閑話 私が生まれ変わった日(マリアンヌ視点)

 ──私が自分の記憶に違和感を感じたのは、ウォード侯爵家で働くようになってから二年の月日が経った頃だった。


 その年は帝国の皇帝が十数年ぶりに王国を訪れるという事で、国中が帝国の話題でもちきりだったのを覚えている。

 元々貴族の間でも帝国は流行の最先端だった事もあり、帝国産のドレスや服飾品はステータスの象徴になった。


 巷には帝国の事を紹介する本が溢れ、ウォード家のお屋敷でも帝国の話題が頻繁に持ち上がるほどで、国中が帝国に夢中だったのだと思う。


 そんな中、帝国貴族にすごく人気だと噂になった料理があった。


 ──その料理の名は「トーン・カッツェ」という豚を使った料理だ。


 その料理を一度作ってみようという事になり、デニスさんが再現してくれたのだけれど……。

 トーン・カッツェは豚肉に小麦粉・溶き卵・パン粉をまとわせて食用油で揚げた料理だった。


(……これってとんかつだよね? って、あれ? どうして私この料理を知ってたんだろう?)


 この時はきっと何か勘違いしていたのだろうと、そのまま気にせずいたけれど、それからも帝国絡みの話題で何度かそんな事があった。


 初めて違和感を感じた日から三年が経った時、またもや帝国が画期的な商品を作ったとニュースになった。

 その商品は帝国の皇室から依頼を受けた大商会が作成し実用化に成功したのだと言う。


「帝国の大商会にいる天才魔道具師が考案した術式で、複数の属性を持つ魔道具なんですって!」


「複雑な術式を簡略化して小型化に成功したそうよ!」


「一度使うともう二度と手放せないらしいわ!」


 かなりの高額にも関わらず、帝国の貴族ですら手に入れるのに数年待ちだと言うその商品について解説している本を見た私は衝撃を受ける。


(……!! こ、これは……まさか──!?)


 その商品の解説を読んだ私の頭の中に、この世界とは違う別世界の知識が記憶と共になだれ込んで来た。

 その膨大な情報量に私の脳がショートしたのだろう、しばらくの間私は熱を出して寝込んでしまったのだ。


 ──そうして寝込んでから数日、熱が収まった私は前世の記憶を取り戻したのだと自覚する。


(そう言えば帝国の始祖は異世界からやって来た人なんだっけ……)


 この世界では異世界人の事をどう思っているのだろう? と、気になった私は使用人仲間に意見を聞く事にした。


「え、異世界人? そうねぇ、ちょっと怖いわねぇ」


「アルムストレイム教の司教に火炙りにされるんでしょ?」


「あれ? 拷問されて地下奥深くに幽閉されるんじゃないの?」


(えぇーー!? もしかして魔女狩り的なアレ? ど、どうしよう、知られたらヤバいよね……!)


 私の場合は異世界転生なので身体はこの世界の人間のものだから、きっと黙っていればバレないだろう。絶対誰にも知られないようにしないと酷い目にあってしまう!


 ここがラノベやアニメの世界なら、知識チートで無双できたかもしれないけれど、異世界の知識があることを隠して無双なんてまず無理だろう。アルムストレイム教は世界中で信仰されているし。


(そう考えたら始祖の人って凄いなぁ。どんな人だったんだろう。帝国に行けば分かるかな?)


 自分の記憶にあるものと同じものを再現する帝国に、強い興味と憧れを持った私はいつかお給金を貯めて必ず帝国に行こうと決意する。


 それから更に三年後、私が敬愛してやまないウォード家のご令嬢であるユーフェミア様が、帝国の皇太子に嫁がれるという。

 私はこの絶好の機会を逃したくなくて、思い切ってユーフェミア様とご一緒させていただきたいとお願いする。


「私、ずっと前から帝国に行ってみたかったんです! だから、ユーフェミア様さえ宜しければ、私を専属の侍女として連れて行っていただけないでしょうか?」


 玉砕覚悟、清水の舞台から飛び降りる思いでユーフェミア様に告白する。

 ……既に帝国の方で任命された使用人がいるのなら諦めるしかないけれど。


「えっと、正直私は大歓迎だよ。マリアンヌが一緒にいてくれるととても嬉しい。気心も知れている間柄だし、なんて言ったってマリアンヌは優秀だから、とても助かるよ」


 女神様ーーーーーーー!! 一生ついていきます!!


 我がお嬢様の懐の深さを再認識しましたよ。美しさもさることながら慈悲深く、使用人に対して愛を持って接するその姿は女神様そのもの!

 きっとゲームとかに出てくる聖女様ってこんな感じなんだろうな。


 そんなウォード家の至宝、ユーフェミア様の想い人であるレオンハルト殿下は稀に見る美形で、イケメンという言葉じゃ表現できない程だった。

 まさかユーフェミア様と並んで見劣りしない男性がこの世に存在していたとは!

