閑話 遅すぎた初恋3(エリーアス視点)
今日はレオンハルト殿下の歓迎を兼ねた舞踏会が開催される日だ。
朝から王宮内は大忙しで、私は使用人達に会場の設営準備の指示を、衛兵達とは警備箇所の人員の配置や打ち合わせ等を行いながら、慌ただしく王宮内を走り回っていた。
そうして粗方指示出しも終わり、後は任せて自分の準備に入るために、王宮内にある自分に充てがわれた部屋へ向かう途中、レオンハルト殿下とマリウス殿にばったりお会いした。
「エリーアス、お疲れ! 準備大変だっただろ? 俺達のためにありがとな!」
「殿下、口の聞き方がなっていませんよ。エリーアス殿は公爵家ご子息なんですから、もっと丁寧な言葉遣いで接して下さらないと。帝国が恥をかくじゃないですか」
まるで仲の良い友人のように声を掛けてくれたレオンハルト殿下をマリウス殿が諌めるが、その様子はとても楽しそうで、そんな関係の二人がとても羨ましいと思う。
昨日の父とテレンス卿も、公務と私用の時では態度と口調を使い分けていたし。これからは自分もそうするべきかもしれない。
「マリウスは煩いなぁ。エリーアス相手なんだし、今は公式の場じゃないんだからいいじゃんか」
「普段からそうしていると、予想外の事が起こった時にボロが出るんですよ。裁判の時の失態をお忘れで?」
「……っ! あれは……!」
二人の会話を聞いてああ、と思いだす。マリウス殿が言う裁判の時の失態とは、グリンダ嬢に告白された時の事だろう。
「確かにアレは俺が悪かったから、ちゃんと反省もしたし、ビッ……グレンダ嬢にも謝罪しただろう!」
「グリンダ嬢ですよ……いい加減覚えたらどうです。ホント、興味のない事には脳を使わないんですから」
「うるせー!」
公衆の面前で、しかも裁判を行っていた場面で告白するグリンダ嬢も大概であったので、驚きのあまり地が出てしまい、彼女に辛辣な言葉を投げつけてしまった殿下を責めるものは一部を除いてほぼいないのだが……。それでも殿下は年頃の少女に対する言葉では無かったと反省し、グリンダ嬢に謝罪したという。
超大国の皇太子が小国の侯爵令嬢──しかも罪人になる可能性のある少女に、権力を持っている者が謝罪するなど、普通であれば考えられない事だ。
だが、レオンハルト殿下は権力を笠に着る事無く、自分の否は素直に認める正直さと誠実な性格で王宮の人々に受け入れられ、貴族だけに留まらず侍女や衛兵、挙げ句の果てには料理人にまで人気がある。
人を次々と魅了するカリスマを持った超大国の皇太子が、王国の様な小国をここまで気にかけてくれるのは……ユーフェミア嬢のおかげなのだろう。
しかし、そこまでレオンハルト殿下に愛されているユーフェミア嬢は逆に捉えるとレオンハルト殿下の最大の弱点となる存在だ。
だからレオンハルト殿下の想い人がユーフェミア嬢だと言う事は、王国では上層部にしか知らされていない最重要機密だ。
「あ、そうだ! 舞踏会の間、東の庭園を借りたいんだけどいいかな?」
殿下の言葉にはっとして、話し掛けられていたことに気付く。
「東の……? はい、それは構いませんが」
「いいのか!? やりー! いつもありがとな!」
「無理を言って申し訳ありません。中庭の警備はこちらで手配しますので、王国の方のお手を煩わせる事はありませんから」
レオンハルト殿下にお礼を言われた後、マリウス殿に謝られてしまった。
「いえ、それは全く構わないのですが……」
しかし、東の庭園で一体何を……? と思っていると、殿下が小さい声でこそっと教えてくれた。
「ミアとダンスの約束をしていてさ。でも会場で踊るわけにも行かないから、庭園を借りようと思って」
殿下がユーフェミア嬢と──そう思った瞬間、胸に鈍い痛みが走る。
「……そうでしたか。今あの庭園は見頃ですし、とても良い案だと思いますよ」
胸の痛みを堪え、何とか言葉を紡ぎ出し、笑いの形に表情を動かす。
「そっか! なら良かったよ。じゃあ、また後でな!」
「では、失礼します」
レオンハルト殿下とマリウス殿はそれぞれ挨拶すると一緒に去っていった。
その後ろ姿をぼんやりと見送りながら、自分の準備をする為に部屋へと向かう。
殿下とユーフェミア嬢は庭園で踊るのか……その光景を見ずに済んで良かったかも知れないな──……と思ったところで気が付いた。
──どうして私は二人が踊る姿を見たくないのだろう……?
二人が寄り添う姿を想像してみると、先程と同じ痛みが胸を襲って……一瞬頭に浮かんだ考えに、まさかと思い頭を振り、その考えを追い出そうとしたけれど。
──しかしこの後、そんな抵抗は無駄なのだと、会場に現れたユーフェミア嬢を見た瞬間、私は思い知らされる事になる。
* * * * * *
準備を終えた私は、他の側近達と共に王族達が現れるまで会場内で待機していたのだが、何か異変があったのか、会場の雰囲気がおかしいのに気付く。
そして会場入口からざわめきが聞こえたかと思うと、そのざわめきを追うように今度は静寂が広がっていく。
更に入口付近にいた人々がジリジリと後退ると、自然に道が出来上がり、その先に光り輝くものが見えた。
──そして会場内の空気が変わっていく。
大勢の参加者でどこか淀んでいた空気が清浄され、神殿の中にいるような、静謐な空間に書き換えられていく。
その原因であろう光り輝いて見えたもの……それは先日会ったばかりの令嬢、ユーフェミア・ウォード・アールグレーンだった。
だが、隣りでエスコートしているウォード侯爵がいなければ、誰もその少女がユーフェミア嬢だと気付かなかっただろう。
──それほど、彼女の姿は別人だったのだ。
ユーフェミア嬢を見た貴族達は瞬きするのも忘れ、目を見張り驚いている。誰もがその姿を目に焼き付けようと躍起になっているかの様だ。
いつものような、白粉を塗り固めた化粧とは違う、生まれ持った美しさを最大限に引き出すために施された最小限の化粧はとても自然なのに、ここに居る全ての人間は魅了されたかの如く、うっとりと彼女を見つめている。
その美しさはユーフェミア嬢を女神の化身かと思わせるには十分過ぎる程で。
あの厚い化粧の下にここまで美しい顔が隠されていたとは、誰も夢にも思わなかっただろう。まるであの化粧が、ユーフェミア嬢をこの汚れた俗世から守っていたのかと、そう錯覚させられる。
──いや、実際守っていたのだろう。でなければ、彼女はとうの昔に狙われて、ありとあらゆる陰謀に巻き込まれていたと思う。
そんな彼女がその殻を破ったのはきっと、レオンハルト殿下との再会が叶ったからだろう。
それと同時に、彼女をずっと苦しめていた柵が無くなり、憂いから解放された彼女は、レオンハルト殿下と共に、これからもっと光り輝く存在になる──……。
そんな事を想像し、胸を襲う痛みに心が張り裂けそうになって……そうして私はようやく自覚する。この胸に燻り続けた感情が何であったかを。
──私は初めて言葉を交わしたあの日から、ずっと彼女に恋をしていたのだ。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
次のお話は
「134 ナゼール王国・宰相執務室にて1」です。
時系列的にちょっと戻ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
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