232 ぬりかべ令嬢、突き止める。


 ──大公が所有する商団の長が呪薬と無関係だとわかった後。


 私たちは、セラーの魔道具に興味があるマリカと一緒に、もう一度大公のセラーを見せてもらうことにした。


 大公から許可をもらい、セラーの扉を開けた私は中の様子を見て驚愕する。


「──っ?! え……っ!? どうして……っ?!」


 昨日の夜、確かに浄化したはずなのに、セラーの中は再び瘴気で溢れていたのだ。


 私と同じように、瘴気が見えているマリアンヌとマリカも驚いている。


「……どうしよう……。もう一度浄化しても大丈夫だよね……?」


「ん。どっちみち良くないモノだし」


「そ、そうですっ!! ぱぱっとヤっちまってください!!」


「え? え? 何ですの? 何が起こってますの?!」


 瘴気が見えないミーナにとって、何が起こっているのか全くわからないだろうな、と思う。けれど、今はゆっくり説明している場合じゃない。


「ミーナ、ごめんね。後で説明するね」


「わ、わかりましたわっ!!」


 とりあえず、私は聖火を出してセラー内を浄化することにした。昨日とは違い、念入りに浄化するつもりで魔力を放出する。


「うわぁああ……っ! き、奇跡ですわ……っ!! 女神様の降臨ですわ……っ!!」


 私の魔力が青白い炎となってセラー中を浄化していく。

 神々しい光を放つ炎は見た目と違って全く熱くない。だけど、穢れたモノにとっては超高温の炎らしい。……原理はよくわからないけれど。


「何度見ても心が洗われるようです……!」


「ん。キレイ」


 目に視える瘴気がなくなり、すっかりセラーの中は綺麗になった。


 何か見落としはないかと、セラーの中を見渡してみるけれど、これと言って怪しいモノは見当たらない。


「これで大丈夫かな? 瘴気を出しているモノは無さそうだけど……」


 昨日も浄化した後、セラーの中は綺麗だったと思う。

 それなのに再び瘴気に溢れていたということは、汚染されたお酒がセラーにあった訳ではなく、別の要因で汚染されたということになる。


「はい! もしかして、誰かがセラーに侵入して、瘴気を撒いたんじゃないですか?」


 マリアンヌが手を挙げて自分の意見を言った。

 この状況では、確かにマリアンヌの推理が答えに近いのかもしれない。


「えっと……。今は一体どういう状況ですの? 誰かが瘴気を撒いた可能性がありますの?」


「あ、まだミーナに説明していなかったや。ごめんね、実は──……」


 私はミーナに昨日からの一連の流れを説明した。

 説明を聞いたミーナは「まぁ……! なんて恐ろしい……!」と驚いている。


「わたくしもセラーの管理のことは詳しくありませんけれど、セラーに入ることが出来る人間はお父様以外では執事長しかいませんわ」


「え、執事長さん……? 他に誰かお掃除する人はいないの?」


 執事長は財務に家事、使用人の人事などを任されている、家門の業務を執行する最高責任者なのだ。能力はもちろん、人格や忠誠心も優れていないと執事長にはなれない。


 もしマリアンヌの推理が正しければ、執事長さんが犯人になってしまう。


「セラーの管理は執事長に一任されていますの。在庫整理や掃除も執事長が行なっているはずですわ」


「そっか……」


 私は正直、犯人が違う人だったら良いな、と思っていた。

 商団長さんもそうだけど、大公やミーナが信頼している人たちが犯人だったらと思うと、とても辛いからだ。


 このことを大公に相談しなければいけないのかと思うと、気分が落ち込んでしまいそうだ。

 私は気分を変えるためにも、ここへ来た本来の目的を果たすことにする。


「ねえ、ミーナ。セラーの魔道具を見ても良い?」


「見たい」


「ええ、もちろんですわ! 魔道具はこちらですわ」


 ミーナがセラーの奥にある、気温や湿度を制御する魔道具へと案内してくれた。


 お酒が並んでいる棚の奥にあるので、言われないと気付かないところだった。


「この中にありますの」


 ミーナが示したのは、壁に備え付けられた箱のような物だった。

 箱の扉を開くと、中にはいくつもの魔石が並んでいて、その魔石を繋ぐように複雑な魔法陣や術式が描かれていた。


「うわぁ……! 何だかすごいですねぇ。まるで『制御盤』みたいです!」


 異世界にも似たようなものがあるのか、マリアンヌも魔道具に興味津々だ。

 マリカも魔道具に描かれている術式をじーっと眺めている。


「すごく複雑な魔道具だね。これは誰が作っているの?」


