231 ぬりかべ令嬢、苦戦する。
貴婦人たちの間で話題の化粧水『クレール・ド・リュヌ』の制作者が私だと知ったミーナが驚き、部屋の中が一時カオスとなった後。
皆んなが落ち着いたタイミングで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「失礼致します。ヴィルヘルミーナ様、ユーフェミア様。お客様がお見えです」
「お客様? お父様のお客様ではなくて?」
「はい。ヴィルヘルミーナ様に呼ばれたとのことでしたので、こちらにご案内させていただきました」
そう言った使用人さんの後ろから、小さい影がひょっこりと顔を出した。
「あっ! マリカ! 来てくれたんだ!」
誰かと思っていたお客様はマリカだった。まさかこんなに早く来てくれると思っていなかったからとても嬉しい。
「まぁ……! マリカ様でしたの?! ようこそおいでくださいましたわっ!!」
「あ、マリカ様だ! おはようございます!」
「……ん。おはよう」
まだ日が昇って少し経ったぐらいの時間だから、きっとマリカは夜明けと同時に起きて、朝一番の馬車に乗って来てくれたのだと思う。
「マリカ、まだ眠たそうだね。ほら、中に入ろ?」
「ん。お邪魔します」
マリカはトコトコと部屋の中に入ると、ちょこん、とソファに座った。ちょっと眠たそうな表情がとても可愛い。
「マリカ様は朝食を召し上がりまして? わたくしたちはまだいただいておりませんの。良かったらご一緒いたしません?」
「いただきます」
マリカは朝食も食べずに来たからお腹がぺこぺこらしい。しかも大公家から連絡が来てすぐ、予定を空けたのだと言う。そのために宮廷魔道具師としてのお仕事を前倒しで終わらせてくれたのだそうだ。
「マリカ、今日はお泊まりできる?」
「ん。迷惑でなければ」
「まぁ! マリカ様に泊まっていただけるなんて! とても嬉しいですわ! 迷惑なわけありませんわ!」
「有り難う。お世話になります」
マリカがミーナにぺこりと頭を下げた。明日はお仕事がお休みの日だったらしく、ちょうど良かったようだ。
「じゃあ、今日は女子会ですね! おやつをたくさん作らないと!」
「素敵ですわ! 楽しみですわ!」
女子会が出来るとなり、マリアンヌが張り切り、憧れていたミーナは大喜びしている。私も久しぶりの女子会だからとても楽しみ。
皆んなで女子会のことで盛り上がっていると、使用人さんから朝食の準備が出来たと連絡があったので、私たちはダイニングルームへと移動する。
ダイニングルームでは先に到着していた大公夫妻が談笑していた。朝から仲睦まじい美男美女夫妻が見られてとても眼福だ。
「お父様、お母様、おはようございます!」
ミーナに続き、私たちも大公夫妻に挨拶した。
昨日はすごくお疲れの様子の大公だったけど、聖水の効果か顔色はとても良くなってる。
「ああ、皆んなおはよう。女の子が多いととても華やかだね」
「本当ね。皆んなとても可愛い。娘が増えたみたいで嬉しいわ!」
大公夫妻に優しく迎え入れられ、席についた私たちは豪華な朝食をご馳走になった。
「ミア嬢、今日の昼前に商団長が来ると連絡があったよ。彼が到着したら同席を頼んでも良いかな」
「はい、もちろんです」
食べ終わったタイミングで大公が話を切り出してきた。
ミーナやマリカは状況がわからないだろうから、後で説明してあげなくっちゃ、と思う。
「商団長には君たちが使えそうなアクセサリーや靴も頼んでいるから。気に入ったものがあれば好きなだけ購入して良いからね」
大公が私たちに向かって言った。好きなだけ、と言われて思わずギョッとしてしまう。
「あ、有難うございます!」
私は戸惑いながらも大公にお礼を言った。ドレスのことといい、色々と気遣ってくれてとても有難い。
今回、大公がお酒だけでなくアクセサリーなども用意してくれたのはきっと、私たちが商談の席にいても不自然じゃ無いように、との配慮なのだろう。
私は用意周到な大公を見て、本当にやり手だな、と感心する。
それから商団長が来るまでの間、皆んなで部屋で待つことになったので、ミーナとマリカに大公のセラーであった出来事を説明した。
「まぁ……! わたくしが倒れた後、そのようなことになっていたなんて! だからミアを同席させるんですのね! 納得ですわ!」
「……セラー見たい」
マリカは職業柄なのか、魔道具が使われている大公のセラーに興味津々だ。やはり宮廷魔道具師なだけはある。
「大公にお願いしたら見せてもらえるかも。あとで聞いてみようね」
「ん。楽しみ」
「あ、あの……っ!」
私とマリカが話していると、ミーナが躊躇い気味に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「……えっと、マリカ様はその……ミアの属性をご存知ですの?」
ミーナは私が聖属性のことを隠していると知っているから、念のために確認してくれたらしい。
「うん、マリカは全部知ってるから大丈夫だよ」
「まあ。そうですのね。安心しましたわ」
これからは気兼ねなく話が出来るとわかり、ミーナがホッと胸を撫で下ろす。私はそんなミーナの気遣いをとても嬉しく思う。
「むしろ無自覚なミア様を戒めてますよね!」
「ん。私の使命だから」
「え」
マリアンヌとマリカが容赦ない。一応これでも気をつけているのに……っ!
