229 ぬりかべ令嬢、ヒントを得る。
料理長であるクルセルさんが持っているお酒が、呪薬かそれに似た何かに汚染されていることがわかった。
「やっぱり大公閣下にお聞きしないとダメだよね。でも……」
私はお酒の瓶に纏わりついていた靄の様子を思い出す。
「どうしたんですか? 何か気になることでも?」
「うん……。靄がお酒の瓶に纏わりついていたのが気になって……。いつもは箱の中を開けて確認していたでしょう? だからあのお酒も、本当は垂らす時に気付いたと思うんだよね」
お茶にしろお菓子にしろ、汚染されていたのは実物だった。今回のように外側が汚染されていたのが引っかかる。
「確かに……! お茶の時も茶葉自体が汚染されていましたもんね」
以前の様子を思い出したマリアンヌも不思議そうにしている。
「そういえば、パティシエさんの方はどう? 怪しいところとかはない?」
さっき厨房に行ったのに、パティシエさんのことをすっかり忘れていた。出来れば使用人さんが犯人じゃないと思いたい。
「我が家にパティシエは二人いるのですけれど。どちらも不審な点は無さそうですわ」
使用人を雇用する時にしっかりと身元を調べているだろうし、大公のことだからその辺り抜かりはないと思う。
「じゃあ、やっぱり仕入れている食料に問題があるのかな……?」
さっきミーナに案内された保管庫に置かれていた食材に異常はなかったと思う。
「でも、ヴィルヘルミーナ様と大公閣下は、いくらか差があるとはいえ同じものを召し上がっているんですよね? それなのに汚染レベルに差があるのはおかしくないですか?」
「あ、本当だ! ……ということは、大公だけが好む食べ物が──まさか、お酒?!」
マリアンヌの言葉がきっかけで、呪薬を見つけるヒントを得た気がする。
「きっとそうですよ! あの時の焼き菓子に風味付けでお酒を入れたのかもしれません!」
「まぁ……! 確かにお父様はお酒を嗜まれますわ! きっとお酒が原因ですわ!!」
私たちは大公が呪薬を摂り続けていた原因に思い至る。
「こんなに早く手がかりが見つかるとは! 『三人寄れば文殊の知恵』っていいますもんね!」
「え? 何ですの? モンジュ……?」
「あ! えっと、それは……三人集まって相談すれば素晴らしい知恵が出る、っていう意味です、はい」
「まぁ! マリアンヌは博識ですのね! 初めて知りましたわ!」
ミーナがマリアンヌを尊敬の眼差しで見ている。スイーツのこともあって、マリアンヌに対する評価がものすごく上昇しているのがよくわかる。
「それで、どうする? 他のお酒も確認してみる? このままだとクルセルさんも汚染が進んじゃうかもしれないし」
もし本当にお酒に呪薬が仕込まれているのなら、一刻も早く取り除かなければならないと思う。
「そうですわね。じゃあ、お父様がお戻りになられたら、執務室のセラーを見せていただきましょう」
「え? セラーが執務室にあるんですか?」
セラーとは、ワインなどのお酒を保存するために作られる貯蔵庫だ。さっき行った食料保管庫のように、普通は地下室に作られる。
そんなセラーが執務室にあるというから、マリアンヌも不思議に思ったのだろう。
「そうですの。執務室の隣に特別な部屋を作っておりますの。わざわざ地下から持ってくるのも何かと面倒でしょう?」
さすが大貴族ともなれば、お酒のための部屋を用意するぐらい何の問題もないらしい。
「じゃあ、大公閣下が戻られたらセラーを見せてもらおう」
ものすごく大きな手掛かりを掴むことができて、私の心が少しだけ軽くなる。
マリウスさんが引き受けてくれたから大丈夫だと思うけれど、やっぱりハルのことが気になっちゃうし。なるべく早く宮殿に帰りたいと思う。
それから私たちは大公が帰ってくるまで、ドレスのことで相談し合った。
マリアンヌのサイズを測ったり、アクセサリーや靴をどれにするか選びながら待っていると、あっという間に時間が過ぎていく。
そうして私たちは大公の帰りを待っていたけれど、夕食の時間が過ぎても大公は帰ってこなかった。
「ヴィルヘルミーナ様、ご主人様がお戻りになられました」
結局、大公が屋敷に帰って来たのは夜が更けてからだった。
「お父様……! お帰りなさいまし!」
「…………ただいま。……………………はぁ。本当に疲れたよ…………」
よほどマリウスさんにこき使われたのか、大公がげっそりして椅子に腰掛けている。
項垂れている姿を見ると、以前より少し老けたような……? 気のせいかな?
