234 ぬりかべ令嬢、復活する。


 私は大公から、令嬢たちの家門について説明を受けていた。


「我がイメドエフ家門が皇家の分家なのは知っていると思うけど、レンバー家は帝国の建国に貢献した家門でね。天帝から爵位を与えられた最古の家門の一つなんだ」


 レンバー公爵家の皇家への忠誠心は強く、皇帝派の筆頭家門なのだという。


「そしてクリンスマン侯爵家は、レンバー公爵家ほど古い家門ではないけれど、それでも帝国の中枢を担う貴族院に名を連ねる大貴族なんだよ」


 帝国にもナゼール王国の元老院と同じような諮問機関があるらしい。

 貴族院や元老院は国が行う政策や法律の立案にも関わる組織で、クリンスマン侯爵家がそんな貴族院の一員なのであれば、社交界の影響力はかなり強いと思う。


「あの、クリンスマン侯爵家もレンバー公爵家と同じように皇帝派なんですか?」


「……いや、あの家門は貴族派だよ。ちなみに以前の私は貴族派筆頭でね。レンバー公爵家とはライバルみたいな感じだったかな。ははは」


 大公がクリンスマン侯爵家が運営する商団から、セラーの魔道具を購入した理由は同じ貴族派だったからだ。

 確かに、貴族同士の付き合いって大切だものね。


「まあ、派閥が同じでも、こうして裏で人を貶めようとする人間もいるんだ。これからは思想や派閥関係なく、人を見る目を養わないといけないね」


 大公は今回のことで、色々考えることがあったらしい。


「とにかく、あの魔道具を使うのはやめるとして……。ねぇマリカ、魔道具の魔石を外せば安全なのかな?」


「ん。動力源を断つのが一番良い」


 魔石さえ外してしまえば、これ以上瘴気で汚染されることはない、とマリカが言ってくれた。やっぱり魔道具のことは専門家であるマリカに聞くのが一番だ。


「瘴気はともかく、あのセラーは結構気に入っていたからねぇ。もう使えないのが残念だよ」


 問題の魔道具は温度と室温を管理し、まるで地下の石蔵のような環境を作っていたのだそうだ。そんな魔道具を取り外せば、今のセラーだと気温が高くなりすぎてワインを置いて置けなくなってしまう、と大公が嘆いている。


 瘴気を発生させている媒体が魔石なら、私が浄化すれば済むのだけれど、今回は呪いの術式が原因だから、浄化云々の話ではない。


 出来れば大公の希望を叶えてあげられたらいいのに……と私が思っていると、マリカが手を挙げていることに気づく。


「私が術式を書き換える」


「えっ!? そんなことができるの?」


「ん。面白そう」


 巧妙に隠された呪いの術式を見破ったマリカなら、難解な書き換えも出来てしまうんだろう。さすが筆頭宮廷魔道具師だ!


 それに、何となくマリカがワクワクしているように見えるから、魔道具を改造することが出来て嬉しい、という理由もあるかもしれない。


「マリカすごい!」


「おお……! マリカ様が改修してくださるなら安心です! 有り難うございます!」


 大公はマリカに深々と頭を下げた。心から感謝しているのが伝わってくる。

 実際、このタイミングでマリカが来てくれたことはとても幸運だと思う。


 魔道具の問題が解決したところで、話はクリンスマン侯爵家への対応をどうするか、というところに戻る。


「……この件を陛下たちに相談されるのですか?」


 この件はただの貴族間の権力争いでは済まないと思う。法国が絡んでるし。

 下手をすると貴族たちを巻き込んだ国家レベルの問題にまで発展する恐れがあるのだ。


「そうだねぇ。他の貴族家でも同じ魔道具が使われている可能性があるから、報告する必要はあるだろうね」


 大公も私と同じ意見のようで、他の貴族が被害に遭っていないか心配しているようだ。


「まずは陛下に報告した後、貴族院に報告かな。その時の会議でこの問題を議題として提出するつもりだよ」


 侯爵家の所業を周囲に知らしめるためにも、有力な貴族たちが集う貴族院での問題隆起はするべきだろう、けれど……。


「でも、きっとあの侯爵なら、商団の魔道具師が勝手にやったことだとか言って逃げると思いますわ!」


「……確かに」


 ミーナの意見に大公が速攻で納得しているところから察するに、クリンスマン侯爵はかなり狡猾な人みたい。

 それにミーナがあれほど言うぐらいだし、かの侯爵令嬢がどんな人物なのか見てみたい気もする……怖いもの見たさで。


「陛下たちに報告は必要だと思いますが、告発するのは確かな証拠を手に入れてからの方が良いと思います」


 クリンスマン侯爵を処罰しても、法国が裏で糸を引いている、と言うところまで辿り着けなければ意味がないと思う。

 それに法国なら、クリンスマン侯爵を切って別の貴族を操るなんて朝飯前だろうし。


「……しかし、私のように瘴気に汚染されている人がいるかもしれないとなると、一刻も早く魔道具の使用を禁止する必要がある」


 大公は汚染される恐怖を知っているからか、他に被害者がいないかすごく気になっているようだ。


 初めに私が持っていた大公の印象は最悪で、甥の命を狙う非道で欲深い大貴族だと思っていたけれど、本当の彼はこの国を大切に想う、心の優しい人だった。


 そんな大公のためにも、そして……ハルのためにも、私は私が出来ることをしよう、と決意する。


「じゃあ、私が汚染されている可能性がある貴族たちを浄化します!」


 どれだけ汚染されている貴族がいるかわからないけれど、浄化さえ出来てしまえば、侯爵と法国の悪事を証明する証拠が揃うまで、時間稼ぎ出来るんじゃないかな。


「でもミア様。該当する家を回るだけでもかなりの時間がかかってしまいますよ。それにいくらミア様でも体調を崩してしまいます」


「それは、そうかもしれないけど……」


 マリアンヌが私の体調をひどく気遣ってくれる。それは恐らく、帝都にある屋敷だけでは済まないかもしれないからだ。


「──あ、そういえば近々、皇家主催の舞踏会がありますわ! 陛下にお願いして、貴族は全員出席って命令して貰えば良いと思いますの! 今からなら間に合うと思いますわ!」


