230 ぬりかべ令嬢、真相に迫る。
私を聖属性持ちだと気づいたミーナが昏倒してしまった。
今はミーナを部屋に連れて行ってくれている大公を、セラーの扉の前で待っているところだ。
「それにしても、立派なセラーでしたね」
「本当にね。たくさんワインがあったね」
基本、ワインのように保存環境に左右されやすいお酒は、環境変化が少ない地下に保存されることが多い。
ワインを最適に保存するには、温度や湿度・振動と光に気をつける必要があるから、大公のセラーは魔道具で環境を整えているのだと思う。
「やあ。お待たせしてすまないね。ミーナならぐっすり眠っているよ」
マリアンヌと話していると、大公が執務室に戻ってきた。
「ミーナも疲れていたんだと思います。今日とても頑張ってくれましたから」
本当にミーナは頑張ってくれた。だから今日はゆっくり寝て、また明日元気なミーナに会いたいと思う。
「それで、セラーなんですけど……。浄化してみていいですか?」
「ああ、もちろんだよ。寧ろこちらからお願いしたいぐらいだよ」
「わかりました。じゃあ、一度浄化してみますね」
ワインに光が当たってもいいのか気になったけれど、大公は気にしないようだった。
私は大公の許可を得て、もう一度セラーの中に入らせてもらう。
「うわ……っ」
セラーの中は先ほどと変わらず瘴気に溢れていた。
こんなに瘴気に塗れた場所に置いていたら、瓶の中のお酒も汚染されているに違いない。
私は手に聖火を纏わせると、セラー中のお酒と瘴気を浄火していく。青白い炎が舞う光景は、とても幻想的だと思う。
「ほぇええ〜〜……!」
「これは……っ!! なんて神々しい光景なんだっ!! 正に闇を浄化し賜う女神様……!!」
何度か浄化しているところを見ているから、マリアンヌは感嘆のため息をつくだけだけれど、初めて見た大公はものすごく感動したのか、私を神格化し過ぎてちょっと……じゃないや。かなりやりにくい。
「……えっと、瘴気は浄化出来ましたけど……。これらのお酒はどこで手に入れたのですか?」
「ああ、それが……。実は私が所有している商団に仕入れさせていてね。私がいつも選んでいるんだが……」
「え……っ。閣下が選んでいらっしゃるんですか?」
「そうなんだよね。酒が入荷したと連絡があったら屋敷に呼んで、良さそうな酒を購入しているんだ」
大公の話を聞いた私は戸惑ってしまう。食材のように紛れ込んでいるのではなく、大公自身で物を選んでいたからだ。
「あの、その商団の人が怪しいとかは……?」
マリアンヌが言いにくそうに質問する。でもそれは誰もが思い浮かべてしまう疑問だと思う。
「無いと思いたいね。だけど、彼も呪薬に汚染されている可能性を考慮しないといけないだろうね」
大公が所有している商団だけれど、実質的な運営はその人が行っているらしい。そんな重要な役を任せるぐらいなのだから、きっととても信頼している人なのだろう。
「じゃあ、一度その人をここへ呼んでもらえませんか? 新しいお酒が欲しいとか何とか言って、お願いして欲しいんです」
「……そうだよね。疑問はすぐに解消しないといけないよね」
もしかしたら、信頼している人間が法国と繋がっているかも、と考えるとすごく怖いと思う。
だけど大公は勇気を持って、事実を明確にすると決めてくれた。
「早速だけど、明日にでも呼び出してみるよ。いくつか酒も持って来させるから、ミア嬢に確認をお願いしたいんだ」
「はい、わかりました」
大公はコレ、と決めたらすぐ動く人だった。大公は執事さんを呼ぶと、色々と指示を出していた。
きっと明日になれば、また新しい事実がわかるのではないかな、と思う。
そうして、大公家に出向した初日である一日目は終了した。
朝早くから大公家に来て、ドレスを着たりケーキを作ったりと、とても濃い一日だったけれど、とても充実した日でもあった。
「ほぇ〜〜。今日はホントに色々ありましたねぇ〜〜……」
用意してもらった貴賓室に戻った途端、マリアンヌはソファーに倒れ込んだ。
マリアンヌはチーズケーキも作ってくれたから、本当に大変だったと思う。
「お疲れ様。今日は大活躍だったね」
「いやぁ〜〜ミア様もお疲れ様でした。何だか思ったよりも早く問題が解決しそうですね」
出向した初日に大きなヒントを得たのは本当に運が良かった。
もしかすると、ドレスが完成するまでに問題が解決するかも。
「大公家の人たちのためにも、早く真相を解明しなきゃね。明日のこともあるし、さっとお風呂に入って寝ようか」
「あ、じゃあ準備してきますね」
「ううん。今日は私が準備するよ。マリアンヌは休んでて」
自分も疲れているのに、マリアンヌがお風呂の準備をするために立ち上がろうとするので、やんわりと断った。
「いや、でも! ミア様にそんなことをさせる訳には……!」
「いいからいいから。それに私が準備したらあっという間だよ」
「へ……?」
私は不思議がるマリアンヌに、何故あっという間に準備できるのかを実践する。