「燃え尽きている……! 真っ白に……!」
マリアンヌも疲れ切った大公を見て驚いている。容赦ないマリウスさんに恐れ慄いているようだ。
「閣下、お疲れ様です。お帰りなったばかりなのに申し訳ありませんが、後ほどお時間をいただくことは出来ますでしょうか? その、セラーを拝見させていただきたいのです」
私は大公に聖水が入ったグラスを差し出した。聖水で身体の疲労は取れるかもしれないけれど、精神的疲労までは癒せない。
「……ああ、勿論だよ。落ち着いたら使用人に呼びに行かせるから、しばらく待っていてくれるかな」
「はい。有難うございます。……あの、くれぐれもお酒はお飲みにならないよう、ご注意願います」
「っ! ……ああ、わかったよ」
大公はしっかりと頷いてくれた。私の意図をきちんと汲み取ってくれたらしい。
それから待つことしばらく、使用人さんが私たちを呼びに来てくれた。そしてそのまま大公の執務室へと案内される。
「ご主人様、ヴィルヘルミーナ様とお客様がお越しです」
「入りたまえ」
大公の許可を得た私たちは、使用人さんに重厚な扉を開けてもらい、部屋の中へ入っていった。
「お父様、失礼いたします」
一級品で整えられた執務室は格式がある落ち着いた部屋だった。
その奥に置かれている飴色の、重厚な机のそばに大公が立っている。
「ああ、よく来たね。そこのソファーに掛けなさい」
「有難うございます」
大公に促された私たちは、一目見て高級品だとわかるソファーに腰掛けた。優しく体を受け止めてくれるような程よい柔らかさに、さすが大公家御用達だなと思う。
「それで、セラーが見たいんだって? 酒に手掛かりがあるってことかな?」
「はい。今日ミーナと厨房へ行ったのですが、その時に──」
私は今日あった出来事を簡単に説明した。そしてクルセルさんが持っていたお酒のことも。
「……うぅむ。なるほど、そうだったのか。わかったよ。じゃあ、早速見てもらおうかな」
立ち上がった大公と一緒に、執務室の奥にある扉の前に移動する。
そして大公が扉を開けた瞬間、部屋の中に黒い靄が充満しているのが視えた。
「……っ?! こ、これは……!!?」
「ぎゃぁっ?! な、何ですかこの部屋っ?!」
結構広い部屋のはずなのに、私の目には黒い靄が視界を遮っているように映る。
「ど、どうされましたの?! 何かありますの?!」
「セラーに一体何が……?」
黒い靄が見えない大公親子は、私たちの反応に恐れ慄いている。でもこの光景は見えない方が幸せなんじゃないかな、と正直思う。
「……っ、すみません。私も驚いてしまって」
私は深呼吸して落ち着くと、大公親子に視えたものを説明した。
「ここが汚染されているだって?!」
「もしかすると、汚染されたお酒が紛れているのかもしれません」
全部かどうかわからないけれど、セラーの様子を見るに、結構な量のお酒が汚染されているように見える。
「いちいち汚染されているお酒を探すのも手間ですし、全部のお酒を一気に浄化した方が手っ取り早いかもしれません」
「はぁ?! ここにあるすべてのお酒を?! そんなことが可能なのかい?」
「浄化?! ミアは浄化出来ますの?! それって……、あ!」
そういえばまだミーナに私が聖属性を持っているということは秘密にしていたんだっけ……。
本当はミーナに危険が及ばないように、伝えなかったのだけれど。
「黙っててごめんね、ミーナ。実は私──「聖女様ですの?! ミアは聖女様ですのねっ!?」……って、ええ……? そうなる、のかな……?」
聖属性を持つ人間をすべて聖女と呼ぶのかどうか、私はよく知らないので返事に困ってしまう。
「そうだよミーナ。ミア様は聖女……いや、大聖女様だよ!」
「まあぁ!! 大聖女様……!! すごいですわっ!! 只者じゃないとは思っていましたけれど予想外過ぎますわっ!!」
……何だか大公親子がすっごく盛り上がっている。キラキラとした瞳で私を見る姿はそっくり親子だ。
「大聖女様が、わ、わた、わたくしのお友達……っ?! おっ恐れ多いですわぁあああっ……!!」
「ミ、ミーナっ?! しっかりしてっ!!」
感極まったミーナがふらっと倒れそうになる。「おっと」と大公がミーナを抱き止めてくれて助かったけれど、ミーナは気絶しながらもその顔には恍惚とした表情を浮かべている。
「……ありゃりゃ。ミーナ様気絶しちゃいましたね。よほど嬉しかったんでしょうね」
慌てふためいている私とは違い、マリアンヌは冷静だ。何だか慣れているような?
「私はミーナを部屋に寝かしてくるよ。少し待っていてくれるかい?」
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いします」
大公はミーナを抱き抱えると、部屋から出ていった。
とりあえず浄化するのは大公が戻ってからにしようと思う。
「ミーナ大丈夫かな……」
「嬉しさのあまり、感情が昂ったのでしょうけど、疲れも溜まっていらしたんじゃないですかね?」
「そっか。今日は色々あったもんね」
ドレスを選んだりスイーツを作ったり、今日はとても濃い1日だったと思う。
「うーん……。予想はしていましたけど、やはりヴィルヘルミーナ様もでしたね」
マリアンヌが真面目な顔をしている。眉間に皺を寄せて考え込んでいるから、すごく重大な問題が発生したのかも。
「え? どうしたの? 何か心配事でもあるの……?」
いつになく真剣な顔をしたマリアンヌの様子に、私もだんだん不安になって来た。
「……いや、いくらヴィルヘルミーナ様が大貴族のご令嬢でも、聖女ユーフェミア騎士団雑用係の座は譲れないな、と思いまして」
「…………」
その話、本気だったんだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
大公一家陥落、です。
次回のお話は
「230 ぬりかべ令嬢、真相に迫る。」です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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