235 ぬりかべ令嬢、応援する。

 ──帝国には社交界の花と称される令嬢が三人存在する。


 イメドエフ大公家令嬢、ヴィルヘルミーナ・エミーリエ・イメドエフは「妖精姫」、

 レンバー公爵家令嬢、イルザ・レンバーは「青薔薇姫」、

 そして、クリンスマン侯爵家の令嬢、トルデリーゼ・クリンスマンは「宝石姫」と、それぞれが二つ名を持っている。


 彼女たちは一流の家門に血筋、品格を持ち合わせており、文句のつけどころがない令嬢たちだ。


 そんな彼女たちは帝国皇太子であるレオンハルトの伴侶に一番近い令嬢たちとして、社交界の中心となっている。


 その中でも特に注目されているのは、イメドエフ大公家令嬢のヴィルヘルミーナだ。


 彼女は皇族の系譜に連なる家門の出ということもあり、皇族の血を尊ぶ者たちから絶大な支持を得ている。


 帝国中の人間はヴィルヘルミーナが皇后に選ばれるだろうと予想していたが、未だレオンハルトが婚約者を定めていないのは、彼女の父親であるイメドエフ大公との仲の悪さが原因なのでは、と推測していた。


 年頃の娘を持つ親なら、誰もが心の中で二人の仲違いを歓迎しただろう。

 皇太子と大公の仲が悪ければ悪いほど、他の令嬢にもチャンスが出てくるのだから。


 しかし、次期皇后が誰になるのか、国中の人間が固唾を飲んで見守っていたが、レオンハルトが公の場に姿を見せなくなってから二ヶ月が経過した。


 皇室からレオンハルトは現在療養中との発表があったものの、病名などは知らされていない。


 初めは貴族の間から出た噂だったが、彼の身に何かあったのではないか、と噂が流れ始め、今やその噂は帝都から地方へと広まりつつあった。


 そして今夜、皇室主催で定期的に開催される舞踏会で、レオンハルトが久しぶりに姿を現すのではないか、と貴族たちは期待していた。


 貴族が期待する理由は、皇帝から貴族たちは全員出席するように、と通達があったからだ。


 半ば強制のような通達に、貴族たちはよほど重要な発表があるのでは、と考えた。

 そして皆が辿り着いた答えが、レオンハルトの婚約発表である。


 ──きっと今夜、未来の皇后が誰なのか、ついに明らかになるに違いない──!


