189 ぬりかべ令嬢、舎弟が出来る。
ゴンドラ内を埋め尽くした光が収まった後に現れたのは銀色の髪の少年で、その正体は獣王国のアルゼンタム王子だった。
マリウスさんに詰め寄られても、アルゼンタム王子がずっと獣化を解かなかったのは呪いに縛られていたからだった。
獣化が解けたアルゼンタム王子の姿は、肩に掛かる長さの銀髪に煌めく紅い瞳をした美少年で、私と同じぐらいの年齢に見える。
呪いから解放されたアルゼンタム王子はひとしきり喜んだ後、私の方へ駆け寄って来たかと思うと、私の手をガシッと握って言った。
「ミアのおかげで呪いが解けたんだ! 本当にありがとう! これからは姐さんと呼ばせてくれ!! 姐さんは命の恩人だ!! 一生付いていくぜ!!」
(……えぇっ!? あ、姐さん!?)
突然の事に何がなにやら訳が分からず驚いた私は、一先ず気になる事を聞いてみる。
「えっと、姐さんって? アルゼンタム王子と私は同じぐらいの年齢ですよね?」
慌てた私の言葉に後ろから「いやいや、気にする所はそこじゃ無いですから!」と、マリアンヌのツッコミが入る。
「俺は十五歳だよ! 姐さんは?」
「私も同じですけど……」
同じ歳なのだから、正直姐さん呼びはやめて欲しい。
でもそうなると何て呼んで貰えば良いのかな、と考えていると、マリウスさんが王子の頭をバシッと叩いた。
「いってーーー!!」
王子が叫んだ拍子に私の手から王子の手が離れ、そう言えばずっと手を握られたままだったんだと気が付いた。
「この方はレオンハルト殿下の大切な方です。王子が気軽に触れて良い方ではありません」
マリウスさんが王子から私を守るように割って入る。
「んな事分かってるよ! 俺はハル兄のお嫁さんに感謝の気持ちを伝えたかっただけだ!」
──ハルのお嫁さん……!
王子の言葉に思わず胸が高鳴ってしまうけれど、いやいや、今はそんな場合じゃ無い! と思い直す。
「……えっと、私がアルゼンタム王子の命の恩人というのはどういう事でしょう?」
黒い手を浄化しなきゃと思ったけれど、結局私は何もしていない。王子が自力で呪いを解いたのだ。
「姐さん! 俺のことはアルって呼んでくれよ! あの呪いが解けたのは姐さんの料理を食べたからだよ!」
「いえ、それはちょっと……って、私の料理ですか?」
流石に一国の王子を呼び捨てには出来ないので、「アル王子」と呼ぶことで納得して貰う。本人は渋々だったけれど。
「そうだよ! 姐さんの料理を食べれば食べるほど呪いが弱くなっていったんだ! 聖属性のフルコースだもんな! あの呪いはかなり特殊だったけど、普通の呪いだったら一発で解けるんじゃないかな?」
アル王子に掛けられた呪いはかなり強力な呪いだったらしく、アル王子は何度も死を覚悟したのだそうだ。
「俺、魔力が枯渇しててさ、もう少しで死んでたと思う! でも姐さん達に拾われたおかげでこうして生きていられるんだ! 本当にありがとうな!」
本来の性格なのか、アル王子が明るい笑顔で話してくれるけれど、実際はとても苦しくて大変だったんじゃないかと思う。
「私の力がアル王子のお役に立てたのなら嬉しいです。でも倒れていたアル王子を見付けたのはレグなんですよ」
帝国に向かう途中でレグがアル王子に気付いたから、こうして無事な姿を見ることが出来たのだ。もしもあのまま気付かずに通り過ぎていたのだと思うとゾッとする。
「そうか! レグも俺の命の恩人だな! レグ兄って呼びたいけど、俺より年下だし変だよな……? うーん、でもやっぱりレグ兄だな! うん!」
アル王子の言葉にレグも「わふぅ……」と戸惑っている。どうやらアル王子は義理人情にとても厚い人のようで、受けた恩は必ず返すという信念を持っているみたいだ。
ちなみに「姐さん」や「レグ兄」と呼ぶのはその人をすごく信頼していると言う気持ちの表れで、大切な家族と同等の意味を持つのだそうだ。
──それは、家族や仲間をとても大切にする獣人さんが、異種族である人間を家族として迎え入れたという事で。
獣人さん達にとって最大級の謝意を示している事に他ならない。
「一先ず立ち話も何なので座りましょう」
マリウスさんの提案にそれもそうか、とゴンドラ内に設置されている立派なテーブルにつく事にする。
ゴンドラ内には他にも柔らかそうなソファーやお茶を沸かせる設備もあって、マリウスさんが快適に過ごせるように準備したと言ってくれた通り、まるで迎賓館の一室にいると錯覚してしまいそうだ。
マリアンヌが「お茶をご用意させていただきたいのですが、こちらお借りしてもよろしいでしょうか」と言うと、マリウスさんが「色々ご用意していますから、どうぞご自由にお使い下さい」と許可してくれた。
マリアンヌがお茶の準備をしてくれているところから、いつも飲んでいるお茶と違う、嗅いだことがない香りが漂ってきて、初めて飲む帝国のお茶は一体どんな味がするんだろうとわくわくする。
そうしてマリアンヌがお茶の準備をしている間に話を進めておくことになり、マリウスさんがアル王子に質問する。
「ではお伺いしますが、アルゼンタム王子はどうして呪いを掛けられたのですか?」
ちょっと前までは砕けた口調だったマリウスさんがお仕事モードになっている。
「いや、これがさぁ……!」
そう言ってアル王子が話したのは、聖獣さんを探している途中に出逢った神官風の男の人の話だった。
「見た目はすっごく綺麗だけど、中はドロドロしているっていうか……何もかもがアンバランスな奴で、変な詠唱で呪文を唱えてたんだ」
アル王子が言う「変な詠唱」が気になったので詳しく聞いてみると、その神官はこの世界で使われている魔法の基礎となるスクリプトとは異なる構造の魔法を使っていたのだそうだ。
「獣人を酷く嫌悪していて、未知の魔法を操る神官風の人間と言えば、やはり法国関係者──それもかなり高位の人物でしょうね。その男の容姿はどうでしたか?」
「えっと、長い金色の髪で、眼は朝焼け色だったよ」
マリウスさんの質問に答えたアル王子の話に、何故か私の胸が“ずくんっ”と痛む。
(え……!? な、何……? 何だかすごく怖い……!!)