私が異議申し立てをしようとした時、執事さんが来て商団長の来訪を告げた。
「大公閣下がお待ちです。応接室へどうぞお越しください」
「はい、わかりました」
私は今日でこの「大公家呪薬事件」を解決させようと、気合を入れて立ち上がる。
「皆んな。何があるかわからないから、気をつけてね」
「わかりましたわ! 商団長が怪しい行動を取ったら即捕縛しますわ! そして情報を洗いざらい吐かせますわ!」
「おお! ミーナ様頼もしいです!」
「ん。デキる女」
マリアンヌとマリカがミーナを賞賛する。ホント、ミーナがいてくれると、私もとても心強い。
「ミーナお願いね。じゃ、行こうか」
そうして私たちは気を引き締めて、大公と商団長が待つ応接室へ向かった。
──結論。商団長はとても良い人で、法国や呪薬と全くの無関係だった。
緊張気味で応接室に入った私たちを迎えたのは、とても優しそうな年配の男性だった。
商団長は私たちを見るなり「これはこれは! なんと美しい令嬢方でしょう……!」と感動の涙を流し始めたのだ。
驚いている私たちに気づいた商団長は「あ、失礼いたしました。私は美しいものを見ると泣いてしまう癖がありまして……」と、恥ずかしそうに言った。
「閣下に依頼されて我が商団の最高級品をお持ちしましたが……。お嬢様たちの美しさを引き立てるには役不足でした……」
商団長はそう言うとしょんぼりとしてしまう。もしこれが私たちを欺くための表情なのだとしたら、ものすごい演技力だと思う。
どんな商品を持ってきたのだろう、と見てみると、どれも一級品でとても可愛いものばかりだった。
それなのに、商団長は後日改めて商品を用意すると言う。
「次はもっと素晴らしい商品をお持ちしますので、少しお時間をいただけませんでしょうか?」
私たちは彼の懇願に近い提案に頷くことしか出来なかった。
ここで断ると彼の商人としてのプライドを傷つけてしまいそうだったからだ。
ちなみに、こうして会話している間に私はこっそりと商団長と、彼が持ってきたお酒やアクセサリー類を浄化してみた。
結果、商団長は呪薬に侵されておらず、商品も汚染されてない綺麗な物ばかりだった。
お酒が安全だとわかると、大公はあれもこれもと購入していた。本当にお酒が好きらしい。だけどミーナのためにも少し控えて欲しいな、と思う。
そうして商談は無事に終わり、商団長も嬉々として帰って行った。
私は商団長が乗る馬車を見送りながら、また振り出しに戻ってしまったな、と心の中でがっかりする。
でも、ここで落ち込んではいられない。それに商団長さんが無実で本当に良かった。
もし彼が黒幕だったなら、彼を信頼する大公はきっと傷つくだろう。それにあの人の良さが演技だったら、絶対人間不信になってしまう。
「……はあ。結局新しい手掛かりはなかったね……」
「でも、正直商団長が無実で安心いたしましたわ」
「ん。ホントそれ」
ミーナたちも私と同じように心配していたみたい。
「ミア様、お疲れ様です」
皆んなで部屋に戻った後、ソファーに倒れ込んだ私にマリアンヌがそっとお茶を差し出してくれた。
「有難う。うん、美味しい……。マリアンヌのお茶を飲むとホッとするよ」
身体の疲れは聖水で取れるかもしれないけれど、精神的疲労は癒せない。だからマリアンヌが淹れてくれたお茶は、私にとっての精神安定剤となっている。
「商団長から手掛かりは見つからなかったけど、お酒が汚染されていたのは確かだから……。大公にもう一度セラーを見せてもらおう」
マリカもセラーの魔道具をみたいと言っていたし、昨日は浄化しただけだったから、もっとじっくりとセラーを調べてみよう、と思ったのだ。
「──またセラーを見たいって? もちろん、いくらでも見て構わないよ」
そして大公から許可をもらった私たちは再びセラーの扉を開けた。
「──っ?! え……っ!? どうして……っ?!」
「ひぃぇえええっ!?」
「これはヒドイ」
「え? え? どうされましたの? 皆さん、何が見えていらっしゃるんですの?!」
私はセラーの中を見て驚いた。同じものを見たマリカやマリアンヌも驚いている。
──何故なら、昨日浄化して綺麗になったセラーが、再び瘴気で溢れていたからだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
次回のお話は
「232 ぬりかべ令嬢、突き止める。」です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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