134 ナゼール王国・宰相執務室にて1
──ナゼール王国で晩餐会が開かれる前日まで時は遡る。
「……という訳でして。レオンハルト皇太子がユーフェミア嬢との婚姻を望んでおられますので、我がナゼール王国としては承諾する以外無い、と云うのが現状です」
そう言ったのは、黄色がかった茶色の髪に青い瞳をした壮年の男──ナゼール王国宰相、アーベル・ネルリンガーだ。
彼が居るこの場所は宰相の執務室で、その部屋の主が対峙しているのは金色の髪に紫の瞳をした、同い年のアーベルより幾つか若く見える細身の男、テレンス・ウォード・アールグレーンだ。
二人は旧知の仲で、お互い手紙などのやり取りはしていたものの、テレンスが領地から中々出て来なかった為、実際こうして対面するのは随分久しぶりになる。
テレンスはジュディとグリンダを見送った後、宰相であるアーベルに呼ばれ、国王陛下からの打診内容をアーベルから聞かされた。
その内容は、王国の犯罪組織やそれに関与した貴族の粛清に協力した帝国皇太子たっての希望により、ユーフェミアを帝国皇太子に嫁がせる予定だ、と云うものであった。
正式に元老院からの承認を得れば、ユーフェミアは有無を言わさず帝国へ嫁がされる事になる。
「それは、ミアを王国の為に差し出せと仰っているのでしょうか?」
アーベルから伝えられた国王の申し出に、テレンスが怒気を含んだ声でアーベルに確認をする。
「言い方が気になりますが、まあ、意味は同じですね」
昔からの馴染みのせいも有るのだろう、アーベルは普通の貴族であれば、恐怖で竦み上がりそうなテレンスの威圧に似た怒気を軽く受け流す。
「お断りします」
テレンスの言葉に、その場に居たエリーアスが息を呑む。
「ほう。先程は陛下からの申し出と云う体裁を取りましたが、これは王命と同じですよ? それでも貴公は断る、と?」
「ええ。ミアは王命なんかでは無く、自分の意志で選んだ相手と結婚させますので」
テレンスの言葉に、アーベルが片眉を上げ、訝しげにテレンスを見る。
「……王命なんか、ねぇ。……では、ユーフェミア嬢には既に意中の相手がいると仰るのですか?」
「そうです。ミアには既に心に決めた相手がいます。私はミアが愛した男にしか嫁がせるつもりはありません」
いつもにこやかな微笑みを称えているテレンスが鋭い目でアーベルを射抜く。その瞳はかつて世界有数の騎士団を率いていた歴戦の勇士さながらの迫力だった。
威圧は放っていないものの、テレンスから発せられる空気は、まるで氷の刃を喉元に当てられている──そんな錯覚をアーベルに与えていた。
しかし、今のテレンスが本気を出していない事をアーベルは知っている。本気でキレたテレンスをその目で見た事があるからだ。
半年ほど前、バルドゥル帝国からの要請を受け、『ミア』を捜索していたアーベルは、その尋ね人が帝国要人の意中の人物だろうと察していた。
そして尋ね人が既に別の人間と思い合っている可能性も考慮してはいたのだが、王国の人間であれば王命に従わない人間はいないだろう、と高をくくってしまったのだ。
まさかその尋ね人がユーフェミアで、よりにも寄って王命に従わない唯一と言っていい人物の娘だったとは……。
噂に聞くテレンスの娘への溺愛ぶりに、断られる可能性は思慮していたものの、王命と言えば渋々とは言え了承する可能性は高いだろうと思っていた。それに相手は帝国の皇太子だ。娘の嫁ぎ先としてはこれ以上の好条件は無いだろうし、普通であれば喜ばれる縁談なのだが……そんな普通などテレンスには通じないのだったな、とアーベルは思い出す。
どうやら最悪の事態を想定しておく必要がある様だと、アーベルは内心で溜息をついた。
「……その相手とは? ウォード侯爵は名前を知っているのですか?」
「ええ。バルドゥル帝国のレオンハルト殿下ですよ」
テレンスはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「……はあっ!? お前……っ!」
いつも冷静沈着と云われている宰相が珍しく驚きの声をあげる。それは彼の息子であるエリーアスにとっても初めて見る父の姿であった。
「ははは! 息子の前で素が出てるぞ! 格好良い父親はどうした!?」
「お前ワザとか! ワザと誤解させるような言い回しをしたな!!」
常に冷静で落ち着きがあり「貴石の宰相」と云われていた父が、いつもと違う口調で怒っている……そしてテレンスから聞かされた言葉に、幼い頃から憧れていた父のイメージが、実は作られたものだと云う事にエリーアスは初めて気が付いた。
しかし、遠い存在の様に感じていた父を身近に感じ、素の父を見る事が出来た事を、エリーアスは心の中で嬉しく思う。
そんなエリーアスの心中を知らないアーベルは、ネタばらししたテレンスに怒りをぶつけている。
「えー? 人のせいにするのはどうかと思うよ? アーベルが勝手に誤解したんじゃないか」
「なら、何故申し出を断る!? 相手が同じなら、そんな必要ないだろうが!」
もうアーベルは宰相としての外面を取り繕う事を放棄したようだ。相変わらずテレンスに怒鳴っている。そしてテレンスの方も、口調がすっかり砕けてしまっている。
「僕は、『ミアを王国の為に差し出す』のを断ったんだよ? 相手が同じだったとしてもそこは譲れないなぁ」
「この……っ! 屁理屈を……!! ならば、相手がレオンハルト殿下でなかったらどうしていた!? それでも王命に逆らうのか!?」
「もちろん、僕にとってこの世で一番大切なのはミアだからね。ミア以上に大切なものなんてないよ。だからミアの幸せを邪魔するのなら──たとえ相手が国だろうと容赦はしない」
テレンスの言葉に、アーベルが息を呑む。テレンスの雰囲気からして、彼が本気でそう思っていると理解したのだ。
実際、テレンスがその気になれば、標的となった国は内部ないし外部から小さくない痛手を負うだろう
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
公開したつもりが下書き状態でした!すみません!
次のお話は
「135 ナゼール王国・宰相執務室にて2」です。
引き続きむさ苦しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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