胸の間の、魂が宿ると言われている処から得も言われぬ感情が湧き上がってくる。
何かを思い出しそうな、だけど絶対思い出してはいけないと魂が叫んでいる──それは私が生まれて初めて感じた恐怖だった。
(一体私は何を怖がっているの……?)
自分で自分のこの感情が分からない。正体不明の感情に身体が震えてくる。
「わふぅ! わふわふ!!」
底しれぬ恐怖心に飲み込まれそうになった時、レグが吠える声を聞いて我に返る。
「ミア様! どうされたのですか!? すごく顔色が悪いですよ!!」
お茶を配っていたマリアンヌが私の異変に気づいて酷く慌てている。
侯爵家のお屋敷で働いていた時でも、身体を壊したことがない私の顔が真っ青なので驚いたのだろう。
「大丈夫? ミアの魔力がすごく乱れてる」
マリカも心配して声を掛けてくれる。普段は安定している私の魔力が今は酷く不安定なのだそうだ。
「ユーフェミア様、よろしければそちらのソファーでお休み下さい」
「姐さん大丈夫か!? ゴンドラに酔ったのか!?」
マリウスさんとアル王子からも声を掛けられ、ディルクさんやモブさん達も心配そうにしてくれているのを見て申し訳なく思う。
「いえ、大丈夫です。しばらくしたら落ち着くと思いますし、どうぞお話を続けて下さい」
私は皆んなにそう言うと、マリアンヌが淹れてくれたお茶を飲むことにする。「熱いからお気をつけくださいね」と言われたので、やけどをしないように気をつけながら一口飲んでみる。
「……わあ! とっても美味しい……!」
ふわっと漂う香ばしい香りと素朴な味わいに、不安だった心がだんだん落ち着いてくる。
「これは美味しいお茶ですね」
「ん、美味しい」
私と同じようにお茶を飲んだディルクさんやマリカからも美味しいという声が聞こえてきて、皆んなとても気に入ったようだ。
「随分上手にお茶を淹れられるのですね、流石ユーフェミア様専属の侍女。驚きましたよ」
マリウスさんからも絶賛する言葉が出て、マリアンヌはとても嬉しそう。
「このお茶はカフェインが少なくてリラックスしたい時におすすめのお茶なんですよ!」
マリアンヌが淹れてくれたお茶は王国では飲んだことがないお茶で、茶葉を高温で焙煎して作られるのだという。
でも『かふぇいん』って何だろう?
「……なるほど、だからいくつかあるお茶の中からこのお茶を選ばれたのですね」
「はい! すごく久しぶりに見ましたけど、昔からこのお茶が好きでよく飲んでいましたから!」
ちょっと前まではマリウスさんを避けていたマリアンヌだったけれど、好きなお茶の話題だったからか、今は笑顔で会話している。
……あれ? 何だかマリウスさんの目がキラリと光ったような……?
「……ほう。帝国でも貴族の間でしか飲まれていないお茶なのに随分詳しいのですね? しかも以前飲まれたことがあるとは、貴女は帝国に縁がある家門の出なのですか?」
「え」
──だけど、マリウスさんの次の言葉にマリアンヌは笑顔をひきつらせたまま固まってしまった。
* * * * * *
♡やコメント本当に有難うございます!とても励みになっています!
マリウスに追い詰められたマリアンヌちゃんでした。
ちなみにマリアンヌが淹れたお茶は一体何でしょう?
答えは「閑話 何かが始まる日(マリアンヌ視点)」で明らかに!
次回のお話は
「閑話 私が生まれ変わった日(マリアンヌ視点)」です。
先行公開していたお話と同じものになります。
マリアンヌの過去話です。
お読みいただき有難うございました!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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