121 ぬりかべ令嬢、司教と会う。

 グリンダを見送った後、もう用事は終わたので王宮から帰路に着こうと侯爵家の馬車へ戻る途中、突然お父様が「王都へ買い物へ行こう!」と言い出した。

 

「ずっと領地に居たし、久しぶりに王都の街を見たいんだ。ついでに何か美味しいスイーツでも食べて行こうよ」


 スイーツ……。

 

「お父様がそう仰るならお供させていただきます」


 思わず了承したけれど、決してスイーツに釣られた訳では無いのだ。王都が久しぶりというお父様のためなのだ……なんて言うのは建前で、本当は失敗ばかりでしょげている私を励まそうとしてくれている、お父様の気持ちがとても嬉しい。

 

 それに何時までも後悔しても仕方がない! これからは同じ過ちを繰り返さないように頑張ろう!

 

 私が了承すると、お父様は「父娘で初めてのお出かけだね」と、とても嬉しそうだ。私も嬉しいけれど、改めて言われると何だか恥ずかしく感じてしまう。

 お父様との交流も、もっと慣れないといけないなぁ。

 

 そして私とお父様がいざ馬車の乗り込もうとした時、遠くから「ウォード侯爵!」とお父様を呼ぶ声がした。

 文官さんは息も絶え絶えにお父様に伝言を伝える。どうやら宰相付きの文官さんが、宰相からお父様を執務室まで連れて来るようにと命令されたらしい。

 

「これからミアと出かける約束だからまた今度ね」


 そう言ってお父様が再び馬車に乗り込もうとするのを文官さんが必死に止める。

 

「侯爵! お願いします! 私と一緒に来て下さい! じゃないと私は……! 私は……っ!! お願いしますうぅぅぅっ!!」


 必死過ぎる文官さんの様子に思わずドン引きしてしまう。い、一体何が……っ!?

 

 文官さんの様子にお父様は「……やれやれ、またか」と溜め息を付いているけど、「また」……? またって何? でも聞くのは何だか怖い。

 

「ミア、すまないけどすぐ終わらせるから、少し待っていてくれるかな?」


「はい、それはもちろん結構ですけど……」


「よし、それじゃあミアも一緒に王宮へ行こう。部屋を用意させるから、そこでお茶でも飲んで待っていてくれる?」


 私が王宮へ行ってもいいのかな、と思ったけれど、馬車の中で待つよりはその方が退屈しないだろうと思い、お父様に付いて行くことにした。

 

 もしかしたらハルに会えるかも、なんて期待したりして。

 

 王宮の中は相変わらず豪華絢爛だった。絵画や美術品が飾ってある回廊を抜けて更に歩く。かなり奥の方に宰相の執務室はあるようだ。

 途中で中庭のバラ園の横を通り、そう言えば以前ここでお茶会をした事を思い出す。

 

 あの時満開だったバラはもう葉を落としていて、次に花開くまでしばらく眠りにつくのだろう。何だかそんなバラの有り様にグリンダとマティアス殿下を連想してしまう。

 

 そんな物思いに耽っていると、向こうの方から見覚えのある人が歩いてくる。その人は私の姿を目に留めると、驚いた様に目を瞠った。

 

「ユーフェミア嬢……」


「お久しぶりです、エリーアス様」


「ああ、本当にお久しぶりで……ウォード侯爵もご無沙汰しております」


「エリーアス殿、久しぶりですね。随分立派になられて……。父君からよく自慢話を聞かされてますよ。随分期待されているようですね。僕も殿下の右腕としてその手腕を奮ってくれる事を期待しています」


「恐れ入ります。ご期待に添えられるよう務めさせていただきます」


 エリーアス様はお父様と面識があったらしく、随分親しげな雰囲気なのが意外だった。そんな二人を眺めていると、エリーアス様と目が合った。ジロジロ見ていたのがバレちゃったかな?


「ユーフェミア嬢も大変でしたね。無事回復されたようで安心しました」


「有難うございます。おかげさまで全快致しました」


 私とエリーアス様が会話していると、お父様が「あ、そうだ」と何かを思い出すように声をあげる。

 

「エリーアス殿にはミアの件でご協力いただき有難うございました。婚約申請書の取り下げ処理をしないといけませんね」


「え!? 婚約!?」


 婚約という言葉に驚いた。

 どうやら私が出奔している間、お義母様に勝手に元老院へ提出されそうになったアードラー伯爵との婚姻届を受理出来ない為の策として、エリーアス様が私に婚約を申し込んだという事にしてくれていたらしい。

 もし元老院で婚姻届を受理されていたら離縁の手続きがかなり大変だったとの事。ひえー! お義母様が犯した公文書偽装の余波がエリーアス様に!

 

「そんな事とは露知らず、エリーアス様にはとんだご迷惑を……! 申し訳ありません!」


 事情を知った私は慌ててエリーアス様に謝罪をする。


「でも、エリーアス様のおかげで助かりました。本当に有難うございます。これは一刻も早く婚約取り消しの手続きをしなければいけませんね……!」


 私と婚約している間、エリーアス様は他の令嬢と婚約出来ないのに……! まさかそんな迷惑をかけていたなんて……!