 そうして、誰もが期待しながら参加した舞踏会の会場で、人々はヴィルヘルミーナの美貌を目の当たりにする。


 そしてほぼ全員が思った。「あ、こりゃ決まったな」と。


 絶世の美貌を持つ皇后とよく似ているレオンハルトに釣り合うのは、もはや彼女しかいないのでは、と思わせるほど、今夜のヴィルヘルミーナは美しかったのだ。





 * * * * * *





 会場にいる貴族たちが、ミーナに見惚れている。


 今日のミーナはいつもの「可愛い」から「美しい」令嬢へと変貌を遂げていて、彼女を見た人たちはすっかり魅了されているようだ。


 私は煌びやかな会場の中で一際美しく輝くミーナを見て、ほっと胸を撫で下ろす。


 なぜなら、この日のために私とマリアンヌはずっと準備してきたのだから。




 ──話は一ヶ月前に遡る。


 呪薬事件がひと段落し、舞踏会が開かれるとわかった日の夜。

 女子会を開いた私たちは夜遅くまでたくさん話をした。

 もちろん、その中には恋バナもあって、話しているうちに色んなことが判明したのだ。


「……まぁ! マリカ様はディルク様をお慕いしていらっしゃるのですね! そういえばランベルト商会の若き後継者は随分と優秀だと噂になっておりましたわ!」


「ディルクさんは本当に優秀だけど、すごく優しくて思いやりがある人なんだよ」


「確かに、すっごく物腰が柔らかくて優しいですよね。中性的な雰囲気で美人さん、って感じです!」


「……ん。ディルクは至高」


 ディルクさんの話題になった時の照れたマリカはすっごく可愛かった。

 最近は前みたいに毎日会えないみたいだけれど、それでも時間を作ってはマリカに会いにきてくれるらしい。


「マリアンヌはどうですの? 素敵な殿方はいらっしゃって?」


「ふぇっ?! わ、私ですかっ?! いや、私はもう鑑賞出来るだけでお腹いっぱいですよ!」


「あら、マリアンヌはマリウスの付き人でしたわね? じゃあ、マリウスを鑑賞していらっしゃるのかしら?」


「へあっ?! まま、まあ、マリウスさんはとてもお顔がよろしいですしねっ! 目の保養になりますけれど、他にも格好良い人がたくさんいるんですよ! えっと、フランさんとか、イルマリさんとか!」


