閑話 何かが始まる日(マリアンヌ視点)
今、私はユーフェミア様達と一緒に飛竜に乗って、帝都にある宮殿へ向かっている。
飛竜が運ぶゴンドラの中は外から見た印象とは全く違っていて、高級ホテルのスイートルーム並みの設備だった。
(うわー! ゴンドラの中とは思えないクオリティ! あ、お茶も沸かせるみたい。後でミア様にお茶をお淹れしよう!)
私がワクワクしながらゴンドラ内を見渡していると、鬼畜め……じゃない、マリウス様が聖獣様を鷲掴みにして怒鳴っていた。
美形はどんな表情でも美形なんだなぁと思っていたら、聖獣様は人間の姿になれると言うではないか!!
(おお! ケモミミキタコレ!! きっと美形に違いない! オラわくわくするぞ!)
ケモナーの憧れ、ケモミミ少年を直に見られるとは! ファンタジー世界バンザイ! である。
人間バージョンの姿が見たくてワクワク待っているけれど、聖獣様は未だ狼のままだ。マリウス様が何回か獣化を解くように言っても中々獣化を解こうとしない。
(あちゃー。これ、マリウス様がガチギレする案件なんじゃ……)
だけど私の予想に反して、マリウス様がキレる直前ミア様がマリウス様に話しかけたことにより、マリウス様のガチギレは無事回避された。これには飛竜師団の人達もホッとしている。
(さすがミア様!! 師団員すら怯えるマリウス様を宥めるとか……! もはや最強なのでは!?)
私は心の中でミア様を称賛する言葉を贈る。私のお嬢様は最高だ!
そして聖獣様だと思っていた狼は獣王国の王子、アルゼンタム様だということが判明する。
(ミア様の周りってハイスペ人間しかいないよね。これが類友か……!)
もしかすると巨大な力を持つ者はお互いを呼び合うのかもしれない。それがミア様にとって良い力ならいいけれど、悪い力だった時が心配だ。
私の心配を他所に、ミア様とマリウス様の話は進んでいき、獣王国が大変な状況だと知る。
その話を聞いたアルゼンタム王子が何度かマリウス様に吠えた後、身体から魔力を放出しだしたので、てっきり獣化を解くのかと思っていたけれど……。
……何やら皆んなの様子がおかしい事に気づく。
何かが見えているらしいミア様やマリウス様が驚愕の表情を浮かべている中、マリカさんが「あれは……呪い……?」と呟いた。
私はその内容を聞いてぎょっとする。
(獣王国の王子様に呪いを掛けるなんて、余程度胸がないと無理だよね!)
アルゼンタム王子が苦しそうにしているのを見かねたのか、ミア様が助けようと手を差し出した時、何かが壊れる音が部屋中に響き渡り、視界が真っ白になる。
そして光が収まったっぽいので目を開けると、アルゼンタム王子がいた場所にケモミミ少年が嬉しそうに立っていた。
(う、うわーーー!! モノホンのケモミミだーー!! しっぽふさふさ!!)
獣化が解けたアルゼンタム王子は、狼だからなのかミディアムレングスのウルフカットに似た髪型をした、やんちゃそうな美少年だった。
(これは……!! ショタなお姉さん大歓喜!? あ、でもちょっと大きいか)
それにしてもこの世界の美形率ハンパないな、と思う。元の世界では見た事がないような美形ばっかりだ。
……ミア様の周りに集中しているだけなのかもしれないけれど。
そんなアルゼンタム王子はミア様を命の恩人だと言い、一生付いていくと、とんでもない事を言い出した。しかもミア様の手を握るという大罪まで犯している。
(ちょっとちょっとー!! ミア様の一番の子分は私ですからね!!)
……と大声で言いたかったけれど、王族相手に平民の私が言える訳がないので心の中で叫んでおく。
その肝心のミア様は「姐さん」と呼ばれた事が気になっているご様子だ。なんて危機感がないお方なのだろう。
思わず気にする所はそこじゃないとツッコんでしまった私は悪くないと思う。
ずっとミア様の御手を握っていた王子の頭をマリウス様がバシッと叩いたのを見て、『鬼畜眼鏡よくやった!!』と心の中で拍手する。
今度お礼にハリセンをプレゼントすると良いかもしれない。
それからしばらくミア様と王子が話していたけれど、マリウス様に促されて椅子に座って話をする事になった。
私がマリウス様に許可を貰ってお茶を淹れるために準備していると、何種類かのお茶が置かれている事に気がついた。
どんなお茶があるのかな、と思って確認してみると、凄く懐かしい香りに出会う。
(これはもしかして……!? 帝国にあったんだ……!!)
前世でよく飲んだお茶を発見した私は嬉しくなって、迷わずにこのお茶を淹れる事にした。
(確かこのお茶は沸騰させたお湯で一気に入れるんだっけ……?)
