239 ぬりかべ令嬢、人助けする。
「……ぐっ、ぐうぅ……っ!! がはっ!! ごほごほっ!!」
「お父様……!! しっかりしてっ!! っ、宮医はまだなのっ?!」
再び公爵の口から血が零れ落ちた。顔色も悪く、脂汗が滝のように流れ落ちてく様子に、イルザ嬢が悲痛な声を上げる。
「すみません! 失礼します!!」
一刻の猶予もない緊迫した状況に、私はイルザ嬢との約束を反故にして公爵の胸に手を伸ばした。
そして意識を集中させ、公爵の胸に渦巻く瘴気の浄化を試みる。
「っ! 貴女、一体何を……えっ?!」
手のひらに魔力が集まり、銀色の光が迸った。
聖属性の光が休憩室中を照らし出す。
私の背後でイルザ嬢が驚いている気配を感じる。
彼女はかなり動揺しているらしく、私を公爵から引き剥がす気は無いようだ。
そんなイルザ嬢の様子に、浄化を邪魔されることはないと確信した私は、さらに魔力を公爵の身体に注ぎ込んだ。
私の魔力を受けた瘴気が徐々に小さくなっていく。
だけど瘴気はしつこくて、私の魔力に抵抗するかのように蠢いている。
(くっ……っ! 意外と手強い……っ!)
公爵に取り憑いていた瘴気は、まるで意思を持っているかのようで、今まで見たどの瘴気とも違うものだった。
──かなり手強い瘴気だと思う。けれど、不思議と負ける気はしない。
「えっ……! な、何これ……っ!」
私の聖属性の光にあてられたのか、イルザ嬢にも瘴気が見えているらしい。悍ましい様子に驚愕しているけれど、彼女の声に怯えの色はない。
もしかすると、イルザ嬢はこんな荒事に慣れているんじゃないかな、と頭の隅で思う。
お互い譲り合う気がないからか、聖なる魔力と瘴気がぶつかり合い、白い光と黒い瘴気が部屋中を走り回る。
予想以上に強い瘴気だったけれど、しばらくすると抵抗もなくなり、徐々に小さく薄くなっていき、最後には粒子となってサラサラと消えていった。
「…………ふぅ。何とかなったかな」
今までで一番の強敵だった瘴気を浄化出来た私の心は晴々としていた。
何だか長い間停滞していた大仕事を終わらせたかのようにスッキリとしている。
「い、今のは一体何だったの?!」
「あ、えっと……っ」
イルザ嬢に浄化しているところを見られても構わない、と思って行動したものの、どう説明するか全く考えていなかった。
「お父様の胸から禍々しいモノが出てきたように見えたけれど……。あなたはアレが何か知っているんでしょう?」
「……その、私も詳しくは知らないんですが、おそらく何かの悪意で出来た、意思を持った瘴気じゃないかな、と思っています」
「えっ?! 瘴気?! どうしてそんなモノがお父様に……っ」
私の説明を聞いたイルザ嬢がひどく驚いている。その様子を見る限り、公爵が瘴気に汚染されていた原因を彼女は知らないようだった。
「あの、閣下はお酒をよく嗜まれるのでしょうか?」
「そうね。お父様は毎晩お酒を飲んでいるわ。飲む量は少量らしいけれど……。もしかして貴女、お酒が原因だって言うんじゃないでしょうね?」
イルザ嬢がじろりと私を睨む。
「間接的になりますけど、お酒が原因かもしれません」
私はイルザ嬢の鋭い視線を受け流して言った。
ここで本当のことを説明しても信じてもらえるかわからないし、ヘタをすると私と大公への警戒が強まってしまうかもしれない。出来ればそれは避けたいと思ったのだ。
(今はレンバー公爵家を敵に回すわけにはいかないし、言葉は慎重に選ばなくっちゃ)
「…………」
イルザ嬢がじっと私の顔を見つめている。
私の真意を探ろうとしているのか、目つきは相変わらず鋭い上に無言だから、だんだん居心地が悪くなってきた。
「ちょっと貴女に聞きたいのだけれど、いいかしら?」
(──来たっ!)
私はイルザ嬢の言葉に心の中で身構える。
彼女の目の前で思いっきり聖属性の魔力を使ったのだから、さすがに誤魔化しは効かないだろう。
「何でしょうか?」
「……貴女の国では令嬢たちは全員そんなメイクをしているの?」
「──は?」
きっと聖属性ついて質問されるだろうと覚悟していたのに、イルザ嬢の質問は私の予想の斜め上を突き抜けていた。
「見たところ身に付けているドレスや装飾品は帝国産よね? それなのにそんな厚塗りメイクをしているから、貴女の国独自の因習か何かだと思ったのだけれど……」
イルザ嬢は心の底から疑問に思っているらしい。頬に手を当て、不思議そうに首を傾げている。
「いえ、これはその……っ、私があまり目立ちたくないだけで……」
「そうなの? そんなメイクだと逆に目立つと思うけど」
「でも実際、イルザ嬢以外の人には気付かれませんでしたよ。そんなに目立っていましたか?」
会場に入場した時も、貴族たちの目は全てミーナに向けられていたし、私の方へ視線をよこす人もいなかった。
それなのに何故、イルザ嬢は私に気付いたんだろう?