「……っ!」


 マリアンヌがあげた名前に、ミーナが超反応した。


「ん? どこかで聞いたような……」


 なぜか黙り込んでしまったミーナを不思議に思いながら、私は記憶を探ってみる。


「──あ! 確かマリウスさんと一緒にいた人たちだよね? そういえば飛竜師団の人だっけ?」


 まだ私がミーナと知り合っていなかった頃、ハルの部屋の前でマリウスさんと言い合いをしていたミーナを優しくエスコートしていた人が、そんな名前だったような気がする。


 その人がイルマリさんなら、ハルに飛竜を見学させてもらった時にもいたと思う。


「そうですよ! よくご存知ですねミア様! イルマリさんはちょっと『チャラ男』っぽく見えますけど、意外と真面目な人なんですよ!」


「んん? あ、そうなんだ。ディルクさんとは違うタイプの優しい感じの人だよね」


「そうです! ちょっと垂れた目元が色っぽ「ダメですわーーっ!!」ぶへっ?!」


 ミーナが突然マリアンヌの口を塞いだ。


「えっ?! ミーナ?!」


「もごもごっ!」


 驚く私たちとマリアンヌの訴えに「はっ?!」と我にかえったミーナが、慌ててマリアンヌの口を塞いでいた手を離した。


「も、申し訳ありませんでしたわっ! わたくしったら……っ!」


 そう言ってマリアンヌに謝るミーナの顔は、すっごく真っ赤に染まっている。


 それは、自分の行動を恥ずかしがっている顔ではなく、別の何かが理由に見えた私は、とあることに気づく。


「これは興味深い」


 マリカも私と同じように気づいたらしく、お互いにアイコンタクトを交わして頷いた。


「今度はミーナのお話を聞きたいなっ」


「ん。聞きたい」


「えっ?! な、なんですのっ?! わたくしは別に……っ!」


 未だに赤い顔のミーナが言っても説得力は皆無だと思う。

 ミーナがイルマリさんのことを意識しているのはバレバレだ。


「もしかして、ヴィルヘルミーナ様はイルマリさんが気になっているんですか?」


 さりげなく話を聞き出そうと思っていたのに、マリアンヌが直球でミーナに質問してしまう。


「ふぁっ?! どどど、どうしてそんなことを……っ?!」


「いや、だってバレバレですもん。今のだって、他の女がイルマリさんのことをとやかく言うのが嫌だったんじゃないですか?」


 いつも周りの空気を読んでいるマリアンヌだけれど、言うべき時ははっきりと言う性格だ。きっと直球で質問したのも、ミーナのためなのだと思う。


「え、いや、バレバレってそんな……っ! うぅ…………………………………はぃ」


 流石に誤魔化せないと思ったのだろう、ミーナは少し躊躇ったあと、ポツリと肯定するように呟いた。

 顔を赤くして俯き、恥ずかしがっているミーナは思わず抱きしめてあげたくなってしまうほど可愛い。


「イルマリさんって格好良くて仕事もとても出来る人ですからね。ヴィルヘルミーナ様が気になるのもわかります!」


「ミーナがイルマリさんを好きになったのはいつ?」


「馴れ初めとか詳しく」


「え? え? 何ですの貴女たちっ! 目がすっごく輝いていますわよっ!!」


 グイグイ行く私たちに引いていたミーナだったけれど、私たちの興味津々な顔を見て諦めたのか、ぽつりぽつりと話してくれた。


 イルマリさんはミーナより五歳年上で、騎士学校を主席で卒業してすぐ、ハル付きの補佐官になったのだそうだ。


 ハルに会いに行く過程でよく顔を合わせるようになり、柔らかい雰囲気もあって、イルマリさんはミーナにとって親しみやすかったと言う。


「お兄様とマリウスも、昔はわたくしとよく遊んでくれていましたの。それでも年々頻度は減っていって、最近なんてまったく相手にしてくれなくなりましたわ。それに二人でコソコソと話して、わたくしには何も教えてくれませんでしたの! ……まあ、今ならミアのことで相談していたんだなってわかりますけれど」


 ハルはずっと秘密裏に私を探していてくれた。それに当時は大公との仲も最悪に悪かっただろうから、ミーナに話を聞かせるわけにはいかなかったんだろうな、と思う。


「それでもお兄様たちと一緒にいたくて、色々理由をつけて会いに行きましたけれど、毎回毎回追い返されて……。その度にイルマリがわたくしを優しく慰めてくれましたの」


「……なるほど。ミーナは優しく接してくれるイルマリさんに、だんだん惹かれていったんだね」


「そうですわね……。イルマリはわたくしが落ち込んでいたり怒っている時も、いつも落ち着くまでそばで待っていてくれますの。それにぽんぽんと頭を撫でてくれたり……」


「む。それは反則」


「そりゃ、惚れてまうやろー、ってヤツですわ」


 マリカやマリアンヌはイルマリさんの思わせぶりな行動に批判的のようだ。

 だけど、元気がない女の子を励まそうとする気遣いも感じられるから、その行動は悪いことじゃないよね、と私は思う。


「イルマリさんは優しいだけじゃなく、思いやりもある素敵な人なんだね。きっとミーナを大切に想ってくれているんだよ」


「で、でも……っ! わたくし、イルマリにはいつも迷惑をかけていますの……。彼は絶対、わたくしのことを我が儘なお子様だと思っていますわ……っ! わたくしのせいで、嫌な役までさせられて……っ」


 イルマリさんはいつもミーナを宥める役目をさせられているらしい。ミーナはそのことをものすごく申し訳なく思っているようだ。


「ミーナはどうしたい? イルマリさんに謝りたいの?」


 これは私の勝手な予想だけれど、ミーナが我が儘を言うのはきっと、その人が好きだからこそだと思う。

 ハルの部屋の前で騒いでいたのも、ハルを心から心配する気持ちから来る行動だっただろうし。


「……そうですわね。もう二度と困らせないと伝えて彼に謝って……そして、もう子供じゃないって思ってもらいたいですわ」




 ──そんなことがあって、私とマリアンヌはこの舞踏会のためにミーナ磨きに精を出した。


 ハーブと聖水で作った化粧品やオイルで肌の調子を整え、マッサージで体内に溜まっていた毒素を体外へ排出。元々ミーナは細かったけれど、今ではさらに細くなり、コルセットが不要になるほどだ。


 そしてマリアンヌがお化粧やヘアスタイルの仕上げをし、ミーナを可憐な令嬢から、花開くような大人っぽい令嬢へと変身させたのだ。


 その結果は言わずもがな、貴族たちが見惚れていることで察することができる。


 あとはミーナがイルマリさんと会い、本懐を遂げるのみだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

女子会第2弾でした。


次回のお話は

「236 ぬりかべ令嬢、画策する。」です。

ミアも色々頑張っている、と言うお話です。多分。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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