137 ぬりかべ令嬢、ハルを見送る。2

「私如きが話し掛けて良い方達かわからなくて……申し訳ありません!」


「こっちこそゴメンね……! マリアンヌも驚いたでしょう?」


「いえ? むしろ眼福でした……!!」


 ……えぇー? 赤い顔で興奮しながら言われるとちょっと怖い。

 

「え? マリアンヌ? 彼女が?」


 ハルが驚いたようにマリアンヌを見ている。まさか私が連れてくるとは思わなかったのだろう。


「そうだよ。彼女がマリアンヌ。私と一緒に帝国へ行ってくれることになったの」


 突然紹介されたマリアンヌが慌てて頭を垂れて膝を折ろうとすると、ハルが「顔を上げて楽にしてくれ」と制した。


「大変失礼いたしました。私はユーフェミア様専属の侍女で、マリアンヌと申します。どうぞお見知りおき下さい」


 さすがウォード侯爵家の使用人、戸惑いながらもきれいな所作で礼を取るマリアンヌ。そんなマリアンヌにハルは感心したように言った。


「そうか、よろしくなマリアンヌ。知っていると思うけど、俺はレオンハルト。帝国に来たら一度ミアと一緒に宮殿に来てくれないか。色々聞きたい事もあるし」


「光栄でございます。私で宜しければ、喜んで」


「それと、こっちは俺の側近でマリウスって言うんだ。よろしくしてやってくれ」


「マリウス・ハルツハイムと申します。よろしくお願い致します」


「は、はい。よろしくお願い致します」


 マリウスさんを紹介されて、マリアンヌが何故か動揺していたけれど、そんなマリアンヌを見てマリウスさんはにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。


「ちなみに私は鬼畜眼鏡ではありませんので、お間違えになりませんよう」


「ひえっ!? ど、どうして……!?」


 んん? 鬼畜眼鏡? 鬼畜眼鏡と言うとエリーアス様を思い出すけれど。二人は初対面じゃないのかな?


「ミア、マリアンヌを連れて来てくれてありがとな。顔合わせだけでも出来て良かったよ」


「うん……それもあるけど、マリアンヌと私を間違えないかな、なんて……ちょっといたずら心もあったんだけど……」


 結局、いたずらどころかそれ以前の問題だったみたい。ただでさえ髪の色が違うのに、後ろ姿だけでわかるなんて。


「ああ、確かに。そうしていると何だか姉妹みたいに似てるよな。でも……」


「ハルがミアを見間違うなんて有り得ない」


「あ、マリカ」


 ハルと話をしていると、マリカがひょっこり顔を出した。


「全く持ってその通りなんだけど、マリカに言われると何か複雑……」


 マリカに台詞を取られたからか、ハルが珍しく微妙な顔をしている。本当に二人は仲が良いなぁ。それに何だかよく似てるよね。


「マリカも来ているとは思わなかったよ。ハルのお見送りに来てくれたの?」


「ん、納品」


「マリカ、それじゃあわからないよ。ミアさん、僕たちは殿下から発注された物資を納品しに来ていてね。そのままミアさんと一緒に見送らせて貰おうと思って待っていたんだ」


「わざわざ待っていてくれたんですね、ありがとうございます!」


 何も伝えていなかったけれど、私がハルを見送らない訳無いものね。それにディルクさんだったら私の考えなんて手に取るようにわかるだろうし。


「歓談中失礼致します。殿下、そろそろお時間です」


 そうしている内に飛竜師団の団員さんがハル達を呼びに来た。


 ──もう出発の時間なんだ……そう思うと胸がずきんと痛む。


「ああ、ちょうど良かった。ミア、コイツがミア達を護衛する事になったモブだよ」


「モブと申します。御身は我が命をかけて必ずお守り致しますので、どうぞご安心下さい」


「他にも二人いるけど、また後日挨拶させるから」


 紹介されたのは立派な体躯で精悍な顔立ちの人だった。すごく強そう!


