238 ぬりかべ令嬢、青薔薇姫と会う。

 トルデリーゼ嬢のグループから離れた私は、再びミーナのところへ向かおうと踵を返した。


 誰にも気づかれないように会場の隅っこを歩きながら、先ほど聞いた話を思い出していると、誰かにポン、と肩を叩かれた。


「ミア様、貴族たちの様子は……って! ど、どうされたんですかっ?! すごく怖い顔をされてますけど……っ?!」


 声をかけてきたのはマリアンヌで、私の顔を見るなり顔を真っ青にしている。


 そんなに怖い顔をしていたなんて自分ではわからなかったけれど……。

 ぬりかべメイクなのにどうしてマリアンヌは私の表情がわかったのだろう?と思う。


「あ、ごめんごめん。そんなに怖かった?」


「は、はいっ! 初めて見る表情というか雰囲気というか……っ! 何だか怒りのオーラが溢れているような気がするんですけど、何かありました?」


「……えっと。あったというか、知ったというか……。部屋に帰ってから話すよ」


 付き合いが長いというのもあるけれど、気が利いて気配りができるマリアンヌだから、私の変化に気がついたのかもしれない。


 きっと彼女に話を聞いてもらったらスッキリするだろうけれど、それは今じゃないな、と思う。


「わかりました。じゃあ、後で何かあったか教えてくださいね!」


 マリアンヌが少し心配そうな表情を浮かべたけれど、私の様子を見て何かを感じ取ったのか、明るく返事をしてくれた。

 すごく気を使わせてしまって申し訳ないけれど、そんな気遣いがとてもありがたい。

 マリアンヌのおかげで、荒んでいた私の心が次第に落ち着いていくのがわかる。


「うん、ありがとう。……あ、そうだ。マリアンヌはミーナがどこにいるか知ってる?」


 ざっと会場を見渡してみるけれど、ミーナの姿は見当たらなかった。ただでさえ広い会場だから、一度見失ってしまうとなかなか見付からないのだ。


「ヴィルヘルミーナ様でしたら、イルマリさんと一緒にテラスの方に移動されましたよ」


「えっ?! 本当?! 良かった! また今度ミーナにはじっくりとお話を聞かせてもらわないと、だね!」


「ですです! もう私、どうなったか気になって気になって……! 様子を見たかったんですけど、そろそろ戻る時間なんですよ……うぅ、無念!」


 このタイミングで休憩時間が終わってしまったと言って、マリアンヌはとても悔しがっている。


 正直、私もすごく気になるけれど、ミーナがイルマリさんといるのなら絶対お邪魔するわけにはいかない。

 もしかすると、今頃想いを伝えているかもしれないし。


 結果はわからないけれど、ミーナの恋を全力で応援していた私の役目はこれで無事完了したことになる。


「じゃあ、私は汚染されている人を探しに行ってくるよ。マリアンヌもお仕事頑張ってね!」


「はいっ! 有難うございます! ミア様もどうかお気をつけて!」


 お互い手を振りながらマリアンヌと別れた私は、レンバー公爵を探そうと会場から出ることにした。


(えっと、確か公爵は灰色がかった銀の髪に、青紫色の瞳だっけ……。何だか私と似ているような気がするなぁ)


 レンバー公爵の特徴を思い出しながら歩いていると、薄暗い廊下の向こうから人の話し声が聞こえてきた。


「お父様……っ! 無理なさらないで、休憩室へ参りましょう!?」


「……ごほっ、いや、そうはいかん。会場入りせねば、陛下が……っ、ごほごほっ!!」


「お父様っ!?」


 聞こえてくる話からわかることは、廊下にいたのは親娘のようで、お父さんの具合がかなり悪そう、ということだ。


 二人の話を聞いているうちに心配になった私は、気取られないように気配を殺しながら近づいてみた。


「そこにいるのは誰っ?!」


「っ?!」


 気配を消していたのに、娘さんの方は私に気がついたらしく、警戒心をあらわにして厳しい声色をあげる。


「え、えっと、私は怪しい者じゃなくて……っ!」


 二人に危害を加えるつもりは微塵もないけれど、どう見ても突然現れた私は彼女にとって、ただの怪しい人なのだろうな、と思う。


「──貴女は……っ!?」


 私の姿を見た娘さんが驚いた声をあげた時、ちょうど月が雲から顔を出した。暗かった廊下を月明かりが照らすと、二人の姿がはっきりと浮かび上がる。


「あっ……!!」


 二人の姿を見た私も思わず驚いた声をあげてしまった。

 何故なら、目の前にいる二人は私が探していたレンバー公爵と──その令嬢であろう、イルザ嬢だったからだ。


「何か御用?! 見せ物じゃないんだけど?」


 初対面のはずなのに、何故かイルザ嬢は私に敵意を持っているようだった。

 確かに、よく顔がわからないメイクだと思うけれど、どうしてそんなに警戒されているのかわからない私は戸惑ってしまう。


「あ、私はただ、具合が悪そうな方がいるな、と心配になっただけで……」


 イルザ嬢に警戒を解いてもらおうとしたけれど、彼女の警戒心がさらに強まった気配を感じる。


「嘘っ!! 貴女イメドエフ大公家の者でしょうっ?! ヴィルヘルミーナ嬢の側に付き従っていたじゃないっ!!」


「えっ?!」


 私はイルザ嬢の言葉に驚愕する。


 ──まさか彼女が、初めから私のことに気づいていたなんて。


 この姿の時の私は、敢えて「私」のことを意識しないと気付かれることがなかった。

 ナゼール王国では私を知っている貴族はたくさんいたから、たまに気付かれることはあったけれど、この帝国の貴族で私を知っているのは大公家の人々やマリウスさんたち、そして両陛下ぐらいなのだ。


 全く私を知らない人が今の私に気付いたのは、イルザ嬢が初めてかもしれない。


「誤魔化しても無駄よっ!! 大公家と我が家門が対立しているのは周知の事実! どうせお父様の体調のことを大公に報告するんでしょう?! そしてそのことを口実に我が家門を蹴落とすつもりなんだわ!!」


「確かに、私は大公家の皆さんにお世話になっています! だけど、派閥が違うからといって公爵家を蹴落とすだなんて、大公閣下はそんなことしません! むしろ──」


 ──むしろ、大公は呪術に汚染されている人たちを助けたい、と言っていたのに……!!