「そうだ! その時にミア嬢が浄化してくれれば、汚染されている貴族を助けることができる!」


 ミーナがとても良い提案をしてくれた。

 貴族たちが全員集まってくれるなら、一人一人浄化する必要がないだろうからとても助かる。それに、まとめて一気に浄化すれば、とりあえず汚染の心配は減ると思うし。


「はい! 頑張ります!」


 私は両手を握りしめ、気合を入れて返事をした。

 その意気込みは宮殿中を浄化してやろう、と思うほどだ。


「ミア、ほどほどに。宮殿が聖地になる」


「……あ。うん、そうだね。気をつけるよ……」


 私はマリカに注意され、自分が張り切りすぎると、とんでもないことが起こることを思い出す。


(そういえばランベルト商会の研究棟や、野営の時に張った結界も聖域になってるって言われたっけ……。ディルクさんに怒られないように気を付けなくちゃ!)


 思わずディルクさんの顔が思い浮かんだのは条件反射なのだろう。

 いつも優しい笑顔のディルクさんの表情が、スッ……と消える瞬間は本当に恐ろしいのだ。きっと一番怒らせちゃいけない人だと思う。


「あの、ミーナ様。その舞踏会はいつ行われるんですか?」


 話が一旦落ち着いたところで、マリアンヌがミーナに質問した。


「確か、一ヶ月後ですわ」


「えっ! ミア様の舞踏会用のドレスはどうしましょう……今からでも間に合いますかね?」


「そう言えばそうですわね。盲点でしたわ。私の分はもうだいぶ前に注文済みですけれど……。一ヶ月では間に合わないかもしれませんわね」


 マリアンヌとミーナが私のドレスのことで悩んでいる。

 まだ一ヶ月もあると思っていた私は認識が間違っているようだ。


「えっと、私のドレスだったらミーナが着ないドレスを貸してもらえれば……。それに十着も注文してくれたし、一着ぐらいなら間に合うんじゃないかな」


「何を仰るんですか!! ちゃんと舞踏会用に仕立てないとダメですって!!」


「そうですわよ! 舞踏会は戦場ですのよ! 少しの隙も見せてはいけませんのよ!」


 先日ミーナがドレスを注文してくれたから、それで十分だと思っていたけれど、それは普段着るドレスなので、舞踏会に着て行くものとはまた違うらしい。


「そ、そうなんだ……」


 二人の剣幕に腰が引けてしまった私は大人しくしておくことにする。

 こういうことは二人に任せておけば大丈夫だろう。うん。


(……舞踏会かぁ……。きっとすごい規模なんだろうなぁ……)


 王国で行われた舞踏会には何度か出たことがあるけれど、帝国の舞踏会はきっと比較にならないほど豪華なんじゃないかな、と思う。





 * * * * * *





 大公家の呪薬問題──って、呪薬ではなく呪術だけど──が、一旦解決したということで、私とマリアンヌは予想よりも早く宮殿に戻ってきた。


 呪術が仕込まれた魔道具の方は、マリカが術式の書き換えをしてくれたので、今は問題なく作動している、と大公は大喜びなのだそうだ。



 ──そうして、慌ただしく日々が過ぎ去り、ついに舞踏会当日がやってきた。


 煌めくシャンデリアからキラキラと光が降り注ぎ、磨かれた床に反射した光が会場を明るく照らす。

 そして各所に飾られた装花が会場を彩り、参加した貴族たちの目を楽しませている。


 帝国中の貴族が一堂に会し、煌びやかな衣装に身を包んだ紳士や貴婦人たちが談笑する中、一際美しい少女が会場に現れ、貴族だけでなくそこで働く使用人の目までも釘付けにする。


「ほぅ……何と美しい……」


「素晴らしい美貌ですわ……!」


 美しい少女に心を奪われたかのように、貴族たちがうっとりと少女を見つめている。


「さすが<妖精姫>。今日はいつにも増して美しいですな」


「そうですわね。いつも愛らしいと思っていましたけれど、今日は格別ですわ」


 ──そう、誰もが見惚れる美少女は、イメドエフ大公の愛娘であるミーナだ。


 大公にエスコートされた夫人とミーナが、広間を優雅に歩いていく。


 そして私はというと、輝かんばかりのミーナの後ろで、影のように静かに控えていた。


 そんな私に、この会場の人間は誰一人として気づいていない。


 ──何故なら、今の私は「ぬりかべメイク」を施しているからだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

またもや間が空いてしまってすみません!


何とかタイトル回収?


次回のお話は

「235 ぬりかべ令嬢、応援する。」です。

え、誰を?って感じですが。(バレバレ)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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ぬりかべ令嬢、介護要員として嫁いだ先で幸せになる。 デコスケ @krukru

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