188 聖獣様を探して3(アルゼンタム視点)

 俺を助けてくれた商会の旅団にいたミアという少女が、ハル兄の婚約者だと聞いた俺はこの十五年の人生で一番の衝撃を受けた。


(え!? あのハル兄の婚約者!? 自称じゃなくて!?)


 ハル兄はめちゃくちゃと言う言葉では表現できないほどモテる。俺から見てもちょっと尋常じゃないぐらいモテる。

 だから今までもハル兄の婚約者だといい出す人間の女は数しれず現れたと聞いた事がある。大抵は目が合ったからとか笑顔を見たからとか、そんな謎の理由だったけど。


 ──でもこのミアという少女はきっと本物なのだろうな、とすんなり納得できた。


 彼女には貴族令嬢にありがちな傲慢さは欠片もないし、この一団の人間全員に気を配っていて、俺やレグにもめちゃくちゃ優しくしてくれる。

 きっとハル兄は彼女の外見だけじゃなくて、その人となりに惚れたんだろう。


 それに護衛に師団員三人も付いているのがその証拠だ。でもこの三人のミアに対する態度は護衛の枠を超えているんじゃないかと思う。

 ……っていうか、忠誠とか通り越して崇拝レベルのような気がするのは、きっと俺の気のせいじゃないだろう。


 だけどミアを崇拝する気持ちは俺にもちょっとは分かる。

 何故なら、彼女が作り出す聖属性の水や火で作り出される料理はめちゃくちゃ美味しいだけでなく、怪我も疲労も回復するからだ。


 初めて彼女が作り出した水を飲んだ時、瀕死だった身体は一瞬で回復したし、何より神官の男に掛けられた<呪い>の効力が彼女の料理を食べる度、徐々に弱くなっているような感覚があるのだ。


(<呪い>の効力はかなり弱くなったような気がするけれど……でも解呪にはまだ時間がかかりそうだな……)


 それでも<呪い>が解ける可能性があるのならそんな嬉しい事はない。


 “今のうちに色んな事を経験しておけよ。そうやって積んだ経験は知識となって自分を助ける力になるんだからさ”


 俺はふと、ハル兄に言われた言葉を思い出す。

 その頃の俺はとにかく強くなりたくて身体を鍛える事しか考えていなかったから、きっとハル兄はそんな俺を心配して言ってくれたんだろう。


 ──当たり前だった日常がこんなに簡単に、呆気なく崩れるなんて思いもよらなかった。

 ──あんなに神聖で邪悪な人間が存在するなんて想像もしていなかった。

 ──人と言葉を交わせない事がこんなに寂しい事だなんて知らなかった。


(俺の世界って狭かったんだな……)


 次期国王だともてはやされて調子に乗っていた代償が、こんな<呪い>というのはいささか重すぎる気がするけれど。


 でも、もしこの先<呪い>から開放される時が来るのなら、今はまだはっきり形になっていないけど、知識をいっぱい身につけた、力が強いだけじゃない男になりたいと思う。


 そうして、たくさんの経験を積んだ俺の旅は終わりを迎えようとしていた。俺を拾ってくれた商団が帝国に到着したからだ。

 でもまだ帝都に到着するまでしばらく時間がかかるだろうから、俺はレグと一緒に残りの時間を大切に過ごそうと思っていたのに……。


 ──よりにもよって、マリ兄が直々に迎えに来るとは思わなかった。


「この度は遠路の処お越し下さり有難うございます。本来であれば<桜妃>として国を挙げてお迎えするところをこのような形式のお迎えとなり大変申し訳ありません」


 マリ兄の言葉に、本当にミアはハル兄の婚約者なんだと実感する。

 しかもあのマリ兄が女性に微笑むなんて……!! あんな表情も出来るんだ。


 ハル兄の大切な人だからマリ兄も丁寧に接していると思ったけれど、そんな社交辞令的な微笑みじゃないので驚いた。

 何だかすごく珍しいものを見たなーと思っていると、マリ兄の鋭い視線が俺を射抜く。


 生存本能が鳴らす警鐘に逃げ出したくなるけれど、ぐっと我慢して何とか耐える。

 マリ兄が怒りの表情を浮かべて近づいて来るので思わず縮こまると、首根っこを掴まれて引きずり出されてしまう。


「まさかこんなところにいらっしゃったとは……。宮殿中の人間が心配しておりますよ。これまでの経緯と弁解を後でしっかりとお聞かせ下さいね……?」


(うわーーーっ!! ガチギレてる!! やばいっ!!)


