136 ぬりかべ令嬢、ハルを見送る。1
夢のような舞踏会が終わり、翌日の朝を迎えた。
いつもは朝が来るのが嬉しかったのに、今日のこの日だけは喜ぶ気持ちになれない。
なぜならそれは、ハルが帝国に帰ってしまう日だから。
昨日はあんなに身近に居てくれたハルがもうすぐ居なくなるなんて……考えるだけで泣いてしまいそう。
でもこれは私に与えられた、新たなる試練なのだ……! これを乗り越えないと、本当の意味でハルと幸せになれないような気がする……なんて。
そうでも思わないと耐えられそうにないので、これは一種の現実逃避なのかもしれないけれど。
ハルは朝の内に王国を出発するそうなので、遅れないように早めに準備をする。もう少ししたらマリアンヌ達が起こしに来るだろうから、それまでに準備を終わらせよう。
今日は王宮の中へ行く訳ではないので、いつもよりはラフな服装で大丈夫かな、と思い、久しぶりにジュリアンさんが選んでくれた服と、マリカが作ってくれた変装用の髪飾りを付ける事にした。
それにアメリアさんが教えてくれたメイクを……と一瞬思ったけれど、せめて素顔のままでハルと会おうと決める。
髪の色が違うだけで全く印象が変わるから、ぱっと見て私だとわかる人はいないはず! きっと裕福なお家のお嬢さんぐらいに見えるだろう。
私の準備が終わったタイミングで、コンコンとドアがノックされ、「失礼します」と言ってマリアンヌとアメリが入ってきた。
「ど、どなたですか!?」
「え? 誰? え?」
二人は私の姿を見るとびっくり仰天大慌てで、大声を出そうとするのを、「私だよ! ユーフェミアだよ!」と、正体を明かして何とか止めることに成功する。
「え!? ユーフェミア様!?」
「でも髪のお色が……でもそのお顔……確かに!」
ようやく私だと理解した二人が、今度は髪の色について食い付いてきたので、そう言う魔道具なのだと説明する。
「すごい……何コレ! まるで変身グッズ! コスプレするのにすっごく便利!!」
マリアンヌが興奮して何を言っているのか分からない。ぐっず? こすぷれ?
「ユーフェミア様の銀髪はとても目立ちますからね。これならユーフェミア様だとはすぐ気付きませんね。……でも……」
アメリがとても感心したように髪の色を見ているけれど、何かに気付いたようで口籠る。
「……いいよ、アメリ。私もそう思うから」
言いにくそうなアメリに、自分でも思っている事を伝えると、ホッとしたような顔になる。
私達が何を思ったかと言うと、それは茶色の髪に変わった私とマリアンヌが、とても良く似ている事だ。
「かと言って瓜二つって訳じゃありませんけどね。背はマリアンヌが少し高いですし、顔立ちも大人っぽいから別人だというのはわかるのですが、何と言うか……雰囲気でしょうか。マリアンヌは黙っていればふんわり系の美人ですし」
「ちょ……! 黙っていればって何よー! 皆んなで同じ事言うー!」
アメリが私とマリアンヌを比べて色々検証してくれる。マリアンヌからプンプンと抗議の声が上がるけれど、うん、的を得ているよ!
身長はブーツ調整できるし、顔立ちはメイクで変えられるし、魔道具で茶色ではなく銀髪にすれば、マリアンヌは私のそっくりさんになりそうだ。何だかとても楽しそう!
「……そうだ! マリアンヌも一緒に付いて来てくれない?」
「え? 私もですか? ユーフェミア様のご希望なら勿論、構いませんが」
そうして私はジュリアンさんが選んでくれた服をマリアンヌにも着て貰い、一緒にハルの見送りに行く事にした。
……えへへ。楽しみだなぁ。
* * * * * *
侯爵家の馬車で行くとハルの警戒する「敵」に見つかってしまう可能性が有るので、家紋も何も付いていない、ごく普通の馬車で王宮の裏にある演習場へ向かう。
予めお見送りに行くという事はハルに伝えてあったので、簡単な手続きで入る事が出来た。
演習場では天幕などが外され、すっかり元の状態に戻っていて、その様子に何だか寂しさを覚える。
以前テントを張っていた逗留場所があった方を見ると、王宮の衛兵さん達や料理人らしき人達が荷物を運び込んでいたり、侍女さん達がお片付けをしていて、沢山の人で溢れかえっている。周りにもたくさんの馬車が止まっていて、自分が乗ってきた馬車がどれなのか、気を付けておかないと見失いそうだ。
そして演習場の真ん中では黒炎さんを始め、飛竜さん達が揃っていて、その様子は遠くから見ても圧巻だ。やっぱり飛竜さん達、格好良いなあ……!
飛竜さんを初めて見るであろうマリアンヌも「ひえ〜!」と言って圧倒されている。
ハルは何処だろう……? と思っていると、遠目に国王陛下や騎士団長と挨拶を交わしているハルを見つけ、その堂々とした佇まいに見惚れてしまう。
ハル、格好良い……! あんなに格好良いハルと、私……!!
昨日のハルとの出来事を思い出して顔が熱くなる。
さっきまでずっと平気だったのに、ハルの顔を見た途端甘い記憶が蘇ってきて……!
うわー! ど、どうしよう……!! ハルの顔が見れる気がしないよ……!
「ユーフェミア様? どうされました?」
突然回れ右して、馬車に隠れる様に逃げる私に気付いたマリアンヌが、心配そうに声を掛けてくれるけど……。
私はハルに会うのが恥ずかしくて、顔を手で覆いながら俯いてしまう。
……ハルともうすぐお別れなのに! 照れている場合じゃないのに……!
どうしようと思っていると、突然「ミア!」と私を呼ぶ、大好きな声が聞こえ、次の瞬間後ろから抱きしめられていた。
「ハ、ハル!? ど、どうして……!?」
背中を向けて、顔が見えないように俯いていたのに……髪の毛の色だって……!
「ん? 俺を見送りに来てくれたんだろう? 早くミアが来ないかなーって待ってたんだ」
ハルの言葉に、別の意味で恥ずかしくなる。それと同時に、姿形が変わっても、一目見て私だと気付いてくれるハルの愛情に、嬉しくて心が震えてしまう。
私は身体をハルへと向き直り、ハルにぎゅっと抱きついた。
「ハル、大好き……!」
ハルへの想いが溢れて、思わず言葉になって洩れてしまう。そんな私の気持ちに応えるように、私の身体をハルは更に強く抱きしめてくれる。
「俺もミアが大好きだよ」
名残惜しかったけれど、時間もないので仕方無くハルとの抱擁を解くと、こちらをじっと見つめる目があった……八つも!
「え!? えぇ!?」
「……お前ら……」
「私達の事は気にしないで。続けて」
「ははは。ミアさんはレオンハルト殿下と甘々だね。予想通りだけど」
「殿下、いきなり消えないで下さい。陛下や騎士団長が呆気に取られてましたよ」
「ユ、ユーフェミア様……!」
まさかここにマリカとディルクさんが居るとは思わなかった。何だかすごく久しぶり! 会えるなんて思わなかったからすごく嬉しい!
一緒に居たマリウスさんは、挨拶を終わらせたハルが一瞬で居なくなって驚いたそうだ。
そしてマリアンヌは初対面の人間が突然現れて、私達を観察し始めたのでどうしようかすごく困ったらしい。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
いちゃいちゃ再び。
次のお話は
「137 ぬりかべ令嬢、ハルを見送る。2」です。
相変わらずちょい甘?かも?です。今度こそハルとお別れです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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