120 ぬりかべ令嬢、義妹を見送る。

 お義母様の次はグリンダを見送る番だ。

 だけど、お義母様の見送りで結構時間が経ってしまったので、もう出発してしまったのではないかと心配になる。


「王宮にはミアと一緒に見送りに行くから、僕たちが来るまで待っていてくれる様に頼んでいるから大丈夫だよ」


 私の心を読んだ様なタイミングでお父様が言うものだから驚いた。私ってそんなに心の声が漏れているのだろうか。


 馬車が次々と裏門を出発している中、少し離れた所にグリンダが乗るであろう馬車があった。

 その馬車は鉱山や監獄へ行く様な他の馬車と違い、少し質の良さげな馬車だった。恐らく法国の修道院が使っている馬車なのだろう。

 

 しばらくすると、衛兵に連れられたグリンダがやって来た。

 お義母様と違い、罪人扱いでないためか手に枷ははめられておらず、修道女の衣装に身を包んでいるその様子に少し安堵する。

 

 でもグリンダもお義母様と同じ様に様変わりしていて、私は髪の毛と瞳の色以外でこの少女がグリンダであると判別出来なかった。

 

 グリンダは私とお父様に気付き、とても複雑な表情を一瞬だけ浮かべると、視線をキッと強くして私達と対峙した。

 

「もう必要ないでしょうに、わざわざそのメイクで来るなんて……私への当て付けかしら?」


 第一声がそんな言葉でも、その言葉がグリンダらしくてほっとする。やっぱりお義母様そっくりだ。


「違うよ。私はこのメイクが気に入っているの。だから出来ればこれからもこのメイクをするつもりだよ」


 私がそう言うと、グリンダは顔を歪めてぷいっと顔を背け、「変な人」と呟いた。

 

 ……何だかその様子は随分幼く、昔のグリンダを思い出させて、懐かしくなる。

 

 私はお義母様の時と同じ様に、荷物の中から化粧水を取り出してグリンダに手渡した。

 突然私から化粧水を渡されたグリンダはきょとんとしている。

 

「これは私が作った化粧水なの。王国中で大人気なんだよ。効果は抜群だから、使ってくれたら嬉しいな」


 アメリアさんお墨付きの化粧水だし、ディルクさんも大人気だって言ってくれたから嘘じゃないはず!


「……っ!」


 グリンダはしばらく化粧水を眺めた後、ぎゅっと瓶を握りしめ、悔しそうな、泣き出しそうな顔をして私に問いかける。


「どうして……?」

 

「どうしてって言われても……グリンダには、いつも自信を持っていて欲しいから、かな?」


 私が答えた内容が気に入らないのか、グリンダがキッと私を睨みつける。

 

「何よそれ! 私が<魅了>を使っていた事を馬鹿にしているの!?」


 グリンダは自分自身に<魅了>が掛かっていたことを酷く恥じているのかもしれない。無意識とは言え、随分やらかしたらしいから。

 

「ううん、違うよ。私には<魅了>は掛かっていなかったみたいだけど、それでもグリンダは十分魅力的だったよ。魔法なんか使わなくても、グリンダはとても綺麗で……とても羨ましかったよ」


 私がグリンダを羨ましいと思っていたのが信じられないのか、グリンダは弱々しく首をふるふると振っている。


「う、嘘……だって、私なんかより、お義姉様の方が余程……」


「そうかな? 私は初めてグリンダと会った時、こんな可愛い子が義妹になるなんてって、とても嬉しかったよ。ただ、あの時はまだお母様が亡くなったショックから抜け出せなくて……。きっとグリンダには誤解をさせてしまったよね。ごめんね」


 グリンダも初めの方は、私によく声を掛けてくれたり遊びに誘ってくれていたのだ。それなのに私はずっとふさぎ込んだままで、グリンダの誘いを断って……それじゃあ嫌われても仕方ないのかもしれない。


「それでも、立ち直った時には……グリンダと一緒に遊びたいなって思っていたよ」


「……っ! …………」


 グリンダは私に何かを言いかけたけれど、結局言葉にはせず俯いてしまい、しばらく沈黙が続く。

 

 ……うーん。出来れば明るい気持ちで修道院に行って欲しかったのだけれど、どうも私は言葉選びがヘタみたい……困ったなぁ。お義母様の時みたいな失敗はしたくなかったのに。

 

 私がどうグリンダに言葉を掛けようかと迷っていると、こちらに走って向かって来る人に気が付いた。

 

 あ、あの人は──!

