04 ハルとの出会い4
ハルとマリウスさんが主従関係だとすると、マリウスさんも商会関係の人なのかな? ハンスさんと顔見知りの様だったし。
そこで私はハッと気がついた。
──もしかしてライバル店同士!?
だとするとが合点が行く。ハルたちはライバル店に無茶なお願いをしようとしている……? 私のせいで……? どうしよう、ハルが弱みを握られちゃう……!
ハルたちに迷惑をかけてしまうのは絶対に嫌だったので、自分からこの話は断ろうと口を開きかけたら、今まで黙っていたハルがぽんっと私の肩を叩いた。
「ねぇ、ミア。何か変なことを考えてない?」
「……え? ハルが弱みを握られたらハルのお店が……あ!」
「「「……………………」」」
ハルに聞かれたので、つい考えていた事をポロっとそのまま言ってしまった。三人とも真顔で無言になってる……!
──どうしよう! きっと不快に思ったんだ!!
「あ、あの……す、すみません……! 私、大変失礼なことを……」
私の顔色は青を通り越して白くなっているかもしれない。身体もプルプルと震えてきた。ああ、このまま倒れてしまいたい……。
ハンスさんの反応が怖くて俯いたままの私の頭上から、ハルが吹き出した声がした。
「……ぶはっ! わはははは! あーたまんねー! ミアって面白いなー!」
ハルがお腹を抱えてヒーヒーと笑っている。
その反応に驚いて顔を上げると、マリウスさんとハンスさんも肩を震わせて笑いを堪えている。
「……え? え?」
どうしてみんなが笑っているのかわからない私に、マリウスさんが教えてくれた。
「……くっ、大丈夫だよミアさん。俺たちは商いを生業としている訳じゃないから。まあ、会頭と親たちは何かしら取引はしてるけどね」
「そうそう、だから変な心配はしないで良いよ。それに──これは俺の取引として扱うから」
ハルが背筋を伸ばし、ハンスさんに真面目な顔を向ける。その表情はキリッとしていて何だか別人のよう。
「ランベルト商会会頭、ハンス・ランベルト。俺は『ミル・フルール』を所望する。速やかに献上せよ。その代償として俺がランベルト商会の後ろ盾となる事を約束しよう」
ハルの宣言にも似た言葉に、ハンスさんが驚きも露わに身を乗り出す。
「本当ですか!? それは我々にとって願ってもない事ですが……! ……いや、しかし……それでは代償が釣り合わないのでは無いでしょうか?」
「それは構わない。何よりミアがこの店を気に入ったそうだからな。それに、これからお前には存分に俺の役に立って貰うつもりだ」
「畏まりました。このランベルト商会会頭、ハンス・ランベルト。喜んで貴方様のお役に立って見せましょう」
ハルとハンスさんの会話について行けなくてポカーンとする。
──何だかすごい会話を聞いてしまった様な……。
「君、例の物を」
ハンスさんが控えていた使用人さんに指示を飛ばす。
使用人さんは「はい」と言うとお辞儀をして部屋から出て行ってしまった。
「今お持ちしますので、しばらくお待ちいただけますか?」
「……ふん。やはり予備を持っていたか」
お互い含みがある笑みを浮かべているけど目が笑っていない。
「……ねぇ、ハル。一体どう言うことなの?」
さっきから行われている駆け引きの意味を教えてもらおうと、ハルの服の裾をくいくいと引っ張った。
「ふふっ、大丈夫だって。ミアは何も心配しなくて良いから、とりあえず俺に任せてくれる?」
「で、でも……。後ろ盾がどうとかって──」
──結局ハルに迷惑をかけるんじゃ、と言いかけた時、ノックの音がして先ほど出て行った使用人さんが箱の様なものを抱えて帰って来た。
「ああ、ご苦労」
ハンスさんが使用人さんに箱を置く様に目配せすると、使用人さんは持っていたものをそっと机に置いた。
「……わあ……!」
机の上に置かれたのは、繊細な花のガーランド模様の生地でカルトナージュされた箱だった。
「さあ、お嬢さん。どうぞ箱を開けて、中を確認して見てください」
ハンスさんに促され、恐る恐る箱の蓋を開けてみると、落ち着いた色合いのベルベット生地のクッションに包まれた、繊細に彫金された飾りとガラスで出来た香水瓶が入っていた。