「そうね。いくら気配を殺していても、貴女が持つオーラはとても特殊だったからすぐに気が付いたわ。まあ、あの場所にいた貴族で貴女に気付いたのは私とお父様と……あとは飛竜師団員ぐらいでしょうね」
「え。オーラが、ですか……?」
「そうよ。自覚がないみたいだけど貴女、騎士の訓練を受けたことはない?」
さっきまでの警戒心はどこへやら、今度は好奇心の方が強くなって来たらしい。
人を斬りそうな鋭い目から一点、イルザ嬢は好奇心たっぷりに目を輝かせ、私を見つめてきた。
「あ、えっと……。そんな訓練を受けたことは無いですね。小さい頃、お母様から少しだけ護身術を教わりましたけど……」
「えっ?! 貴女のお母様が?! ……そこは普通お父様じゃないの?」
まあ、普通はそう思うよね。
でも私の母は大聖アムレアン騎士団に所属していたぐらい強かったのだ。きっとその辺の貴族男性よりも強かったはず。
「はい。私はお母様から指導を受けました。あの、もしかしてイルザ嬢も武芸を嗜んでいらっしゃるのですか?」
イルザ嬢の言葉から察するに、彼女はかなり鋭い感覚を持っていることがわかる。
きっとイルザ嬢もお母様と同じように、女性ながらも剣術か何かを修めているのではないかと推理する。
「私の家門は代々帝国の剣として皇家に仕えてきたの。現に父は騎士団長を務めているわ。そんな関係もあって、私は小さい頃から父に剣術を習っているのよ。……ここ最近は全く指導してもらっていないけどね」
レンバー公爵家は帝国が出来た頃からずっと、騎士団長を輩出してきた家門なのだそうだ。
私は公爵の体格が大きい理由に納得した。貴族男性にしては随分立派な身体だな、と思っていたのだ。……すごく重かったし。
「わぁ……! 剣術を教わっているなんてカッコ良いです! だから研ぎ澄まされた剣のような雰囲気をお持ちなのですね!」
「え? そ、そうかしら。自分ではわからないのだけれど……」
私が尊敬の眼差しで見つめると、イルザ嬢はつんと視線を逸らした。顔は平静を保っているけれど、耳がほんのりと赤いから、照れているのはバレバレだ。
「では、今はイルザ嬢が騎士団を任されているんですか?」
騎士団長であり、国防を担う公爵の体調が芳しくない状態の今、騎士団はかなり緊迫した状態だろう。
そんな状況で騎士団を統率するのはかなり大変なんじゃないかな、と思う。それがこんな歳若い令嬢なら尚更だ。
「騎士団長の娘だからといって、私に権限が与えられるなんてことは無いわ。そもそも私は入団していないしね」
「あ、そうなんですか? てっきり騎士団に所属されているのだとばかり思っていました」
武術のことはよくわからないけれど、雰囲気的にイルザ嬢はかなり強いんじゃないかな、と思う。
「勿論私が男だったら入団していたけれどね。普通女性は騎士団に入団しないわよ」
「……あ」
そう言われれば、王国でも騎士団は男性ばかりだった。
お母様が騎士団に所属していたから、てっきり女性でも入団できると思ってたけれど、お母様の事情が特殊なだけで、大聖アムレアン騎士団は女人禁制だものね。
「騎士団って基本女人禁制なんですか?」
「え? そう言うわけじゃないと思うけど……」
確かに力で女性は男性に敵わないと思う。
でも戦闘に於いて力だけが全てじゃないし、個人の特性を活かせばいくらでも強くなれるはずなのだ。
実際、お母様はお父様が舌を巻くほど強かったと聞いているし。
「女性だからという理由で、実力を発揮する機会が無いのはすごく勿体無いですね。イルザ嬢はかなりの実力をお持ちのようだから、騎士になられたらすっごくカッコ良いのに……」
私は騎士団服を身に纏ったイルザ嬢を想像する。
凛とした雰囲気のイルザ嬢に鎧姿はとても似合っていて、令嬢たちからすごく人気が出そうだな、と思う。
「………………」
私がイルザ嬢の勇姿を想像していると、休憩室の扉がノックされていることに気がついた。
イルザ嬢も何か考え事をしていたらしく、お互いが同時にハッと我にかえる。
「きっと宮医だわ」
「あ、じゃあ私はこれで失礼します。どうぞお大事にとお伝えください」
公爵を運んだらすぐ出ようと思っていたのに随分長居をしてしまった。
「……わかった。今回は助けてくれて本当にありがとう。また改めてお礼をさせてもらうわ」
「いえいえ、どうかお気になさらず! では、失礼します」
イルザ嬢に挨拶した私は宮医さんと入れ替わるように部屋を後にした。
まさかこんなにイルザ嬢と話し込むとは思わなかったけれど、その分彼女とは少しだけど打ち解けたんじゃ無いかな、と思う。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
無事、青薔薇姫と打ち解けた?ようです。
次回のお話は
「240 ぬりかべ令嬢、覚悟を決める。」です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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