 口調は丁寧だけど、怒りが籠もった声に全く笑っていない眼をした笑顔を見て、俺の身体は恐怖でガクガクと震えてしまう。


(弁解を聞かせろって言われても、獣化が解けないのにどうしろと……!)


 言葉を紡げない俺が、どうやってマリ兄に<呪い>の事を伝えればいいのか全く分からない。


(ど、どうしようどうしよう……!! これ以上マリ兄を怒らせたら……!!)


 マリ兄は容赦がないから下手をすると国を巻き込む大問題に発展する可能性がある。


 俺がどうすればいいのか悩んでいる間に準備が完了して、飛竜達が次々と飛び立って行く。

 程なくして俺が乗っているゴンドラも帝都に向かって出発したけれど、最悪な事にマリ兄も一緒に乗って行く事になってしまった。


 そして俺の懸念通りマリ兄はミア達に了承を得ると、再び俺の首根っこを掴み上げた。


「アルゼンタム!! お前は自分の立場を分かっているのか!? 勝手にいなくなるなと言っただろうが!! 宮殿中を引っ掻き回してどういうつもりだ!!」


 マリ兄が何度か俺に獣化を解けと言うけれど、俺は首を振ることでしか意思表示出来ない。


「お前……散々人に迷惑をかけておいてその態度か……」


 一向に獣化を解こうとしない俺に対して、マリ兄の怒りが頂点に達したのを察した俺は死を覚悟した。


 ハル兄が目立ち過ぎていてあまり知られていないけど、実はマリ兄もかなり強かったりする。

 じゃなきゃいくら幼馴染だからって飛竜師団の副団長になれやしない。帝国は実力主義だからそんなに甘くなんて無いのだ。

 キレたハル兄を正気に戻せるのはマリ兄にしか出来ない事だし、そういう意味でもマリ兄はハル兄を除いて帝国で一、二を争うぐらい強いので、正直俺でも勝てるかどうか五分五分だ。


 そんなマリ兄が本気で怒っているのだから、骨の三本や四本持っていかれるのも仕方ないかと諦めかけた時、まさかの助け舟が。


「……あの、マリウスさんはアルゼンタムさんと随分親しいみたいですけど……」


 師団員の連中も恐怖に慄いているのに、まるで世間話をするかのようにミアが話し掛けて来た。

 ブチギレ掛けていたマリ兄もミアのそんな様子に毒気を抜かれたらしく、怒りを収めて質問に答えている。


(えぇー!? 機嫌が悪いだけでも話しかけるのを躊躇うのに、キレているマリ兄に声を掛けるって……! 普通の令嬢だったら失神するレベルだぞ!?)


 か弱そうな見た目に反して何という度胸!! 小さい身体に見合わない胆力──!!


 見た目や性格が良いだけじゃなく肝も据わっているなんて予想外過ぎた。流石ハル兄が選んだ婚約者、未来のお嫁さんだと感動する。


 それからマリ兄がミアに俺の素性やいなくなった経緯を説明する。その中で聖獣様の話が出て、俺が知らなかった情報を聞く事になる。


「残念ながらまだ聖獣様は見つかっておりません。姿を消された時、警備に当たっていた兵士は殺害されていたそうですし、目撃情報もなく捜索は難航している状態です」


 俺はマリ兄の言葉に衝撃を受けた。


(我が国の兵士が殺された……!? 聖獣様を拐っただけでなく……?)