「私はユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します! よろしくお願い致します!」


 モブさんと挨拶を交わし、彼が持ち場へ戻るのを見送っていると、ハルにじっと見つめられているのに気が付いた。


「どうしたの?」


「ミア……このまま一緒に俺と来ないか?」


 魅力的なハルの言葉に、心臓がどきりと跳ねる。

 ハルが私を誘ってくれるけど……本当は一緒に行きたくてたまらないけど……!


「……ごめんね。今ハルと一緒に帝国に行っても、きっと王国の事が気になっちゃうから……」


 お父様やお屋敷の今後がどうなるのかまだわからないし、ランベルト商会の皆んなにもお別れの挨拶をしていないし。


「そっか。なら仕方ないな。俺、すぐミアを迎えに行けるように頑張るから」


「ありがとう! ……でも無理だけはしないでね?」


 帝国の皇太子がどれだけ忙しいのか想像も出来ないけれど、随分長い間王国に居る事になってしまったし、きっと戻ったら大変なんだろうな。身体を壊さなきゃ良いけど……。


「ミア」


 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、ハルにそっと優しくキスされた。


 ──っ!? 


「ハ、ハル……!! み、皆んなが居るのに……っ!!」


 あわあわしながら周りを見ると、マリカはジト目で、ディルクさんは何かを察した様な顔で、マリウスさんは眉間にシワを寄せていて、マリアンヌは「あれ? あれ?」と驚いている。


「大丈夫だよ。<光幕>で一瞬姿を見えないようにしてたから」


「もうっ!! すっごく驚いたんだからねっ!!」


「俺にいたずらしようとしたお返しだよ」


「うぅ……!」


 それを言われると反論出来ない……! けれど、ハルはとっても意地悪だっ!!


「ミアは隙だらけだから心配だよ。自分で思っている以上に魅力があるんだから、本当に自覚して欲しい」


「……うん」


私の返事を聞いたハルは、優しく微笑むと私の頬をするりと撫でる。

そして「皆んなを待たせてるし、もう行くな」と言った後、黒炎さんの元へ向かって騎乗すると、良く通る良い声で団員さん達に号令をかけた。

すると飛竜さん達が翼を広げ、風を巻き上げながら次々と飛び立っていく。


 その様子を見て、周りにいた人達がわあっと歓声を上げて、飛竜師団達に手を振っている。中には涙ぐんでいる人もいて、それは団員さん達が王宮の人達にとても好かれていたのがよくわかる光景だった。


 ──ああ、ハルが行ってしまう……!


 寂しくて寂しくて、泣きそうになるのを堪え、瞬きするのも忘れてハルの姿を目に焼き付ける。

 愛しさや切なさがぐるぐると胸の中で渦巻いて、胸の奥から何かが溢れ出しそうになる。

 

 そして最後に黒炎さんが大きな翼を広げ、何度かはためかせるとふわりと浮かび上がる。

 本来なら突風が起こって飛ばされそうなのに、魔法で障壁を張っているのか、ほとんど風は来なかった。

 

 そうして黒炎さんが飛び立って行き、くるりと一回旋回した時、ハルがこちらに振り向いた。


「皆んな、またな!」


 ハルはそう言って手を上げた後、青い空の彼方へと飛び去って行った。


 黒炎さんが旋回してくれたおかげで、もう一度ハルの顔を見る事が出来てとても嬉しい。

 

 私が最後に見たハルの表情は、とても優しい瞳をしていて──

 ──まるで光が散るように眩しくて、とても綺麗な笑顔だった。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。

最後の最後までいちゃいちゃな二人でした。


次のお話は

「138 ぬりかべ令嬢、お礼を言う。」です。

久しぶりのランベルト商会です。


もう少し(146話ぐらい)でやっとタイトル回収(一部)予定なので、どうぞお付き合い下さいませ。


どうぞよろしくお願いいたします。

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