 軍服を着てユーフェミア様を迎えに来た時なんて失神するかと思った。きっと神絵師が描く乙女ゲーのキャラが実体化したらこうなるのだろう。ここが元の世界だったら写真撮りまくって保存するのに……すごく残念。


 そのレオンハルト殿下が帝国に帰る日、ユーフェミア様に付き添って王宮まで見送りに来た私は衝撃の再会をする。


 ユーフェミア様にレオンハルト殿下を紹介して貰い挨拶を交わした後、彼は現れた。


「こっちは俺の側近でマリウスって言うんだ。よろしくしてやってくれ」


「マリウス・ハルツハイムと申します。よろしくお願い致します」


 マリウスと名乗るその人は銀縁眼鏡を掛け、灰色の髪を三編みにしたレオンハルト殿下とはまた違ったタイプの美形で、いつかデニスさんと買い出しに出た時に見かけた人だった。

 あの時はもう一人メガネを掛けた人がいて、その人もすごい美形だったから美形二人が並んでいる姿を見てすごく興奮した記憶がある。


「は、はい。よろしくお願い致します」


 あの時の人が帝国皇太子の側近だなんて思いもよらなかった。私はマリウス様を知っているけれど、彼にとって私は初対面の相手なんだろうな、と思っていたのだけれど──


「ちなみに私は鬼畜眼鏡ではありませんので、お間違えになりませんよう」


 ──私の予想に反して、マリウス様は私の事をバッチリと覚えていた。


「ひえっ!? ど、どうして……!?」


 あの時私がいた場所とマリウス様達がいた場所は結構離れていたし、私はデニスさんに引きずられて行ったし、顔を見たとしてもほんの一瞬だったはずなのに……!!


 それに何だか私を見る目が怖い。カツアゲするカモを見付けたヤンキーのようだ。有り金全部取られそう。


 きっと私が『鬼畜眼鏡』と言った事が気に入らないに違いない。

 別に悪口のつもりで言った訳じゃないけれど人それぞれだし、興奮して思わず口走ってしまった私が悪いのだ。これは反省せねばなるまいて。


 レオンハルト殿下達を見送った後、ユーフェミア様と私も陸路で帝国へ向かう事になっていたので準備や打ち合わせのために、一旦ランベルト商会へ寄る事になった。

 その時のユーフェミア様とマリカさんの会話で、ユーフェミア様が聖属性を持っていると知った私は驚愕する。


(こ、これはまさにアニメや漫画のヒロイン……!! ユーフェミア様ってば属性てんこ盛り! 生まれながらのヒロインだわ!!)


 さすが私のお嬢様!! と感動したのも束の間、そんな余韻に浸る間もなく急遽大急ぎで帝国に向かう事になった。

 レオンハルト殿下が帝国へ戻る途中何者かに襲われ、意識不明の重体になったからだ。


 帝国への道のりは予想していたものよりずっと快適だった。ランベルト商会の人達はとても良い人達だし、飛竜師団の人達は頼もしいし。

 そして何より、ユーフェミア様……ミア様とご一緒できるのがとても嬉しい。ミア様は私が時々異世界の言葉を漏らしても根掘り葉掘り聞く事などしない、本当に出来た人なのだ。


(だけどこのまま黙っていて良いのかな……?)


 ミア様は使用人の私をとても大事にしてくれる。私のためにわざわざ可愛いお守りを手作りしてくれる、そんな素敵な人なのだ。


(なのに、私はミア様に隠し事をしている……それって誠実じゃないよね……)


 私は心の底からミア様を尊敬しているし信頼していると、胸を張って言える。

 だから私は思い切ってミア様に自分の前世を話す事にした。


「あの、私……! 実は前世──この世界に生まれ出る前の世界で生きていた記憶があって……その前の世界というのが、恐らくですけど帝国の始祖と同じ世界かもしれないんです……!」


(こんな荒唐無稽な話なんて信じて貰えないだろうな。たとえ信じて貰えたとしても気持ち悪いものを見るような目で見られるかもしれないけれど……)


 最悪な結果を想像して心に保険をかける。だけどミア様の反応は想像したどれでもなく……。


「いつもマリアンヌが零していた、初めて聞く言葉の数々は……その前の世界の言葉だったんだね」


 ……すんなりあっさりしたもので、すごく納得した様子だった。


 この世界に前世なんて概念があるか分からないけれど、宗教的には異端なものは忌避されている。だから異世界から転生した魂を持つ者なんて嫌悪されるのだと思っていた。


「ユーフェミア様……! 私の話を信じて下さるのですか……!?」


「うん。だってマリアンヌが嘘をついているとは思えないし、話を聞いたら合点がいったって言うか……」


 流石のミア様でもこんな話すぐ信じてくれないだろうと思った自分が恥ずかしい。心の奥深い部分で、私はまだミア様を信じ切っていなかったのだろう。


 私の女神様は純粋で優しくて、どんな人間でも優しく包み込んでくれる、そんな慈愛を持った方なのだ……そんな方を一瞬でも疑った自分が情けない。ユーフェミア騎士団雑用係の名が泣いてしまう。


 私は今一度自分に問いかける。そして何度も自問自答するけれど、導き出した答えは一つしかなくて。


(ミア様のためなら、私は命だって何だって喜んで差し出せる……!)


 何度考えても結局最後はこの考えに辿り着く。


 ミア様は自分で運命を切り開いていける人だけれど、もし私が役に立てるのなら喜んでお手伝いしよう。もし異世界の知識が必要ならいくらでも提供しよう。


 ──自分が持ちうる全てをミア様に捧げ、永遠の忠誠を誓ったその日、私は本当の意味でこの世界に生まれ変わったのだ。




* * * * * *




お☆様に♡やコメント本当に有難うございます!とても励みになっています!


Q:マリアンヌが過去を思い出すきっかけになった魔道具は何でしょう?


ヒント:日本での普及率は80%以上です。



次回のお話は

「閑話 何かが始まる日(マリアンヌ視点)」です。

ゴンドラに乗ってからのマリアンヌ視点です。


お読みいただき有難うございました!

次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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