 マリカが興味を持つぐらいだから、優秀な魔道具師が作ったものかもしれない。


「この魔道具は確か……マイスナー商会が納品した物ですわ。クリンスマン侯爵家が営んでいる商会ですの。ぜひ使ってみて欲しいと、当主自ら売り込みに来ましたわ」


「当主自ら? 随分商売熱心なんだね」


「何でも我が家が使っている、というだけで宣伝効果があるらしいんですの。ほとんど無料みたいな金額で設置していきましたわ」


「へぇ……! でも確かに大公家が愛用している、なんて噂が広まれば、すぐ元は取れるでしょうしね! 商売人ですねぇ!」


 マリアンヌもクリンスマン侯爵の販売戦略に感心している。

 ほぼ無料でこんな高価そうな魔道具を提供したのも、それだけ大公家が及ぼす影響が計り知れないということなのだろう。


 私たちが話している間、マリカはずっと黙って術式を眺めていた。

 マリカは魔道具作りの天才だし、すごく難しいこの術式を解読しているのかも。


「……ミア」


「ん? なあに?」


 集中しているマリカの邪魔をしないように、見守っていた私にマリカが声をかけて来た。

 私がマリカの方を向くと、心なしかマリカの顔色が悪いことに気付く。


「あれ? マリカどうしたの? 顔が真っ青だよ!」


 尋常でないマリカの様子に慌てた私の声を聞いて、セラーを見学していたミーナとマリアンヌも駆けつけて来た。


「な、何かあったんですか?!」


「マリカ様、大丈夫ですの? 部屋に戻って休んでくださいまし!」


 心配する私たちに向かって、マリカは大丈夫だと首を振ると、魔道具に描かれている術式を指差した。


「……この術式、呪術が混ざっている」


「「「えっ?!」」」


 マリカの言葉に全員が同時に驚いた。


「そんなことが可能なの?」


「えぇ〜〜……。こんなの、素人じゃ絶対にわかりませんて」


「わたくしも全く気付きませんでしたわ……!」


 魔道具の術式に呪術を隠すなんて、専門家じゃなければ全く気付かないと思う。

 魔道具に精通しているマリカだからこそ、気が付いてくれたのだ。





 * * * * * *





 私たちはセラーの魔道具が、大公家を汚染していた原因であることを突き止めた。


 ──大公を汚染していたのは呪薬ではなく、呪術だったのだ。


 お茶に入っていた呪薬は、大公以外の人間を利用するために仕込まれたもの、というのがみんなの考えだ。


 今は敢えて魔道具をそのままにしている。大公にも確認してもらおうと思ったのだ。


「──まさか、セラーの魔道具が……っ?!」


「なんと……っ!?」


 これまでに判明したことを大公に告げると、大公も予想外だったらしく、ひどく驚いていた。

 大公の後ろで控えていた執事長さんも同じように驚愕している。


 私は一瞬とはいえ、彼を疑ってしまった罪悪感に、心の中で謝っておく。


「マリカが術式の中に隠されていた呪術を見付けてくれたんです」


「おお……! さすが宮廷魔道具師!! 有り難うございますマリカ様!」


 大公はキラキラした瞳でマリカにお礼を言った。ある意味命の恩人だと思う。


「いえ、ミアたちがセラーの汚染に気付いてくれたおかげです。お礼は彼女たちに」


「もちろんだよ!! ミア嬢にマリアンヌ嬢、本当に有り難う!! 君たちのおかげで法国の陰に怯えながら生きずに済むよ!! ミーナも彼女たちの補佐をしてくれて有り難う!」


 原因さえわかればあとは簡単だ。

 大公も長年の胸の支えが取れたらしく、晴れやかな顔をしている。


「では、あの魔道具をどうされますか? クリンスマン侯爵についてもです」


 セラーの魔道具を設置したのはクリンスマン侯爵が運営する商会だ。それに彼自身が売り込みに来たのだから、全くの無関係だという責任逃れは出来ないと思う。


「……ふふ、クリンスマン侯爵、か……。どう料理してやろうかねぇ……っ」


 私たちの前ではいつも温厚だった大公から、ドス黒いオーラが立ち昇っている……ような幻影を見る。それは呪薬の汚染とは違う、純粋な怒りなのだろう。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「233 ぬりかべ令嬢、ライバルの存在を知る。」です。

ミアに強力なライバルの影!あの人ですよあの人!…みたいな。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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