お茶の淹れ方を思い出し、熱々のお湯を茶葉にあてるように注いでいくと、湯気と一緒に懐かしい、香ばしい香りが部屋中に広がっていく。
このお茶は蓋をせず蒸らすのでより一層香りが広がりやすいのだろう。このお茶の香りに気がついたミア様の目がキラキラしている。きっと早く飲みたいと思っているに違いない。
お茶の準備が出来たので、お茶と一緒に置いてあった焼き菓子も盛り付けて持っていく。
テーブルの席では王子に呪いを掛けた人物の話題になっていたけれど、その人物の特徴を聞いたミア様の顔色が真っ青になっているのに気がついた。
「わふぅ! わふわふ!!」
ミア様の獣魔であるレグも主人の異変に気付いたらしく、ミア様の膝に足を乗せ、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「ミア様! どうされたのですか!? すごく顔色が悪いですよ!!」
まるで何かに怯えるかのように震えるミア様なんて初めて見た。
他の人達も心配して休むように言うけれど、ミア様は気丈にも大丈夫だと返事をするので、せめて震えが止まりますようにと思いながらお茶を渡す事にする。
このお茶にはリラックス効果と血管を拡張し血流を良くする効果があると前世で聞いた事があるから、身体がポカポカと温まれば心も落ち着いてくれるはず。
「……わあ! とっても美味しい……!」
こくりと一口飲んだミア様が美味しいと言ってくれて、このお茶が好きな私は嬉しくなる。
(良かった! ミア様の頬に赤みが戻ってきた!)
たまたま選んだけれど、このお茶にして良かったとホッとする。ディルクさんやマリカさん達も気に入ってくれたのでとても嬉しい。
「随分上手にお茶を淹れられるのですね、流石ユーフェミア様専属の侍女。驚きましたよ」
更に口うるさそうなマリウス様にまで褒められて、有頂天になった私はこのお茶の良いところを力説してしまう。
「このお茶はカフェインが少なくてリラックスしたい時におすすめのお茶なんですよ!」
「……なるほど、だからいくつかあるお茶の中からこのお茶を選ばれたのですね」
初めての出逢いが碌でもなかったから、マリウス様の事を苦手に思っていたけれど、こうして話してみると中々フレンドリーな好青年だった。
「はい! すごく久しぶりに見ましたけど、昔からこのお茶が好きでよく飲んでいました!」
……と思っていたのだけれど。
私のこのセリフを聞いたマリウス様の目がキラリと光る。そしてフレンドリーな雰囲気は何処へ行ってしまったのか、今度は獲物を狩る狩人のような目に!!
「……ほう。帝国でも貴族の間でしか飲まれていないお茶なのに随分詳しいのですね? しかも以前飲まれたことがあるとは、貴方は帝国に縁がある家門の出なのですか?」
「え」
私はマリウス様の言葉に絶句してしまう。このお茶が貴族しか飲まないお茶だったとは思わなかった。
前世では比較的お手頃価格だったし、てっきり庶民が気軽に飲むものだと思い込んでいたのだ。
(そうか……! 庶民が飲むお茶を帝国皇太子の側近が用意するわけないんだ……!!)
「……え、えっと、もしかすると私の勘違いで、似たお茶と間違ってしまったかもしれません」
ここはもう頑張って誤魔化すしかないと思った私は必死に言い訳を考えた。
だけどこんな言い訳で納得してくれるような人なら、超大国の皇太子側近なんて務まる訳がないと気づくべきだった。
「そんなに似ているのですか? ならばそのお茶の名を教えていただけませんか? ナゼール王国産でしょうか? 正直このお茶は帝国でも高価でして、同じ味で安価で手に入るのなら是非購入させていただきたいですね」
……ダメだ……詰んだ……。
(昔からよく飲んでいるとか言わなきゃ良かったーー!! どうしようーー!!)
後悔しても時は既に遅し。下手な言い訳は自分の首を絞める事になりそうだ。
「……申し訳ありません、飲んだのは随分前なので、同じものを紹介する事は出来ません。ですがお茶の名前は覚えています。それは……」
このお茶がこの世界でなんて呼ばれているか分からないけれど、私は懐かしい名前を口にする。
「……ほうじ茶、です」
お茶の名前を聞いたマリウス様が、綺麗な青みがかった灰色の目を見開いた。
「……お答えいただき有難うございます……やはり貴女は始祖と──」
(……やはりマリウス様は私が転生者だと知っていたんだ!)
幾つかのお茶と一緒にほうじ茶を用意したのもそのためだったのかもしれない。どうして私が転生者だと分かったのかは謎だけど。
(帝国はアルムストレイム教を信仰していないし、始祖を崇めているのだから、私が転生者だと知っても迫害しない……よね?)
私が頭の中で色々考えていると、マリウス様が“ガタッ”と立ち上がりツカツカと一直線に私の方へ向かってきた。
「ひぇ……っ!?」
思わず変な声が出てしまったのは仕方がないと思う。
マリウス様は私の目の前までやってくると、ガシッと私の肩を掴んで言った。
(うわ……! 美形のドアップ!! ヤバ!)
「素晴らしい……! やはり貴女は『転生者』なのですね! まさか自分が生きている間に会えるとは……!!」
「え? え?」
マリウス様は憧れのスポーツ選手や推しのアイドルに会えたファンのように目をキラキラと輝かせ、表情も生き生きとしている。何となく頬も紅潮しているようだ。
「貴女の身柄は責任を持って私が引き受けます! 全身全霊を持って貴女をお守りいたしますので、その知識を私にもお分けいただけないでしょうか?」
──マリウス様の爆弾発言に、私の思考は完全停止した。
* * * * * *
お☆様に♡やコメント本当に有難うございます!とても励みになっています!
次回のお話は
「190 ぬりかべ令嬢、予感する。」です。
ミア視点に戻ります。だけどマリウスのターンがまだ続きます(笑)
お読みいただき有難うございました!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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