233 ぬりかべ令嬢、ライバルの存在を知る。
大公の身体を蝕んでいた汚染の原因は、セラーに設置されている魔道具だということがわかった。
問題の魔道具を取り扱っていたのが、クリンスマン侯爵という人が運営するマイスナー商会だ。
マイスナー商会は、帝国では数少ない法国と取引をしている商会らしい。
「法国と取引があるとか、完全に黒ですよね!」
「帝国の貴族が法国の悪事に手を貸すだなんて! 許せませんわ! 家門取り潰しですわ! それにあの家門の令嬢はものすごく傲慢ですのよ!! いつもわたくしをライバル視してくるんですの!!」
マリアンヌとミーナが憤慨している。ミーナの方は別の恨みもあるようだけれど。
でも確かに、魔道具の術式に呪術を隠すなんてすごく悪質だし、大公を貶めようとする悪意を強く感じる。
それに汚染に気付かないままだったら大公は命を落としていたかもしれない。そういう意味ではれっきとした殺人未遂なのだから、彼女たちの怒りも納得だ。
「あの、クリンスマン侯爵とはどんな人物なのですか?」
私は帝国の貴族を全く知らないし、この機会にクリンスマン侯爵家や他の家門のことを大公に教えてもらおうと思う。
「そうだねぇ。クリンスマン侯爵を一言で表すなら『強欲』かな。彼自身の評判は良くないけど、運営している商団は評価が高いんだよ」
大公曰く、クリンスマン侯爵は何でも欲しがる性格なのだそうだ。その欲は止まるところを知らず、地位や名誉などの出世欲はもちろん、物欲や食欲など、多岐にわたるという。
さらにクリンスマン侯爵は自分の今の爵位に満足できず、陞爵を狙っているらしい。
「え、でも陞爵なんて、簡単にできるものじゃないですよね?」
「普通ならそうだろうね。戦争で功績を上げたとか、帝国の繁栄に貢献したとかなら、陞爵の可能性もあるけれど、それは下位貴族の場合だしね。侯爵が公爵になるためには、相応の領土が必要なんだけど、それは実質不可能なんだ」
陞爵しようと思えば、自分で領土を拡大して皇帝に認めてもらう必要がある。
財政が苦しい貴族から領土を買うにしてもものすごい金額になるだろうし、そもそも領地を売りに出す貴族は滅多にいない。それに他の貴族だって黙っていないと思う。
だから大公はクリンスマン侯爵が陞爵できる可能性はない、と言ったのだろう。
「だけど、一つだけ可能性があるとしたら──それは皇族との婚姻だろうね」
「婚姻──っ、あ! もしかして……?!」
私はさっき怒っていたミーナの言葉を思い出す。
『──いつもわたくしをライバル視してくるんですの!!』
「……なるほど。クリンスマン侯爵令嬢は、ハルとの婚姻を望んでいるのですね?」
クリンスマン侯爵家の家族構成を知らなくても、ミーナの言葉である程度の予想はできる。
「そうですわっ!! 身の程知らずにもトルデリーゼ嬢はずっとお兄様を狙っておりますの!! だからいつもわたくしに突っかかって来ていましたわ!! まあ、毎回返り討ちにしてやりましたけれど!!」
ミーナがこれほど怒っているぐらいだから、かなりの頻度で絡まれていたのだろうな、と思う。
「うわぁ……! もしかして真の悪役令嬢?! ざまぁ待ったなし?!」
何故かマリアンヌがワクワクしている。
「それにしても、ミーナに突っかかるって、すごく気が強い令嬢なんだね」
「一人で来るならまだしも、取り巻きを連れて来ますのよ!! 自分が偉くなったと勘違いしているのですわ!! その令嬢たちも家門の関係で仕方なく付き合っているって思ってもいないのですわ!!」
「そうだねぇ。あんな当主でも由緒正しい血筋だからね。昔から仕えている家臣たちも先代の恩義に報いているだけでね。当主と令嬢に人望は皆無みたいだね」
話を聞けば聞くほど、クリンスマン侯爵家は碌でもなかった。
「……じゃあ、もしかしてクリンスマン侯爵が魔道具の話を持って来たのも、息女の婚姻を有利にするために、ですか?」
クリンスマン侯爵家当主や令嬢にとって、大公家は目の上のたんこぶだったのだ。だから法国と組んで大公家の弱体化を狙ったのだろう。今回の魔道具の一件は、そんな計画の一部だったのかもしれない。
「そうかもしれないね。君の存在がなければ、彼女にもまだ皇后になれる可能性は万分の一でもあっただろうからね」
大公が言うように、私がいなければクリンスマン侯爵の計画は成功していたかもしれない。それでも、ハルがその令嬢を選ぶことは絶対にないと思うけれど。
「あの、ミーナ様をライバル視するなんて余程の自信がないとできないと思うんですけど。そんなにクリンスマン侯爵はお美しいのですか?」
ずっと疑問に思っていたらしいマリアンヌが質問する。確かにミーナはすっごい美少女だと思う。私が見た令嬢の中では一番だと思うほどに。
ちなみにマリカとマリアンヌは別枠だ。それぞれ美しさの方向が違うので、私にとって三人とも一番なのだ。
「……まぁ、そこそこ、ですわ。私ほどではありませんけれど、一応美しい部類ですわ」
ミーナが渋々ながら、クリンスマン侯爵令嬢を評価する。本当は褒めたくないだろうけれど、それでも公正な評価をするあたり、彼女がとても良い子だとわかる。
「ははは。ミーナも認めたくないだろうけど、この帝国の社交界には評判の令嬢が三人いてね。ミーナとクリンスマン侯爵令嬢もそのうちの一人さ。ちなみに、それぞれに二つ名が付いているんだよ」
「も、もう! お父様!!」
ミーナがすごく恥ずかしがっている。もしかして「妖精姫」と呼ばれるのは嫌なのかな?
