135 ナゼール王国・宰相執務室にて2
娘のためなら国を敵に回しても構わないと言うテレンスの言葉に、アーベルが息を呑む。
「……っ! お前……ツェツィーリア夫人との約束だからって……」
「もうすぐリアの夢見は成就され、その願いは叶えられる──であれば、僕との誓約も履行されたと見なされるだろう。ならば、僕は遠慮なくミアを守る為に行動するよ」
最愛の妻との約束で、八年間ミアとの関わりを絶っていたテレンスは、ようやく愛娘と一緒に暮らす事が出来るようになった。
もう二度と手に入らないだろうと覚悟していた親子の絆が、ミアに許される事により、共に過ごす時間を得ることが出来たのだ。
ミアと共に過ごす時間──それはテレンスにとって、かけがえの無いものとなっている。
「だけど、せっかくミアと暮らせるようになったのに、もうすぐ帝国に行っちゃうんだよね。寂しいなぁ……僕も一緒に帝国へ行こうかな」
「なっ!? お前、そんな事──……!!」
テレンスが最後に呟いた言葉に、アーベルの顔色が蒼白になる。
「はは、冗談冗談。僕だってそこまで非情じゃないよ」
「……そういう冗談は本気でやめてくれ。お前には陛下から元老院入りの打診が来ているのだぞ」
「ええー……やっぱりかー。だからここへは来たく無かったんだよなぁ……。元老院とかどうでもいいから、早く僕を貴族から除籍してくれない?」
王国の貴族にとって元老院入りは、大変栄誉あるものとして涙を流して喜ぶ程の事なのだが、テレンスにとってそんな肩書は邪魔以外の何物でもない。
しかし、そんなテレンスの言葉をアーベルは一笑に付した。
「お前の除籍は今のところ無理だな。除籍どころか、お前の妻と義娘が起こした問題はユーフェミア嬢の婚姻を条件に不問とされる事になっている」
「はあ!? それじゃあまるで僕が娘を売って除籍から免れたみたいじゃないか!!」
「まあ、世間から見たらそうなるな」
「冗談じゃない! そんな恩赦など願い下げだね! カーティスは何処に居る? 直接奴と話すから、場所を教えてよ」
一国の王を奴呼ばわりする者など、王国ではテレンスぐらいだろう。
国王カーティスを含む三人は幼馴染で、気心が知れた仲でもあった。
小さい頃はよく三人でつるみ、イタズラをしては侍従長や侍女長に怒られていたのは良い思い出だ。
そんなやんちゃな三人ではあったが、国を想う気持ちは真剣で、国民のためにナゼール王国を良きものとするべく、お互い協力し合おうと約束を交わしたのだ。
そしてカーティスは国王となり、アーベルは国王を補佐する為宰相となった。
二人はテレンスにも国の重鎮となって欲しかったのだが、ツェツィーリアが若くして亡くなってしまい、そして彼女との約束を守るべくテレンスが領地へ戻ってしまった為、その時の約束はまだ果たされずにいる。
「教えたからと言って、お前の元老院入りが取り下げられる事は無いだろうな。そこまで元老院入りが嫌なのであれば、一つだけ回避する方法があるが……どうする?」
「……それは、まさか」
昔の約束を果たすのならば、今が最後の機会だろう、とカーティスとアーベルは考えた。
「本来そう在るべきものが元に戻るだけの事だ。それにアードラーの闇組織を殲滅させたお前だ、その実力は未だ健在だろう?」
テレンスへの元老院入りの打診はデコイだが、二人にとってはどちらでも良かったのだ──テレンスを王都に引き止める事が出来るなら。
「それに……モーゼスがお前を待っているぞ」
アーベルが言ったモーゼスとは、現ナゼール王国騎士団長の名前だ。
「モーゼスは立派に騎士団を纏め上げているじゃないか。それなのに、今更僕が戻ったら騎士団の士気が下がってしまうよ」
テレンスは自由奔放な性格で侯爵家嫡男でありながら留学生の頃、冒険者になった事があった。その後王国騎士団に所属していたのだが、魔導国の冥闇魔法騎士団から誘われ、勉強がてら一時的に冥闇魔法騎士団に所属していたのだ。
まさかそこでリアン──ツェツィーリアと出会い、結婚するとは思わなかったが。
数年程冥闇魔法騎士団で修行した後は、王国騎士団に戻る予定だったのだが、両親が不慮の事故で亡くなってしまった為、急遽領主を引き継ぐ事になったテレンスは惜しまれながら騎士団を退団したのだった。
「何を言っている。モーゼスを始めお前を慕っている者はまだまだ多い。それに冥闇魔法騎士団副団長を務めた事があるお前に逆らえる人間など、王国騎士団にいるものか」
「…………」
アーベルの言葉にテレンスは黙り込む。
テレンスだって元はと言えばこの国の為に役立ちたいと思っていた。そしてアーベルと共にカーティスを支えて行こうと騎士団に入ったのだ。それが自分の能力を最大限に活かせるだろうと思って。
だから冒険者になったのも、将来の騎士団入りを目論んでの事だったし、冥闇魔法騎士団からの誘いを受けたのも王国騎士団のレベルアップに役立てば、と思っての事だった。
黙り込んだテレンスが返事をするのを待っていたアーベルだったが、突然「あ! そうだ!!」と声を上げたテレンスに面食らう。
「な、何だ突然」
「こんな事してる場合じゃなかった! ミアを待たせているんだ! 早く行ってあげないと!!」
そう言って慌てて執務室から出て行こうとするテレンスに、アーベルは慌てて「コラ待て! 話はまだ終わっていないぞ!!」と声を掛けるが、テレンスは「じゃあね!」と言って早々に行ってしまう。
そんな様子にエリーアスは思わずポカーンとする。
「……全く。あいつは……」
呆れたように呟く父に、エリーアスは「追いかけなくてもいいのですか?」と問いかけたが、「追っても無駄だよ……」と父は溜息をついた。テレンスの逃げ足の速さをよく理解しているのだろう。
そんな父やテレンスのやり取りを見て、エリーアスはレオンハルトとマリウスを思い出す。お互い素の自分をさらけ出しても仲が良いその関係を、エリーアスはとても羨ましく思っていたのだ。
そしてエリーアスは、今まで自分は無意識にマティアスやアルベルト、カール達と距離を置いていたのではないか、と思い当たる。
──一度、ありのままの自分をさらけ出してみるのも良いかもしれないな。
エリーアスはそう考え、自分も父のように将来の国王を支える存在になろう、と思ったのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
むさ苦しいおじさんパートは終わりです。(酷)
次のお話は
「136 ぬりかべ令嬢、ハルを見送る。1」です。
バカップル再び。ちょい甘?
どうぞよろしくお願いいたします。
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