて俺はほくそ笑んだ。なるほど、ソレは面白い。

 もしかするとあのビッチの鼻を明かせるかもしれないな。


 俺の中で、ユーフェミア嬢はミアだという事は確定だ。ユーフェミア嬢と面識がある宰相の息子、エリーアスから聞いた話からでもその様子が窺える。


 ──そう、俺とマリウスは秘密裏にエリーアス・ネルリンガーと協力関係にあるのだ。


 これだけでも王国に来た甲斐があったってもんだ。さすがに手ぶらで帰る訳にも行かないからな。

 エリーアス・ネルリンガーは次期宰相にほぼ確定している。王国の宰相とパイプが繋がったのは大きい。王太子からの信頼も厚いようだしな。




 * * * * * *




 俺達が王国に滞在中のある日、王都を見学したいので案内して欲しいとマリウスが王太子に申し出た。勿論、目立たないように最少人数で、と言って。

 その時に唯一ビッチの<魅了>に掛かっていないであろうエリーアスを指名したのだ。


 そして王都へ繰り出したのだが……正直人選ミスったと言うか、行く場所間違えましたわ。

 お忍びの見学だってーのに、いやぁ目立つ目立つ。眼鏡コンビが。何かキャラ被ってっし。

 道行く人間に見られる見られる。女の子なんて目ぇひん剥いてガン見してたし。アレはちょっと怖かった。

 しかもどっかの使用人らしき女が「鬼畜眼鏡キタコレ!! しかも二人! 尊い!!」とか言って興奮してたし。


 とにかく人の視線がすごかったから、慌てて近くの店に入り、個室借りてやっとホッとしたわ。


 そして俺達はエリーアスをこちら側に引き込むために交渉を開始した。

 まず、王太子が<魅了>に掛かっている事を告げると、意外な事にすぐ納得してくれた。やはり周りから見ても王太子の態度は不自然だったらしい。


「普段は品行方正な殿下が、妃教育から逃げ出したグリンダ嬢を咎め無かったり、私や見目の良い者に色目を使って来るのに嫌悪しなかったり……。挙句の果てにはアルベルトやカールも交えて三人でグリンダ嬢に愛を囁いていましたからね」


「うわぁ……」


「それはヒドイ」


「おかげで執務が滞って大変ですよ。今はほとんど私が処理しているので、ギリギリ何とかなっているという感じです」


 エリーアスからも何度か王太子に進言したそうだが、全く聞き入れてくれず、さすがにこれはおかしいと思っていたのだそうだ。


「グリンダ嬢が<魅了>を使用しているのは納得出来ましたが……どうしてそれが解ったのですか? その様に調べる事が出来る魔道具でもお持ちだったのですか?」


 ここでそうだと肯定すれば良かったのだろうが、エリーアスの信頼を得るために、俺は敢えて自分の身分を明かした。


「……っ! まさか……! 本当にレオンハルト皇子だったとは……! では噂の<魔眼>で看破したという訳ですね……なるほど」


 どうやらエリーアスは俺がただの側近では無いのでは、と疑っていたらしい。俺が王太子に威圧を放ちかけた頃から疑っていたと言うから大したもんだ。


「普通の側近は王太子に威圧を掛けようなんて思いもしませんから」


 あちゃー! 俺ってばうっかり屋さん! テヘペロ☆


 その他にもマリウスが常に俺を気遣う素振りを見せたりするので気になっていたらしい。うーん、鋭い! マリウスとキャラが被ってなかったら帝国にスカウトするのに。


 それから俺達はミアの事、ユーフェミア嬢がミアではないかと当たりを付けている事などを話した。


「ユーフェミア嬢ですか……確かに彼女なら有り得ますね」


 エリーアスの話では、以前お茶会で少し会話を交わしたらしく、その時の話を聞いてやはりユーフェミア嬢はミアだと改めて確信した。

 しかしよく聞く「ぬりかべ」だが、どうしてミアはそんな化粧をしていたのだろう? まあ、俺としてはそのおかげで変な虫が付かなかったから良かったけど。


「……しかし、そうですか……ユーフェミア嬢が、レオンハルト皇子の……」


 少しガッカリした雰囲気のエリーアス。


 ……ん? まさかコイツ、ミアの事……? ……いや、ここは黙っておこう。自覚されても面倒だしな。エリーアスがミアを好きだったとしても譲るなんて有り得ない。

 なら、自覚しない方がコイツの為だろう。うん。


 こうして、エリーアスは王太子に正気に戻って貰い王室を立て直すために、俺はミアと再会を果たすために──それを叶えるにはグリンダ嬢の排除が必要、と言う利害の一致の元、お互い協力する事となった。


 そして話を終えた俺達は王宮へ戻るべく店を出る。

 王宮に戻る途中、今歩いてる道は以前ミアと手を繋いで歩いた事がある懐かしい道だと気付く。


 俺はふとミアの声が聞こえたような気がして立ち止まる。


 振り向いた先にはミアと一緒に入った店「コフレ・ア・ビジュー」が七年前と変わらず存在していて──。


 きっと俺がミアを想う気持ちと懐かしい気持ちが混ざりあって、ミアがそこに居る様な錯覚に陥ったのだろう。


 変わりゆく空の下、過ぎていく時間の中で、ずっと俺はミアを探し求めている。

 生まれ変わってもきっと、ミアを探し続けるんだろうな、と思いながら、俺は再び歩き始めたのだった。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


使用人らしき女と言うのはもちろんあの人です。

眼鏡コンビをガン見したまま動かないので、デニスさんに引きずられて行ったそうです。


次のお話は

「35 ぬりかべ令嬢、新商品を作る。」です。


★や♥、フォローいただいたせめてものお礼に、

次話は早めに投稿させていただきます。

明日(6/7)7時と19時に1話ずつ投稿しますので、お楽しみいただけたら嬉しいです。


どうぞよろしくお願いします!

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