 

「グリンダ!!」


 名前を呼ばれたグリンダは、その声にハッとして顔を上げ、その人の名前を呟いた。

 

「マティアス様……」


 王宮から走って来たのだろう、マティアス殿下が息を切らしながらやって来た事にグリンダは酷く驚いていた。

 

「間に合ってよかった……!」


 マティアス殿下はグリンダを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

「どうして……殿下はお忙しい身なのに……っ」


「グリンダを見送りたかったんだけど、迷惑だったかな?」


「べ、別にっ、迷惑なんかじゃ……!」


「そう? なら良かったけど……って、ああ、これはとんだ失礼を。ユーフェミア嬢、久しぶりですね。無事な姿を見る事が出来て良かったです。お身体はもう大丈夫なのですか?」


 グリンダとの会話を見て面食らっている私達に気付いたマティアス殿下が、優雅な仕草で挨拶されたので、私も慌てて礼を取る。

 

「マティアス殿下に於かれましてはご健勝で何よりに存じます。おかげさまで身体の方は無事完治いたしました。ご心配いただき有難うございます」


「それなら良かった。ウォード侯爵もご苦労さまです。卿もグリンダの見送りに来られたのですね」


「はい、殿下もお忙しい中お疲れ様です。わざわざ義娘の見送りにお越しいただき有難うございます」 


 私達が挨拶を交わす間中、ずっと黙っていたグリンダだったけど、その視線はずっとマティアス殿下に注がれている。

 まるで、殿下の姿をその瞳に焼き付けるかのような……何だか見ている自分も胸が締め付けられるような、そんな切ない眼差しだった。

 

 マティアス殿下はお父様と少し会話した後、再びグリンダを見て……ふと、手に持っているものに気が付いた。

 

「グリンダ、その手に持っているものは何かな?」


「えっ……! え、えっと、これは……」


 マティアス殿下に<魅了を>使った負い目なのか、グリンダは殿下の視線から逃れたい様だった。何となくそんな雰囲気が伝わってきたので、差し出がましいと思いつつ、返事に戸惑うグリンダの代わりに返答する。

 

「マティアス殿下、恐れながら、グリンダが持っているのは私が渡した化粧水です」


「ユーフェミア嬢はグリンダへの餞別に化粧水を用意してきたんだね」


「はい、左様でございます」

 

 私の返事に、マティアス殿下は「しまったな……」と言って少し考える素振りを見せた後、ポケットからハンカチを取り出した。

 

「グリンダ、ごめんね。今僕が持っているのはこのハンカチしか無いんだ。でも、もし良かったらこれを餞別代わりに持っていてくれないかな?」


「殿下……でも、私……」


「ああ、これはまだ使っていないから綺麗だよ。だから安心して?」


 マティアス殿下がハンカチを差し出すと、グリンダはおずおずと受け取り、「有難うございます……」とお礼を呟くとそのまま俯いてしまう。

 

 グリンダがハンカチを受け取ったのを見て、マティアス殿下はとても嬉しそうに微笑んだ。その瞳はとても優しくて、まるで愛おしいものを見るようだった。

 

 ──やはりマティアス殿下は……今でもグリンダの事が好きなんだろうな。

 

「グリンダ、君が今から向かうエルヴァスティ修道院はとても戒律が厳しいけれど、環境は整っているから意外と過ごしやすいと思うよ。それに修道院長は人格者だし、常に公平な人だからね、何か有れば相談するといい」


「……はい」


「元気で……。それから、今までありがとう」


 マティアス殿下の言葉に、グリンダはハッとして顔を上げ、殿下の微笑んだ顔を見ると、その瞳から大粒の涙をポロポロと零す。

 

 グリンダはマティアス殿下から貰ったハンカチは使わず、袖で涙を拭くと、「はい……!」と笑顔で返事をした。

 

 ──グリンダのその笑顔は、私が今まで見た事がある中で、一番美しい笑顔だった。

 

 そうしてグリンダは俯きがちだった顔を上げ、背筋を伸ばして颯爽と馬車に乗り込み、エルヴァスティ修道院へ旅立っていった。

 

 去り際、私に向かって「ごめんなさい」と言う謝罪の言葉を残して──。

 

 マティアス殿下も私達と同じ様に馬車が見えなくなるまでグリンダを見送ってくれた。

 馬車が見えなくなると一瞬、寂しそうな顔をしたけれど、直ぐ様表情を引き締めて王宮に戻って行く。

 

 これからグリンダは修道誓願を立てて祈りと献身の道へ、マティアス殿下は自身で道を切り開き、国を良い方向へ導くのだろう。

 

 二人が進む道は違うけれど、いつかもう一度お互いの道が交わる事があるのなら──今度こそ、二人一緒に手を取り合って同じ道を進んで欲しいと、心から願う。

 

 

 

 私が二人の行く末を案じているその時──エルヴァスティ修道院へ向かう馬車の中、ハンカチと化粧水を握りしめたグリンダに小さな変化が訪れていた事を、その変化が後に大きい変化となって王国の存亡に関わって来る事を、この時の私はまだ知らない。






* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


グリンダちゃんはまだまだ登場するそうです。どの様に関わってくるかはかなり先になりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。


次のお話は

「121 ぬりかべ令嬢、司教と会う。」です。


どうぞよろしくお願い致します。


☆や♡、フォローに感想、とても嬉しいです。感謝です!本当に有難うございますー!


次回更新は25日を予定しています。更新する時は近況ノートかTwitterでお知らせしますので、どうぞよろしくお願いいたします!




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「ぬりかべ令嬢」共々、どうぞよろしくお願いいたします。

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