 

 私のそんな様子にエリーアス様は少し困ったような、と言うか何だか寂しそうな──そんな複雑な顔をして、「いえ、大丈夫ですから。どうかお気になさらないで下さい」と言ってくれた。

 

 何だかお茶会の時と今の印象が随分違うけど……本当は優しい人なのかもしれないと思い直す。

 

 そんな話をしていると背後からふいに声を掛けられた。

 

「おや、ネルリンガー宰相のご子息ではありませんか」


 声がした方へ向くと、法国の司教服を着た中年ぐらいの男性と、その後ろに侍者らしき人が控えるように立っていた。

 

「……イグナート司教」


 エリーアス様が一瞬だけ不穏な空気を纏う。もしかしてエリーアス様が苦手な人なのかな。


「マティアス殿下のご様子は如何ですか? 確か今日は元婚約者の方がエルヴァスティ修道院へ入院されるとか。もし宜しければ殿下の為に祈りを捧げさせていただきたいのですが」

 

「いえ、結構です。お気持ちだけ受け取っておきます」


 イグナート司教と言う方の申し出をピシャリと断るエリーアス様。容赦無いですね。

 

「……そうですか、それは残念です」


 全然残念そうじゃないなぁと密かに思いながら二人のやり取りを見ていると、イグナート司教と目が合った。

 

「おや、こちらの方々は初めましてですね。改めまして、私はアルムストレイム神聖王国からやってきました、アルムストレイム教司教のイグナートと申します」


「初めまして。私はテレンス・ウォード・アールグレーンです」


 先方が挨拶をしたのならば、こちらも挨拶を返さない訳にも行かず、私はお父様の挨拶の後にカーテシーをして自己紹介する。

 

「イグナート司教様、初めまして。私はユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します」


 イグナート司教は挨拶をする私をじっと見て、何かを考えている様だった。不躾なその視線に不快感を覚える。

 

 ……何だろうこの感じ。自分の中を探られているようで気持ち悪い。

 

「……なるほど、なるほど。……確かに。貴女が四属性の魔力を持つと云われているウォード侯爵令嬢でしたか。お会い出来て光栄です。では、本日エルヴァスティ修道院へ入院されるご令嬢は……」


 イグナート司教がグリンダの事を話題にしようとしたその時、エリーアス様が遮るように声を掛けた。

 

「司教、申し訳ありませんが宰相に呼ばれていますのでこの辺で失礼します」


「……ああ、これはこれは。引き止めてしまい申し訳ありませんでした。では、皆様に至上神のご加護がありますように」


 エリーアス様のやや強引な話題逸らしに、イグナート司教は特に気にした様子も見せず、私達に挨拶をするとそのまま侍者を連れて去って行った。こういう扱いに慣れていらっしゃるのかな?

 

 王国はアードラー伯爵の件で法国に対してかなり不信感を募らせているらしいけれど……昔からの慣例はそう簡単に変えらないよね。イグナート司教も未だに王宮を自由に行き来できているし。

 

「法国の関係者がこんな王宮の奥まで入って来る事が出来るとは……余りよくありませんね」


 やはりお父様も同じ様に考えているみたい。以前聞かされた、王宮の情報が法国にだだ漏れと言う話は間違いではないのだろう。

 

「……そうなのです。今現在、かなりの数の法国関係者が王宮内部に入り込んでいるようで……。中には要職に就いている者も居るとか。かと言ってアルムストレイム教が国教である限り、どうしようも無いのが現状です」


 アルムストレイム教を国教にしている国々でも同様の問題が起こっているらしい。もしかすると世界征服でも狙っているのかな? なんて思ってしまった。……まさかね。


「更に困ったことに、元老院は先日の裁判で人員の半数近くが鉱山送りになりましたから、今は全く機能していないのですよ。人員の補充が急務なのですが、選定が進んでおらず、婚約取り消しの申請手続きにしばらく時間がかかるかもしれません」


 そう言えば、何人かの貴族が馬車に乗せられていたけれど、きっと怒鳴っていた人達がそうなのだろう。

 今回の一件で、罪人はそれぞれの収監場所へ送られていったとは言え、まだまだ仕事はたくさん残っているだろうし、エリーアス様達、マティアス殿下の側近はとても大変そうだ。


 それにしてもしばらく私とエリーアス様は形式上婚約者同士なんだ……うわぁ、ご令嬢方には絶対知られたくないよ……!

 

 以前、貴族内の派閥のパワーバランスが崩れ、変に力をつけた貴族が悪事を働いたとか何とかで王国が大変だった事があり、それ以降元老院で婚姻の調整や管理をする事になったらしいけど……。

 元老院が婚姻届を棄却したという話は聞かないので、余程の事がない限りは大丈夫なのだろう。

 だからと言って婚約や婚姻の申請を元老院に届け出る必要あるのかな。結局それって元老院もその変に力をつけたと云う派閥と同じになると思うけど。

 

「……ああ、アーベルが僕を呼ぶ理由はそれか」


 お父様も何やら察したようで、何だか面倒臭そうな顔をしている。

 

 どうやら元老院の件でお父様が呼ばれたみたいだけど、このままでは爵位の返上が出来ないんじゃないのかな……?






* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


久しぶりの鬼畜眼鏡2号さんです(違)


次のお話は

「122 ナゼール王国アルムストレイム教神殿にて」です。


どうぞよろしくお願い致します。


☆や♡、フォローに感想、とても嬉しいです。感謝です!本当に有難うございますー!


次回更新は未定です。更新する時はTwitterでお知らせしますので、どうぞよろしくお願いいたします!




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「ぬりかべ令嬢」共々、どうぞよろしくお願いいたします。

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