236 ぬりかべ令嬢、画策する。


 ミーナの美貌に誰もが釘付けになる中、皇帝陛下の登場を告げるラッパが会場中に鳴り響いた。


「偉大なるソル・アイテールであらせられるベルンハルト・ヴィルヘルム・エルネスト・バルドゥル陛下と、ルナ・アイテールであらせられるリューディア・カステヘルミ・バルドゥル陛下のご入場です」


 貴族たちが一斉に頭を下げ、両陛下に敬意を示す。


 壇上に現れたお二人からは威厳が溢れていて、さすが超大国の皇帝と皇后だな、と思う。

 普段の気さくな雰囲気とはまったく違い、今のお二人はまるで別人のようだ。


「おもてを上げよ」


 陛下の言葉に貴族たちが下げていた頭をあげた。

 その様子はすごく統制が取れていて、誰もが陛下を尊重しているのだと一目でわかる。


 それから陛下が短く挨拶をし、舞踏会の開始を告げると、広間にゆっくりと音楽が流れ始めた。

 貴族たちがお目当ての相手にダンスを申し込むと、一組、二組とペアが出来ていき、宮殿の大広間はあっという間にダンスホールへと変貌した。


 くるくると踊る令嬢や貴婦人のドレスが翻る様は鮮やかな花が咲いたようで、シャンデリアから降り注ぐ光と相まって、キラキラと輝いて見える。


「私たちも踊ろう。……ミア嬢、あとは頼んだよ」


 大公は私にコソッとそう言うと、夫人をエスコートしてダンスをする人たちの方へ去って行った。

 

 すると、大公がいなくなる頃合いを見計らっていた年頃の令息たちが、ミーナにダンスを申し込もうと集まって来る気配がする。


「ヴィルヘルミーナ嬢、今宵はいつにも増してお美しい! 是非僕とダンスを踊っていただけませんか?」


「麗しの妖精姫、私に貴女をエスコートする栄誉をいただけないでしょうか?」


「美しい妖精姫! 是非、私と一緒にダンスを踊ってください!」


「僕とも!」


 令息たちが我先にとミーナにダンスを申し込む。そうしている内に希望者の数はだんだんと増えていき、順番待ちの長蛇の列が出来そうな勢いだ。


「わたくしは……っ、」


 そんな令息たちにミーナが物申そうとした時、人だかりの後ろがざわついていることに気づく。


「え……っ、あの方はまさか、ハルツハイム卿……っ?!」


 誰かの呟きがきっかけとなり、会場にいた令嬢たちの視線が一斉にそちらへ向かう。


「まああぁっ! マリウス様ですわ! いつ見ても素敵……っ!」


「あぁ、やっぱり格好良い……っ!」


「まさか舞踏会にいらっしゃるなんて……! マリウス様が来られるなら、違う色のドレスにすれば良かったわ……」


「まぁ見て! 飛竜師団の面々もいらっしゃるわ!」


「なんて壮観な光景でしょう……!」


 周りの令嬢たちの嬉しそうな声で、ざわつきの原因がすぐにわかる。


 予想通り現れたマリウスさんを先頭に、颯爽と歩く飛竜師団の団員さんたちに道を譲るかのように、人垣が割れていく。


「まさか、彼もヴィルヘルミーナ嬢にダンスを……?」


「今まで誰とも踊らなかったのに?!」


「流石のハルツハイム卿も、イメドエフ令嬢の美しさに魅せられましたかな?」


 様子を伺っていた貴族たちがアレコレ予想するけれど、残念ながらマリウスさんは師団さんたち──今日の本命であるイルマリさんを連れて来てくれただけだったりする。


 ミーナの恋を応援するためにはマリウスさんの協力が必要不可欠だったから、舞踏会に団員さんたちを連れて来て欲しいとお願いしていたのだ。


 ちなみにミーナが誰を気になっているとかは内緒だったけれど、マリウスさんは薄々勘付いていたみたい。


 いつもの制服ではなく、飛竜師団の正装を身に纏っているマリウスさんたちはとても格好良い。着飾っている令息たちも華やかだけれど、黒を基調とした軍服は煌びやかな会場内でものすごく異彩を放っていた。


 私はちらり、と会場の端を見る。

 そこは、給仕の仕事をしながら私たちを見守っているマリアンヌが配置されている場所だ。


 案の定、マリウスさんの軍服姿を見たマリアンヌが顔を赤くして俯いている。ぷるぷると肩が震えているから、感極まっているんじゃないかな、と思う。


 マリアンヌはマリウスさんが軍服を着て来るとは思いもしなかっただろうし。


 ──実はこれ、私がこっそりとマリウスさんにお願いしたマリアンヌへのサプライズだったりする。


 以前、マリウスさんの軍服姿が見られなかったことをマリアンヌが残念がっていたから、この機会に軍服を着て参加するようにダメ元でお願いしていたのだ。


 マリアンヌへのちょっとしたお礼のつもりだったけれど、令息たちを牽制するにはとても効果的だったらしい。思わぬところで一石二鳥になりラッキーだと思う。

 これでミーナにダンスを申し込もうと思う令息はいないんじゃないかな。


「ヴィルヘルミーナ様、ご機嫌麗しゅうございます」


「まあ、ハルツハイム卿。挨拶に来ていただけるだなんて光栄ですわ」


「今日は部下たちの労いも兼ねて参加しました。どうかヴィルヘルミーナ様からも、帝国のために尽力する者たちを労っていただけたら光栄です。貴女とダンスを踊る栄誉を彼らに与えていただけますか?」