「ほら、こうして聖水と聖火を同時に出すと、お湯をはるのも簡単でしょ?」
ウォード侯爵家でお義母様達から部屋を取り上げられ、屋根裏部屋で過ごしていた時も、こうやってお湯を出して身体を清めていたのだ。
こういう時、多重属性だと便利だな、と実感する。
お湯加減を調節する必要もないし、貯まるまで待たなくていいし。
いつもは気がつけばマリアンヌがお風呂を用意してくれていたから、たまには私もマリアンヌを労ってあげたいと思ったのだ。
「…………いやいやいや、そんな良い笑顔で可愛く言われましても……って言うか、何この贅沢なお風呂っ?! これ法国の人間や神官が見たらショック死しますって!!」
「え、そうかな……?」
「ミア様はいい加減自覚しましょうね。聖水や聖火じゃなくても十分すごいんですからね?」
「……あ、そっか」
つい、いつもの感じで聖属性の魔力を使っていた。別に聖属性じゃなくても良かったのに、うっかりしていたみたい。
「でも、ミア様が私のために準備して下さって本当に嬉しいです! 有難うございます!」
「うん、ゆっくり入ってね。疲れがとれたら嬉しいなっ!」
マリアンヌは嬉々としてお風呂に行った。
そして翌日。
ぐっすり眠ったからか、朝から元気にやってきたミーナにマリアンヌは質問攻めにされていた。
「な、何ですのその神々しさはっ!? 使徒様ですのっ?! 女神様にお使えする使徒様なのですのねっ!! どうしてこんなに髪の毛もつやつやなんですのっ?! お肌もハリがあってすっごく綺麗ですわっ!! もしかして、以前ナゼール王国で噂になっていた化粧水を使っていらっしゃるんですのっ?!」
「えっ?! ミーナは『クレール・ド・リュヌ』を知っているの?!」
私はミーナの口から、ランベルト商会で作った化粧水の話が出たことに驚いた。
……あ、そう言えばランベルト商会は皇室御用達だったっけ。そんな超有名店の商品を、ミーナが知らないはずはないよね。
「そりゃあもう、どこの社交界でも大人気ですわ! だけど生産量がとても少なくてなかなか手に入りませんの!」
「そ、そうなんだ……」
そう言えば以前、ディルクさんが帝国でも化粧水を作りたいと言っていた。きっとまだ生産体制が整っていないのかもしれない。
宮殿に到着した日から会っていないけれど、ディルクさんは元気かな。
「実はわたくし、お兄様からその化粧水を頂いたことがありますのよ! 商会主からわたくし宛に贈られたものでしたけど、それでもわたくし嬉しくて嬉しくて……!! 一日中化粧水を眺めておりましたわっ!! それなのに……っ!!」
当時を思い出しているのだろう、ミーナは悔しそうに取り出したハンカチを噛んでいる。
「お、お母様がわたくしから化粧水を奪いましたのよーっ!! まだわたくしには早いって!! これは自分が使うべきだとか仰って!! わたくし、しばらく泣いて過ごしましたわ……!!」
ミーナはよほど悔しかったのか、ぎりぎりとハンカチを噛み締めている。そのまま噛んでいたら、高そうなハンカチが破れてしまいそう。
「ミ、ミーナ! もうすぐ帝国のランベルト商会本店で生産するみたいだから、そのうち手に入るようになるよ!! だから落ち着いて?」
私が慌ててかけた言葉に、ミーナがきょとん、としている。
「……どうしてそんな商会の秘密をミアが知っていますの?」
「あ! えっと……。実は……」
私はミーナにランベルト商会のナゼール王国にある支店で働いていたことを説明する。
そして、化粧水を作ったのが私だと言うことも。
「………………」
「あ、あれ? ミーナ?」
私の話を聞いたミーナが黙り込んでしまう。もしかして話さなかったことを怒っているのかな……?
どうしよう、と思いながらミーナを見ていると、だんだん顔が赤くなっていくことに気づく。
「……あ、あ……っ」
「え?」
「あり得ませんわーーーーーー!! 貴女の存在自体がもうあり得ませんわっ!! 貴女本当に人間ですのっ?! 一体どうお生まれになったらそんなハイスペックになりますのーーーーっ!! もう驚くことはないと思っていましたのにコレですわーーっ!! 経歴が凄過ぎてもう笑うしかありませんわっ!! おーっほっほっ!!」
「…………」
私は前にも同じことがあったな、と既視感を覚えていたのだけれど。
「そうですよね。もう笑っちゃうしかありませんよね。フフッ」
やーめーてーっ! マリアンヌも同意しないでーーっ!!
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ミーナさん、ご乱心。
次回のお話は
「231 ぬりかべ令嬢、苦戦する。」です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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