237 ぬりかべ令嬢、宝石姫に会う。
皇宮で行われている舞踏会の会場である大広間には、帝国中から集まった貴族たちで溢れかえっている。
汚染されているかもしれない貴族として候補に上がったのは五人だったけれど、念のため全ての貴族たちを集めてもらったのだ。
だから、こうして帝国中の貴族が一堂に会する機会はほとんどないので、ある意味とても貴重な光景かもしれない。
私はそうっと二階へ移動し、見晴らしのいい場所から大広間を見渡すと、呪薬や呪術に汚染されている人を探す。
汚染されている人には黒い靄のようなものが纏わりついているから、すぐ気付くことが出来るはず。
そうしてしばらく探していると、汚染されている数名の貴族を発見した。
(……あれ? 数が合ってないような……? あ、女性もいる……!)
貴族たちをよく見てみると、大公から教えられた候補以外にも汚染されている人がいることに気づく。逆に、候補に上がってはいるものの、汚染されていない人もいる。
今回、汚染されている可能性があると候補に上げられた貴族は、クリンスマン侯爵家が営んでいる商会からセラーの魔道具を購入した家門の人たちだ。きっと、何も知らずにセラーを使っているうちに他の人まで汚染されてしまったのだと思う。
候補にいなかった女性は当主の奥さんやその家族なのだろう。
(大公ほど汚染は進んでいないみたいで良かった! でも、レンバー侯爵の姿が見当たらないなぁ……)
あの大公家と対立出来るほどの家門だから、人が集まっている場所にいると思っていたけれど、それらしき人の姿は見えない。
(もしかして、庭園や休憩室にいるのかな?)
大広間にいる貴族たちをあらかた調べ終わった私は、とっくにダンスを終えているだろうミーナの様子を見ようと一階の大広間に戻ることにした。
そうして会場に向かっている途中、やけに賑やかなグループがいることに気付く。
そこでは若い令嬢たちが会話を弾ませているらしく、高い笑い声がよく響いている。
大規模な舞踏会に参加した令嬢たちがはしゃいでいるのかな? と思いながら歩いていると、そのグループから気になる言葉が聞こえてきて、思わず私の足が止まる。
「──レオンハルト殿下は今日もお見えにならないのかしら?」
「いつお越しになるかずっとお待ちしていますのに……」
「あの麗しいお姿をもう一度拝見したいわ! とても目の保養になりますもの!」
「レオンハルト殿下は帝国の至宝ですわ!」
「本当に! 今日こそあのご尊顔を拝めると思っていたのに、残念だわ……」
年頃の令嬢が集まって話すことといえば、異性に関する話題になるのは当然のことで。
やはりというか何というか、令嬢方はハルがお目当てのようだった。
「私の父が、最近レオンハルト殿下に婚約の動きがあるって仰っていましたの。だから殿下がこの舞踏会にお越しになるのだと思っていましたけど……」
「私もその話を聞いて、てっきりトルデリーゼ嬢がレオンハルト殿下の婚約者に指名されると思っていましたわ」
「トルデリーゼ嬢もそう思いますよね?」
──令嬢たちがハルの噂をしているだけなら、そのまま通り過ぎようと思っていた、けれど。
クリンスマン侯爵の娘であるトルデリーゼ嬢の名前が聞こえてきた以上、通り過ぎるわけにはいかない。
それに噂の彼女を一目見たいと思っていたから丁度良い。
近くにあった柱の影から、どの令嬢がトルデリーゼ嬢だろう、とグループを眺めていると、一際目立つ令嬢が中心にいた。
「……そうね。私の元へは何の連絡も無いから、何とも言えないわね」
私は取り巻きの令嬢に答える姿を見て、その令嬢がトルデリーゼ嬢なのだと確信する。
トルデリーゼ嬢は鮮やかな赤い髪の華やかな美少女で、さすが”社交界の花”と称されるだけはあった。
長い睫毛に縁取られた瞳は深い蒼色で、まるで宝石のよう。
きっと、渾名の『宝石姫』はその瞳を称したものなんだろうな、と思う。
しかも瞳だけでなく身体中がキラキラと光って見える気がするのは、彼女から溢れるカリスマ的オーラのせいかもしれない。
(うわぁ……! 予想以上に強敵かも……)
ミーナと並び称されるぐらいだから、綺麗な令嬢なんだろうな、と思っていたけれど、予想よりずっと綺麗なトルデリーゼ嬢に驚いた。
その姿は皇后に必要な威厳と気品を、すでに彼女は備えている……と思ってしまうほどだった。
(うぅ……っ! これは……っ、太刀打ちできないかも……っ!)