 本当はミーナがイルマリさんを見つけ、ダンスを申し込む予定だったけれど、マリウスさんが気を利かせてきっかけを作ってくれている。


「……っ、もちろんですわ。では、リースフェルト卿。わたくしと一緒に踊ってくださる?」


「はっ?! は、はい。光栄です」


 ミーナが指名したリースフェルト卿とは、言わずもがな、イルマリさんだ。


 実はイルマリさんはリースフェルト伯爵家の三男だそうで、家督を継ぐ必要がないからと、ずっと憧れていた飛竜師団に入団したのだそうだ。


 指名されて驚いていたイルマリさんだけれど、周りの視線で我に帰ったのかミーナが差し出した手をそっと握ると、ゆっくりと手の甲に口付けた。


 そしてミーナを会場の真ん中の方へエスコートすると、挨拶を交わし優雅に踊り始める。


 珍しい組み合わせなのか、初々しい二人のダンスは目を引いていて、踊っている人たちですら目で追っているほどだ。

 ミーナがダンス好きとはあらかじめ聞いていたけれど、イルマリさんもミーナに負けず劣らずダンスが上手だった。


 ミーナがイルマリさんとダンスを踊ることが出来て本当に良かった。

 こうして上手く行ったのも、マリウスさんが協力してくれたおかげだ。


「では、他の者は引き続き舞踏会を楽しんでくれ。俺はここで退出する」


「えっ?! 副団長?! あのご令嬢たちはどうされるんですかっ?!」


 会場に来たばかりなのにもう帰ると言うマリウスさんを、フランさんが慌てて引き止める。

 どうやら集まって来た大勢の令嬢たちの対応をどうすればいいのかわからず困っているようだ。


「適当に処理しろ。俺は目的を果たしたからな。もうここに用はない」


「えぇ〜〜……。でもあの令嬢たちって明らかに副団長狙いじゃないですか〜〜。あっ! 副団長ーー!」


 目をハートにして見つめる令嬢たちに目をくれることなく、マリウスさんは登場した時と同じように颯爽と会場から去って行ってしまう。


 令嬢たちはマリウスさんを引き止めたいらしく、声を掛けるタイミングを見計らっているけれど、彼の”声を掛けるなオーラ”が強くて、近寄ることすら出来ないみたい。


 マリウスさんが令嬢たちに冷たいという話はモブさんたちから何回か聞いていたけれど、実際の様子を目の当たりにしてしまうと、流石に令嬢たちが可哀想だな、と思う。


(……でも、誰にでも優しく接して変に期待させるよりはいいよね。令嬢たちに愛想を振り撒くマリウスさん…………うん、危険過ぎる! 帝国の社交界が大変なことになっちゃう!)


 思わず令嬢たちに微笑みながら対応するマリウスさんを想像し、その結果彼を巡って血みどろの愛憎劇が繰り広げられるところまで脳内再生して止めた。


 ──とにかく、イルマリさんをダンスに誘う、という私たちの目標は無事達成できたのだ。協力してくれたマリウスさんには感謝しなければ。うん。


 私はマリウスさんを見送り、ミーナが楽しそうに踊っている様子を確認すると、今度は自分の目的を果たそうと気を引き締めた。


 私の目的──それは、汚染されている人がいないか確認し、浄化することだ。


 本当はいちいち確認せず、一気に会場ごと浄化したかったけれど、それはダメだとマリカやマリウスさんに止められてしまった。

 大々的に浄化すれば、法国に私の存在が知られる可能性があるから、と。


 確かに、会場に法国の関係者が紛れているかもしれないので、私は二人の意見を聞いて、個別で確認することにした。


 だから今日、私は久しぶりにマリアンヌに「ぬりかべメイク」を施してもらったのだ。

 何故だかわからないけれど、この姿だと私の存在感が薄くなるので、こうしてこっそりと動く時にはもってこいだと思う。


 私はふと、マリアンヌに「ぬりかべメイク」をお願いした時のことを思い出した。


 舞踏会用のドレスが間に合い、私を着飾らせようと張り切っていたのだろうマリアンヌの絶望した顔は、今でも忘れられない。


『──ミア様……っ! 本当にあのメイクで行くんですかっ?! どうかもう一度考え直してください!!』


 マリアンヌには懇願されてしまったけれど、何とか心を鬼にしてメイクしてもらった。


『──?! き、きゃぁあああーーっ!! な、何ですのーーっ!? どうしましたのそのお顔はっ?! 一体どうすれば女神様のような美貌が壁になりますのーーーーっ?!』


 私の準備が終わったと聞き、ワクワクと嬉しそうにやって来たミーナも、私の顔を見て取り乱していたっけ……。

 あの時のカオスな空気を思い出すと、ものすごく申し訳ない気持ちになる。


 ちなみにミーナはこの舞踏会で、令嬢たちに私の存在を見せ付けようと思っていたらしい。流石にそれは時期尚早でお断りしたけれど。


『ミアの美貌をトルデリーゼ嬢に見せつけてやりたかったですわっ!! そうすればお兄様を狙おうなんて愚かな考えは起こしませんのにっ!!』


 嘆くミーナを宥めて説明して、何とか「ぬりかべメイク」にも納得してくれたから良かったけれど。


 私は気を取り直し頭を切り替えると、大公から教えてもらった貴族たちを記憶から引っ張り出した。


 ──汚染されているか確認するべき貴族は全部で五人。

 その中には皇帝派の筆頭とされている、レンバー公爵も含まれていた。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

珍しくミアが暗躍(?)したお話でした。


次回のお話は

「237 ぬりかべ令嬢、宝石姫に会う。」です。

帝国の三大美姫、2人目の登場です。


こちらの作品、せめて週一更新にしたいと思ってますが、会社の決算近いし、どうなることやらです。

早よハル起こさな!(まだ言ってる)

来週更新できたら褒めて!でも新作も書きたい!(ちょ)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る