130 ぬりかべ令嬢、宰相と会う。

 とても目立つお父様と一緒に会場に入ったからか、私達が入場した途端、賑やかだった会場内に私達を中心として静寂が広まっていく。


 ……ええー! 何この反応……!? お父様はどれだけ恐れられているというの……!?


 流石は「夜会の帝王」と呼ばれるだけはある! きっと久しぶりに現れた帝王に、貴族の方々も恐れおののいているんだ……!

 でも、「夜会の帝王」って一体お父様は何をしでかしたのだろう? 教えてくれるかわからないけれど、今度デニスさんに聞いてみよう。


 お父様の登場で静寂に包まれた会場の、玉座がある方向からざわめきが聞こえ、人垣が割れたと思ったら、見覚えのある壮年の男性が現れた。


 お父様と同じくらいの年齢のその人は、この国の宰相アーベル・ネルリンガー閣下だ。

 黄色がかった柔らかい茶色の髪の毛に反して、鋭く強い青色の瞳をした、エリーアス様に似た面差しの、さぞや昔はおモテになったんだろうな、と云う美丈夫だ。

 そして有能でも知られていて、王国の悪習や慣例を廃止し、国王陛下と共に王国をより良くしようと改革を進めているという。


 お父様の言葉から旧知の仲だというのは知っているので、宰相閣下自ら挨拶に来てくれたのかもしれない。


「ウォード侯爵とこうして舞踏会でお会いするのは随分久しぶりですね」


「……そうですね。でも閣下とは昨日執務室でお会いしたところですけどね」


「おやおや、その話の途中で何処か行ってしまったのは誰でしたかな?」


「ああ、あの時は大変失礼いたしました。とてもとても大事な急用を思い出しましてね」


「私としても、とても大事な話をしていたのですがね」


「それは申し訳ない。しかし私にとっては何より優先するべき事柄でしてね。他の事に時間を割いている場合ではなかったのですよ」


「ほう、そんなに大事な用件がねぇ……。まあ、それはともかく、領地も大分落ち着いたのでしょう? 昨日の話の続きもありますし、出来れば侯爵にはもっと王都に滞在していただきたいと思っているのですが?」


「いやいや、まだまだ残務がありますからね。本当は今すぐにでも領地に戻りたいんですけどね。邪魔が入って中々難しいんですよ」


 ……おやおや? 何だか二人の視線がぶつかって火花が散っているような幻覚が見えますね。もしかして仲が悪いのでしょうか?


 私が二人の様子をハラハラしながら見守っていると、ネルリンガー閣下がこちらを見てふっと表情を和らげた。それを見たであろう貴婦人達から黄色い声があがる。


「初めまして、ユーフェミア嬢。私はアーベル・ネルリンガーです。父君とは旧知の仲でね。いつものじゃれ合いですからご心配なさらないで下さい」


 宰相閣下に挨拶され、慌てて礼を取る。


「初めまして、宰相閣下。ユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します」


「体調はもう大丈夫ですか? お疲れになられたら給仕の者にお声掛け下さい。休憩室をご用意していますから」


「はい、お気遣い有難うございます」


 一見怖そうに見えるけれど、こうして話してみると優しそうな方だったので安心した。エリーアス様のとっつきにくそうな雰囲気はお父様似なのかもしれない。


「流石ウォード侯爵家のご令嬢だ。さぞやお美しいご令嬢だろうとは思っていたが、まさかこれ程とは……。しかしこの様に美しいご令嬢なのに、今まで噂話の一つも聞かなかったのが不思議ですね」


 それはそうかも。今までぬりかべメイクだったし、夜会に来てもすぐ帰っていたから存在感は皆無だっただろうし、宰相閣下が私をご存じなくても仕方ないよね。


「恐れ入ります」


「閣下、人の娘を口説くような真似はお止めいただけませんか?」


「はっはっは。口説くとは人聞きが悪い。噂通りの溺愛ぶりだ。あと20歳若ければ本当に口説いたのでしょうがね。残念ですが、ユーフェミア嬢を口説くのは息子に任せますよ」


「……っ! この……っ!」


 あわわ……! やめてー! そう云う話をこんな所でしないでー! お父様も殺気を放たないでー!


 すっごく目立っているところにそんな話をするから周囲の人達の視線が更にグサグサと突き刺さってます!


 もう一人でここからこっそり退散しようか……と云うタイミングで、会場中にファンファーレが響き渡る。


「おや、もうそんな時間か。ユーフェミア嬢、一度ゆっくりとお話させて下さいね。では、私はこれで」


 宰相の仕事に戻るべく閣下はやって来た方向へ戻って行き、そして王族達が次々と入場して来たのもあり人々の注意がそちらへと向かう。

 

 周りの人達の視線から外れ、私はようやくほっと一息つく事が出来たけど……やっぱり私に社交界は合わないなぁ……。


「ミア、奴の言う事は気にしなくていいからね。お話もしなくていいよ! 無視だ! 無視無視!」


 ……お父様……侯爵としてそれはどうかと……仲が良すぎるのも考えものだなぁ。


 そして王族が入場し、それぞれが挨拶をした後に国王陛下がハルの紹介を行った。

 内容は王国に蔓延っていた犯罪組織とそれに関わる貴族達を捕縛し、王国の闇を一掃するのに大いに貢献してくれたとか、色々とハルを称賛する言葉が列挙されていく。

 

「……では、レオンハルト・ティセリウス・エルネスト・バルドゥル殿下、どうぞ」

 

 陛下から名を呼ばれ、姿を現したハルは黒を基調とした正装に身を包み、いつもよりもっと凛々しく見えて、思わず見惚れてしまう。


 ……うわー! ハル、本当に格好良いなぁ……!


 そんなハルの登場に、女性達が色めき立ってあちこちから黄色い声があがっている。女性達だけでなく、男性達もほぅ……と溜め息をついて感心しているみたい。






* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


次のお話は

「131 ぬりかべ令嬢、舞踏会を抜け出す。」です。

イチャイチャが再び始まります。( ゚д゚)、ペッ


どうぞよろしくお願いいたします。

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