「……すごい……綺麗……!」
あまりの美しさに感嘆の溜息が漏れる。
そんな私の反応に満足そうに頷いたハンスさんが「ミル・フルール」の説明をしてくれた。
「この香水瓶はクリスタルガラス製でしてな、クリスタルタイユで形を作ったものなのです。その香水瓶に付いている飾りは銀板に彫金したもので、レースのようにカットした透かしを着け、淡い金色の金鍍金を施してあるのです」
知らない単語が沢山並んでいる説明に、半分も理解出来ないけれど、何となく凄い物だと言う事がわかる。
「この彫金飾りをクリスタルガラスの瓶へぴったりと添わせております。栓も銀製の花と植物の彫金仕上げで、同じく銀のチェーン付きです。彫金飾りは表裏だけでなく、側面も全て香水瓶に取り巻いております。我が帝国随一の金銀細工工房の宝飾彫金師による作りでしてな。その工房では一つ一つ注文を受けて作っているのですよ」
……やっぱり良くわからないけれど、瓶だけで相当な価値があるみたい。
「そして中に封入されている香水ですが、『ミル・フルール』──これは千花模様、万華模様と言う意味で、まあ簡単に言うと<千の花>ですな。その名前の通り、多種多様な花のエッセンスをふんだんに使用しておるのです。植物香料は百合、ヘンナやサフラン、マルメロに檸檬、葡萄の花などから取れるものですが、その中からさらに厳選された素材を我が商会自慢の調香師がブレンドし──」
──どうしよう、ハンスさんのうんちく話が止まらない。
「会頭、説明が長すぎる」
困っている私を見かねたのか、ハルがハンスさんの暴走を止めてくれた。
「……! これは失礼いたしました。語り出すとつい止められませんで」
ハンスさんが申し訳なさそうに、私の顔色を伺う様に言って来た。
「……それで、如何でしょう? こちらの商品でお間違い無いですかな?」
「は、はい! とても素晴らしいものを見せていただきありがとうございました。確かに私は『ミル・フルール』を買ってくる様に言われていますけど……」
言い淀む私にハンスさんが怪訝な顔を向ける。
「何か疑問に思う事がおありでしたら、どうぞ遠慮なく仰ってくださって結構ですよ?」
ハンスさんの言葉を聞いて、隣にいるハルを見ると、にっこり笑って頷いてくれたので、思い切って言ってみる事にした。
「あの、こちらは本当に私が欲しい『ミル・フルール』なのでしょうか……?」
「……と言いますと?」
私の疑問にハンスさんの眉がピクリと動いた。思わず竦みそうになるけど、何とか言葉を続ける。
「はい、実物を見せていただき、お話を聞かせていただいて思ったのですが、私が頼まれたものよりもっと高価な物の様に感じられるのです……。正直、預かって来た金額で買える様なものとは思えません」
私が預かった金額は五万ギール。普通の香水が大体五千から一万ギールだから、それでも高めの金額なのだろう。
──でも、どう見ても瓶だけで二十万ギール以上……もしかすると五十万ギールはするかもしれない。桁が違ってしまう。
「ほうほう、なるほどなるほど。お嬢さんは物の価値をよくわかっていらっしゃる様だ」
ハンスさんが感心した様に頷きながら、椅子に深く腰掛ける。
「確かにこちらは店で売っている『ミル・フルール』とは違いましてな。ま、違うと言っても瓶だけで中の香水は同じものです。お嬢さんにお見せしたこちらは、さる方へ献上する為に作った試作品ですな。しかし試作品とは言っても献上品と何ら遜色はありません」
「試作品……」
確かに、売りに出せば欲しいと思う貴族は沢山いるだろうな、と思う。
「今、こちらの手持ちはその試作品しか無いのです。一般販売の方は帝国からの取り寄せになりまして、今すぐという訳には行かないのです。よければそちらの品でご納得いただきたいのですが」
試作品でも中身が同じなら問題ないはず。手に入るのなら、お義母様も文句は言わないと思うけれど……。
そもそも一体いくらするのだろう……? とてもお金が足りるとは思えない。
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