「私は『妖精姫』ってすごく可愛いと思うけど。ミーナにピッタリだし!」
「え……? そ、そうですの……? ミ、ミアがそう言うなら……」
私の賞賛を聞いたミーナは恥ずかしそうにしながらも、『妖精姫』呼びに納得してくれた。実際ミーナをそう例えた人は良いセンスをしていると思う。
「他は何て言う二つ名なの?」
「レンバー公爵家の令嬢が『青薔薇姫』、そしてクリンスマン侯爵令嬢が『宝石姫』ですわ」
「へぇ……。他の令嬢にも会ってみたいなぁ」
「私も見てみたいです!」
「ん。同じく」
他の令嬢もミーナみたいにぴったりの二つ名なんだろうな、と思うと本人を見てみたくなる。マリアンヌとマリカも興味があるらしく、見てみたいと言う。
ずっと帝国に居続けるのなら、いつか会うこともあるかもしれないけれど。
「ミアがお兄様と婚姻を結ばれるのなら、嫌でもお会いしますわよ」
「あ、そっか。でも……『青薔薇姫』もハルを狙っているのかな?」
ハルはこの巨大な帝国の皇太子で、しかも目を見張るほど綺麗な顔をしているから、令嬢たちにとても人気があると思う。
実際、ミーナもハルはとてつもなくモテるって言っていた。
中にはハルの美貌に遠慮している人もいるようだけれど、二つ名があるぐらい綺麗な令嬢なら、クリンスマン侯爵令嬢のように、自分こそハルに相応しいと思っているかもしれない。
私はそんなすごい人と戦わなくちゃいけないのかな……。
顔は生まれながらのものだから、どうしようもないとして、家柄ですでに負けちゃっている。そもそも国力が全然違うし。
そんな強敵に勝てる要素なんて、どれだけ私がハルを好きかぐらいで──……。
「ミア、また変なことを考えてる」
「わっ!?」
頭の中で色んな考えがぐるぐる回っていた私に、マリカが軽くデコピンした。
「あ、ごめんねマリカ。つい色々想像しちゃって……」
「心配無用。ミアが最強」
「そうですよ! 誰もお二人の間には入れませんって! 殿下にあんな甘い顔をさせるのはミア様だけです!!」
「え、ちょっとそこのところ詳しくお聞きしてもよろしくて?」
私の表情で何を心配していたのか、みんなにはバレバレだったらしい。
ちなみにミーナはマリアンヌと話をしていて、二人できゃーきゃーと楽しそうにしている。……ハルに怒られなきゃいいけれど。
「……ふぅ。素晴らしいお話でしたわ……っ。あ、そうそう、ミアはレンバー公爵令嬢を気にしていらっしゃいますけど、そう言う意味では彼女は大丈夫ですわ」
「え? そうなんだ……。良かった……」
私はミーナからレンバー公爵令嬢はライバルにならない、と聞いて安心した。彼女はハルをとても尊重しているけれど、恋愛感情を持っている訳ではないらしい。
「…………でも、ある意味厄介な相手であることは変わりませんけれど」
「え? 何か言った?」
何かミーナが呟いていたけれど、その声は小さくて私の耳には届かなかった。
「あ、いえっ! 何でもありませんわ! とにかく、ミアはライバルなんて気にせず、そのままでいれば良いんですわ!!」
「……うん、そうだね。ミーナ有難う!」
ミーナの言う通り、私は私で今まで通りハルを信じれば良いのだ。
ハルはいつも約束を守ってくれていた。
──だからきっと、今回も目を覚まして私を迎えに来てくれるはずなのだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
随分と間が空いてしまってすみません!
ミアにレンバー公爵令嬢の影が忍び寄る?!
ちなみに彼女は書籍1巻の電子書籍版特典SSに登場するあの人です。(宣伝)
ある意味、ミアが乗り越えないといけない壁……令嬢でもあります。
次回のお話は
「234 ぬりかべ令嬢、〇〇する。」です。
ネタバレ防止のため伏せときます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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