私は彼女から漂ってくるカリスマオーラのようなものを持っていないし、そもそもハルに釣り合うようなものは何もない。
ただハルが私を大事に想ってくれていて、私もハルを大事に想っている──そんな想いしか持っていないのだ。
もしトルデリーゼ嬢の想いが、私がハルを想うぐらい強ければ、勝てる要素はないと思う。
「──だけど、レオンハルト殿下に一番相応しい令嬢は私だと自負しているわ」
トルデリーゼ嬢がそう言うと、周りの令嬢たちも共感するかのように相槌を打つ。
「おっしゃる通りですわ!」
「確かに、トルデリーゼ嬢は”社交界の三大名花”と称されていますし、殿下の横に並んでも全く遜色ありませんものね!」
「他にも候補がいらっしゃいますけれど……。ヴィルヘルミーナ嬢は父君がレオンハルト殿下と犬猿の仲ですし、ね」
「そうそう、ヴィルヘルミーナ嬢と言えば先ほど別の男性と踊っていらっしゃって、とても驚きましたわ! もうレオンハルト殿下のことは諦められたのでしょうか?」
「私もびっくりしましたわ! まさかヴィルヘルミーナ嬢が殿下以外の方と踊るなんて思いもしませんでしたから」
「ヴィルヘルミーナ嬢は彼の方を婚約者に選んだのかしら?」
令嬢たちが興奮した様子でミーナたちの噂をしている。
今までミーナはずっと大公としかファーストダンスを踊っていなかったから、今日イルマリさんと踊ったことはそれだけ衝撃的な出来事だったのだろう。
ちなみにファーストダンスは一緒に参加したパートナーと踊るのが慣わしで、基本的に未婚の子女は親と、すでに婚約している場合はその婚約者と踊るのだそうだ。
もしファーストダンスの相手がそのどちらでもなく、子女が別の相手と踊るということは、その人を結婚相手に選んだと同義になる。
「それにしても、ヴィルヘルミーナ嬢があんな男を選ぶなんて思わなかったわ。私は彼女を好敵手だと評価していたのよ? それなのに、たかが師団員とファーストダンスを踊るだなんてガッカリよ。もう彼女は私の好敵手では無くなったわね」
「ヴィルヘルミーナ嬢もお美しいけれど、ちょっと子供っぽい性格ですものね」
「未来の皇后として考えれてみれば、彼女は相応しくありませんでしたわ」
「その点、しっかりしたトルデリーゼ嬢なら安心ですわね!」
令嬢たちの話を聞いたトルデリーゼ嬢は嬉しそうな表情を浮かべると、ふんっ、と吐き捨てるように言った。
「大公家の令嬢でありレオンハルト殿下と幼馴染という理由で、候補の中で最有力などと持て囃されていたけど……それも今日で終わりね」
まるで勝利宣言のようなトルデリーゼ嬢の言葉に、一部の令嬢は引き気味になっている。
「え、えっと、ヴィルヘルミーナ嬢が殿下の婚約者候補から外れるなら、あとはイルザ嬢の出方次第ですわね」
「そういえば、イルザ嬢も最近はあまり社交界に顔を出していらっしゃいませんね。一体どうなさったのかしら」
「あ、あら、イルザ嬢なら先ほどチラッとお姿をお見かけしましたわ。今はいらっしゃいませんけれど……」
令嬢たちは話題を変えようと思ったのか、今度はイルザ嬢の話を持ち出した。
「ふふっ、イルザ嬢も以前のような元気が無くなったわね。あれだけ頻繁に開いていたお茶会も最近は全く開かなくなったし。……まあ、そもそも彼女なんて私の敵じゃなかったけど」
「確かに、イルザ嬢は独特な感性の持ち主ですから。一部の令嬢たちからは人気があるようですけど……ねぇ」
「皇后陛下と個人的に親しくされているとお聞きしましたけど、陛下は婚約者選びに私情を挟むような方じゃありませんしね」
「彼女に殿下の婚約者は務まりませんわ! トルデリーゼ嬢が一番ふさわしいですわ!」
「「「「「………………」」」」」
トルデリーゼ嬢のグループの様子を見ていてわかったのは、グループ全員がトルデリーゼ嬢の考えに賛同していないということだ。
二、三人ほどの令嬢が彼女の取り巻きで、他の令嬢は仕方なくグループに属しているように見えた。おそらく家同士の繋がりが関係しているのだろう。
短い会話の中ではあるけれど、トルデリーゼ嬢がどのような人物なのか、私なりにある程度理解することができたと思う。
私はミーナを侮辱したことはもちろん、彼女が好きなイルマリさんを──そしてこの国のために頑張ってくれている飛竜師団を見下し、蔑んでいることにすごく腹が立つ。
以前、ナゼール王国で私に師団員さんたちや飛竜さんたちを紹介してくれたハルはとても誇らしげだった。
トルデリーゼ嬢の言葉は、そんな飛竜師団を大切に想っているハルへの侮辱なのだ。
──私は、絶対に彼女はハルに相応しく無い、と本気で思った。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
珍しくミアがオコなお話でした。
次回のお話は
「238 ぬりかべ令嬢、青薔薇姫と会う。」です。
帝国の三大美姫、3人目の登場です。
ちなみに電子書籍版限定SSの人です。(宣伝)
せめて週一更新と思いながら結局二週間…。_:(´ཀ`」 ∠):
いや、ほんまに一週間しか経ってない気がしてたんです!(言い訳)
次回はもうちょっと早く更新したいです…。(信用ゼロ)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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