119 ぬりかべ令嬢、義母とお別れをする。
「こんな所まで来て何の御用? 私のみっともない姿を見にわざわざお越しになられたのかしら?」
私達の姿を見たお義母様は、無理をして気丈に振る舞っているかの様に見えた。
「違います。私がお義母様に一言挨拶をしたくて、無理矢理お父様にここへ連れて来てくれるようにお願いしたのです」
「挨拶ですって……? 貴女が今更私に何の挨拶をするって言うのよ……!」
お義母様は訝しげな表情をしてこちらを見るけれど、私は構わずお義母様に向かって頭を下げる。
「お義母様、今までお世話になりました」
「なっ……!」
私が頭を下げて挨拶した事に、お義母様は酷く動揺した様だった。
「私はお父様からお義母様がお母様を殺めたと聞きました。どの様な理由であれ、その行為は決して許される事ではありません。実際私もお義母様を許す事は出来ないけれど、恨んだり憎んだりするつもりは無いのです」
お父様とのお話の時に、ずっと恨み続けるのはとても疲れる事なのだと理解した。ならば恨む事に使うエネルギーを別の事に使う方が余程建設的なのだと気が付いたのだ。
だからと言って、お母様を殺された事や私が受けた不当な仕打ちが無くなる訳じゃない。暴力こそ無かったけれど、あの時の心の傷はまだ残っていて、そう簡単に消えるものじゃないからだ。だからその傷が治るまではお義母様を許す事は出来ないだろう。
「お義母様への罰は既にお父様が下してくれました。ならお義母様の罪について、私からこれ以上何かを求めるつもりはありません」
今からお義母様が向かうところは、かなり劣悪な環境の監獄だと聞いた。そんな場所に死ぬまで囚われ続けるなんて……どれほどの地獄なのだろう。
「それにお母様は、お義母様への恨み言は一切言わなかったと聞いています。本人が恨んでいないのに、私がお義母様を恨むのは烏滸がましいですから」
お母様の事を聞いたお義母様は酷くショックを受けた様だった。お義母様はしばらく呆然とした後、首をうなだれ、お母様の名前を小さく呟く。
「…………ツェツィーリア……」
するとそこへ、お父様がお義母様の方へ向けて足を一歩踏み出した。
「ジュディ。僕は一つだけ君に嘘をついていたんだ」
「え……」
お父様の言葉にお義母様が顔を上げてお父様を見る。つられて私もお父様を見上げ、次の言葉を待つ。
「僕は君がリアを殺した犯人だったからと言う理由だけで君と結婚した訳じゃない。確かに疑っていたし、理由の一つではあったけれど、一番の理由は最後まで君を気にかけていたリアの願いがあったからなんだ」
「ツェツィーリアの、願い……?」
「勘違いだったとは言え、君から僕を横取りするような形になってしまった事を、リアはずっと気にしていたんだ。だから自分が居なくなった後、僕と君さえ良ければ……ってね」
「そ、んな……そんな素振りなど、ツェツィーリアは、全く……」
「リアの気の強さは君がよく知っているだろう? 彼女がそんな弱みを君に見せる訳がない」
あれれー? お父様達から話を聞けば聞くほど、私が持っていたお母様のイメージが崩れていく気がするのですが……。
「君が僕を好いていてくれたのは充分わかっていたし、お互い歳が近い娘もいたからね。僕は殆ど領地に居る事になるだろうけど、それでも皆んなで仲良くしてくれていたら……そして心から、リアを殺めた償いをしてくれたのなら──時間はかかるだろうけど、また違った家族のかたちで幸せになれるかもなんて、そんな事を思っていたんだ。」
お父様はお母様をすごく愛していて、その想いはずっと消えないだろうけど、もしお義母様が私にも優しく接していてくれたなら……家族の一員として迎えてくれていたのなら、そして何かの形でお母様を殺めた罪を清算出来たのなら、愛の形は違うだろうけど、別の意味でお義母様を大事に想っていたかもしれない──それが、お義母様の欲しかった愛じゃなかったとしても。
「あ、あ……わ、私は……嫉妬に狂って……自ら、幸せを……?」
「せめてミアを虐げていなければ、何か別の未来が有ったかもしれなかったのにね」
──お義母様は自分で幸せになれるかもしれなかった未来を手放したのだ……その醜い物思いで。
きっとその事実こそが、お義母様に与えられる最大の罰──
これからお義母様は過酷な環境の下、後悔と懺悔の日々を送るのだろう、死を迎えるその日まで。
お父様から聞かされた事実に、更に追い打ちでショックを受けたからか抜け殻のようになってしまったお義母様に、私は持って来ていた荷物から用意していた物を取り出した。