 私は最後まで言葉にすることが出来なかった。今そんなことを言ってしまったら、さらにイルザ嬢は警戒を強めてしまうと思ったから。


「……イルザ、やめなさい……っ、ごほごほ……っ、がはっ!!」


「お父様っ!! 早く休憩室へ参りましょうっ!! すぐ宮医を呼びますからっ!!」


 激しく咳き込んだ公爵の口から、赤黒い血が吐き出された。


 公爵の容態はかなり悪いようで、イルザ嬢が身体を支えようとするけれど、体格が大きい公爵を支えるのは大変そうだ。


「あっ、手伝います……!」


 イルザ嬢も背が高いようだけれど、ひと回りも大きい男性を一人で支えるのは無理だと思った私は、公爵を支えるべく慌てて駆けつけた。


(……えっ?! 何これ……っ?!)


 公爵に近付いた私は驚愕する。

 よく見てみると、彼の胸の中心に黒い靄が渦を巻いているかのように蠢いていることに気付いたからだ。


 だけど今は公爵を寝かせて、安静にさせることが最優先だと自分に言い聞かせた私は、イルザ嬢と一緒に公爵を休憩室へと運ぶ。


「……貴女の意図が何であれ、手伝ってもらって助かったわ」


 何とか公爵を休憩室のベッドに寝かし、お医者さんを呼んでもらうよう使用人に伝えたイルザ嬢が、私にお礼を言ってくれた。


「いえ、困った時はお互い様ですから……どうかお気になさらず」


 イルザ嬢の雰囲気が、少しだけ軟化したような気がする。

 公爵を運ぶお手伝いをしたことで、警戒を緩めてくれたのかもしれない。


 改めてイルザ嬢を明るい場所で見てみると、彼女も素晴らしい美貌の持ち主だと気付く。


 青紫の瞳に綺麗なストレートの銀灰色の髪を持つイルザ嬢は凛とした美しさで、さすが青薔薇姫だと感心してしまう。


 彼女が持つ雰囲気はミーナのふわふわした可愛らしさと、トルデリーゼ嬢のキラキラしたものとはまた違っていて、まるで研ぎ澄まされた剣のよう。


「何? 私に何か話でもあるの?」


 イルザ嬢の美しさに惚けていた私は、無意識に顔をじろじろと見ていたらしい。彼女が怪訝な顔をしていたので、誤解を解かねばと慌ててしまう。


「あっ! すみません! イルザ嬢が美しくて、つい見惚れてしまいました……っ」


 気を悪くさせてしまったのなら申し訳ないな、と思っていると、イルザ嬢の顔がぶわっと赤くなった。


「……っ、そ、そんなお世辞を言っても私には通用しませんからねっ!!」


「あ、はい」


 言葉ではそう言いながらも、真っ赤な顔をしたイルザ嬢の口がによによとしているから、きっと照れているのだと思う。


 ……何だかミーナの時とよく似ているような?


「と、とにかくっ! 今回のお礼は改めてさせていただくわ。貴女の名前を教えてもらえる?」


「私はユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します。でも、お礼は結構なので、どうぞお気遣いなく」


 名前を聞かれ、偽名にするか一瞬悩んだけれど、イルザ嬢には正直に名前を明かすことにした。何となく彼女に嘘をつきたくないと思ったのだ。


「アールグレーン? この国の貴族ではないのね。どうりで見覚えがないと思ったわ」


 私が帝国の貴族ではないと知り、イルザ嬢の警戒がさらに緩んだように感じる。


「あの、もしよろしければ公爵閣下の様子を見せていただきたいのですが……ダメでしょうか?」


 せっかく緩んだ警戒心がまた強くなってしまうかも、と思ったけれど、公爵の尋常ではない様子に、私は無理をしてでも確認しなければ、と思う。


「……いいわ。何か企んでいるようではなさそうだし。だけどお父様には一切触れないで。怪しい動きをしたらすぐに取り押さえるわよ」


「はい、わかりました。有難うございます」


 イルザ嬢に許可をもらった私は、眠っている公爵にそっと近づき、先ほど見た胸に渦巻く瘴気を見た。


(これは……大公の時とは全然違うみたいだけど……)


 公爵の胸の瘴気はまるで生きているかのように蠢いていて、まるで彼の生命力を喰らっているかのようだ。

 大公が汚染されていた時と違う状況に、私はどうしよう……と困惑する。


「……っ、うう……」


「お父様……!!」


 こうしている間にも公爵の容態はどんどん悪くなっているように見える。一刻も早く浄化しなければ命が危ないかもしれない。


(……よし! やるしかない!!)


 私は悩んだ末、公爵を浄化すると決心した。


 イルザ嬢には浄化する場面を見られてしまうけれど、目の前で瘴気に苦しめられている人がいるのに放っておくことなんて、私には出来ないのだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

青薔薇姫登場の巻。

電子書籍版限定SSと同一人物に見えない件。(しつこく宣伝)

でも同一人物なんですよ!


次回のお話は

「239 ぬりかべ令嬢、人助けする。」です。



今回は何とか1週間で更新できました!

これからも更新頑張る所存!(信用なし)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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