『何だよそれ……っ!! ふざけんなよっ!!』と叫んだけれど、獣化したままの俺の言葉が伝わるはずがなく。


「アル、落ち着け。お前が王国民を大切に思っている事は知っているが、今ここでキレても仕方ないだろう」


 大事な仲間を殺された怒りに震える俺の心情に気がついたマリ兄が声を掛けてくるけれど、その声には先程までの覇気はなくて。

 怒りを収めたマリ兄の顔を見ると酷く疲れた表情をしていて、目の下に隈がある事に気がついた。


(マリ兄のこんな顔、見た事無い……)


 きっとハル兄の事に加えて俺の捜索に奔走していたのだろう、いつも飄々としていて完璧な見た目のマリ兄のやつれた姿に心が痛む。


 こんなの、今まで自分のやりたいように振る舞ってきたツケが<呪い>となって返ってきたのだと言われても仕方がない。


(だけどこの姿のままじゃ余計に迷惑を掛けてしまう……!!)


 宮殿を抜け出している間に獣化が解けない呪いを掛けられたなんて知ったら、流石のマリ兄でも自責の念で倒れてしまうかもしれない──そんな事になったらハル兄に顔向けできないし、何より後悔で俺が死ぬ。


 これ以上マリ兄や大切な人達を心配させたくない俺は、どんな事になってもこの<呪い>を解いてやると決意する。


『マリ兄! ごめん!!』


「アル……?」


 伝わらないとは分かっていても、それでもマリ兄に謝りたかった。それが遺言になるかもしれないけれど。


 ──そうして、覚悟を決めた俺は<呪い>に抵抗するために魔力を練り上げる。


『ぐうっ……!!』


 俺の魔力に反応したのか、俺を蝕んでいた黒い手が顕現して俺の身体を締め上げると同時に、甲高い女達の声が頭の中で反響する。

 そして黒い魔力が身体の中に侵食してきて全身に激痛が走った。


「……!? あれは……?」


「な、何だアレは……っ!?」


「あれは……呪い……?」


 ミアやマリ兄達にも俺に絡む黒い手が見えているらしく、その異様な光景に驚愕しているのが伝わって来る。


 黒い魔力が俺の神経を侵しながら奥へ奥へと侵入してくるのを練り上げた魔力で押し返す。


(──いける……っ!!)


 ミアが作ってくれた聖属性料理の数々は俺の状態異常を全快させ、逆に呪いを弱体化させている。

 身体の痛みに脳が危険だと警鐘を鳴らしているけれど、そんなもの気にしてなんかいられない。


 黒い魔力と俺の魔力がせめぎあう。

 俺の身体の中で魔力が衝突し、脳が焼き切れるかのような痛みに気を失いそうになるけれど、何が何でも呪いを解いてやるんだという想いが、俺を現実に引き戻す。


 ──バキンッ!!


 永遠に続くかと思われた攻防の後、ついに呪いが決壊し、黒い手のようなものが悲鳴をあげて崩れていく。


 今まで閉じ込められていた俺の魔力が開放され、光となってゴンドラの内部を真っ白に染め上げる。


「やったっ!! やっと呪いが解けた!!」


 目線が高くなり二本の足でしっかりと立っている感覚に、やっと呪いが解けたのだと実感出来て嬉しくてたまらない。


 俺は呪いを解く手伝いをしてくれたミアに駆け寄り、その小さくて綺麗な手をとってぎゅっと握りしめると、心の底から感謝の言葉を告げた。


「ミアのおかげで呪いが解けたんだ! 本当にありがとう! これからは姐さんと呼ばせてくれ!! 姐さんは命の恩人だ!! 一生付いていくぜ!!」




* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

やっと呪いが解けたアルくんです。


次回のお話は

「189 ぬりかべ令嬢、舎弟が出来る。」です。

ミア視点に戻ります。そしてマリアンヌに危機が!?…みたいな。


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