「お義母様……これ、私が作った化粧水です。お義母様が気に入ってくれていたと使用人の皆んなから教えて貰ったんです。良かったら、受け取ってもらえませんか?」
先日、ダニエラを階段から突き落とした原因が私の化粧水だと聞かされて驚いた。その原因であるものを、怪我をさせた原因である人に渡すのはどうかと自分でも思うけれど、私はどうしてもお義母様に贈りたかった。
以前のように美しいお義母様に戻って欲しいと言う想いを込めて。
お義母様は化粧水をぼうっとした目で眺めていたけれど、私はお義母様の枷をはめられた手を取り化粧水を握らせる。お義母様は受け取った化粧水を無言のままじっと見つめている。
その様子に、どうやらちゃんと受け取ってくれたようだとわかって安心する。
あの化粧水はランベルト商会で作った化粧水の原液だ。過酷な環境の中でも頑張って欲しいと、心から思う。
そうしているうちに時間が来たのか、衛兵がやって来た。
彼は私達に目礼をすると、お義母様の腕を取り、馬車の方へ連れて行った。
お義母様は他の貴族と同じ様に抵抗する事もなく、大人しく馬車に乗せられ、監獄へと送られて行く。
私はお義母様が乗った馬車が見えなくなるまで、お父様と一緒に見送った。
そして馬車が見えなくなると、何とも言えない物寂しさを感じてしまう。
「……私は、お義母様にお父様を会わせたかっただけなのに……遠くから眺めるだけじゃなく、なるべく近くで……。だって、お義母様はまだお父様の事を……」
……愛しているから、と言う言葉は口に出せないまま、馬車が見えなくなった方へ顔を向ける。
出来るなら、お義母様には最後まで気高く美しくいて欲しかった。なのに、あんな抜け殻のようになってしまうなんて思いも寄らなかった。まさかお父様がお義母様にとどめを刺してしまうなんて……これがマリカの言うオーバーキルなんだろう。
私がした事はただの自己満足だったのかもしれない。その結果、お義母様を更に追い詰め、お父様に辛い記憶を思い出させてしまったのだ。
「お父様、ごめんなさい……私の我儘で、お父様に酷い事を言わせてしまって……」
……ああ、私はなんて酷い事をしてしまったんだろう。無意識に人を傷つけてしまうなんて、一番質が悪いのに。
自己嫌悪でしょんぼりとする私の頭を、お父様が優しく撫でてくれる。
「ミアが悪い訳じゃないよ。僕も本当は言うつもりはなかったけれど……。ジュディを見たら、リアの気持ちを伝えたくなってしまったんだ。一方通行だったかもしれないけれど、リアはジュディに友情を持っていたから……」
「お父様……」
「でも、ジュディも何だかんだとリアの事は友達だと思っていたと思うんだ。呪薬を渡した日から、彼女は一度もリアの前に姿を現さなかったから」
お父様とお母様の結婚後も、お義母様は嫌味を言いにわざわざお屋敷に何度も来ていたらしい。
「それに大丈夫だよ。ジュディだって君が思う程弱く無い。しばらくすれば監獄を牛耳ってるかもしれないよ」
お父様はそう言うと、「ごめんね」と謝りながらもう一度私の頭をよしよしと撫でてくれた。私よりお義母様を知っているお父様がそう言うのなら、それは本当にそうなのだろう。
でもお父様が言う通り、私もお義母様はお母様に友情を持っていたと思う。
そう思っていたからこそ、裏切られたと思ったお義母様はお母様を殺めてしまったのでは無いか……なんて、想像でしか無いけれど。
もうお義母様とは二度と会うことは無いかもしれないけれど、もし再び会う事があるのなら……今度はお義母様から見たお母様のお話を聞かせて貰いたいな、と思った。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
ミアの無自覚な断罪回でした。
公開するか迷った話ではありますが、今後に影響する事なので公開することにしました。
乗り越えないといけない壁と云うかなんと言うか……(;´Д`)
次のお話は
「120 ぬりかべ令嬢、義妹を見送る。」です。
どうぞよろしくお願い致します。
次回更新は未定ですが、更新する時は近況ノートかTwitterでお知らせしますので、どうぞよろしくお願いいたします!
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「ぬりかべ令嬢」共々、どうぞよろしくお願いいたします。
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