61 ぬりかべ令嬢、ちょっと本気を出す。

 ディルクさんが取り出した石は、蒼く澄んだ綺麗な魔石だった。


 うわぁ……! すごく綺麗な石! まるでハルの瞳みたい……!


「えっと、これは特注で作ると言う事ですか?」


「うん、どうしても必要なんだ。悪いけど、お願い出来るかな?」


 ディルクさんは店長なのだから、お願いで無くてそう指示すれば良いのに……。

 それでもそうせず、相手を尊重出来る人だから、皆んなついていくのだろう。

 本当にディルクさんは優しいな、と思う。


「はい、大丈夫です!」


「あ、魔力を流す時はなるべく強くお願いしたいんだ。いつもと逆の事を頼んで悪いんだけど」


 いつもやり過ぎで怒られるのに、今回は気にしなくて良いんだ……うーん、珍しい。


「ミアさんが守りたい、と思う人へ贈るつもりで作ってくれたら良いよ」


 私が守りたい人……一番最初に思い浮かぶのはやっぱりハルなんだけれど……。それでも良いのかな?

 それともお父様? お屋敷の皆んな? デニスさんとダニエラさん達は元気かな……。って、思考が逸れちゃった。えーっと、お守りお守り!


 結局、守りたい人となるとどうしてもハルの事を考えてしまうので、許可も貰ったし思いっきりやってみることにした。


 ハルを苛む、全てのものからハルを守ってあげたい。

 私の持てるもの全てで、ハルを守り続けたい。


 ──どうか、ハルの笑顔を守れますように──


 そんな私の願いを籠めたからか、魔石が強く光りだした。

 光が虹色の光輪となって、魔石の周りを回転しながら変化していく。

 その光が見たことも無いような魔法陣を描いたかと思うと、光が魔石に吸い込まれていく。

 光が収まった魔石を見ると、蒼い魔石の中に無数の光が煌めいていて──まるで天を流れる星の川の様だった。


 ……いくら強力なお守りを、と言われたとしても、これって大丈夫なのかな……?


 恐る恐るディルクさんとマリカを見ると、二人とも表情が抜け落ちたようになっていた。


「あの……」


 私が声を掛けると、ディルクさんとマリカはハッとなって正気に戻ってくれたけど、またやりすぎちゃったかな……。


 ディルクさんに何を言われるかビクビクしていると、意外な事に何も言われなかった。


「ああ、ごめんね。次はこの紐で編んで貰えるかな?」


「それは勿論、良いですけど……その魔石で大丈夫なんですか?」


「……まあ、今回はむしろコレぐらいが丁度良いかもね」


 ディルクさんが苦笑いしながらもそう言ってくれたから、私は気にする事をやめて、紐を編んで行くことにした。

 勿論、ハルの事を想いながら編んだのは言うまでもない。


 私が編んでいる横で、マリカとディルクさんが楽しそうに会話をしている。

 私が見る限り、二人はもうすっかり恋人同士なのだけど……まだお互い想いを伝えていないのよね。


「マリカ、そのブローチどうしたの?」


 はっ! ディルクさんが集音の魔道具に気が付いちゃった!?


「ミアとお揃い。友達記念」


「ははは。仲が良いね」


 ディルクさんが<鑑定>を使っていたら魔道具だとバレたかもしれないけれど、どうやらいらない心配だったみたい。

 しかしマリカ上手く言ったなあ。嘘はついていないもんね。


 しばらくして完成したお守りブレスレットを、ディルクさんは大切に箱に入れ、「どうもありがとう、助かったよ」と言って持って行ってしまった。


 ……よく考えたらあのお守り、ハル以外の人に効果が有るのかなと今更ながらに気が付いた。

 でもディルクさんは何も言わなかったし……大丈夫だろう……きっと。


 とりあえず念の為、あのお守りを付ける人が無事でありますように、付けたらちゃんと発動しますように……とこっそり祈っておいた。


 ディルクさんが去っていった後、マリカが何やらゴソゴソしているなと思ったら、魔道具のブローチを触っているところだった。


「マリカ、何してるの?」


「ディルクの声を集音してみた」


 マリカはさっきのディルクさんの声をこっそり集音していたらしい。

 なんて抜かり無いの……! 全然気付かなかった!


 ブローチにマリカが魔力を流すと、先程のディルクさんとの会話が流れ出した。


『マリカ! どうしたの……って、ああ、嬉し泣きだね。スイーツ美味しい?』


『……おいちい』


 わあ! 凄い! 本当に声が記録されている!! しかも最初から!!


「マリカ凄い! 大成功だね!!」


「ん。嬉しい」


 マリカはじっとブローチから流れ出る声を聴いている。ふふ、可愛いな。


『どうもありがとう、助かったよ』


 最後のディルクさんの声が再生された後、マリカが魔力を切った。


 マリカは頬をピンク色に染め、とても満足そうな表情をしている。ほくほく顔だ。予想通りの成果が得られてとても嬉しいんだろうな。


「そう言えばミア」


 先程の表情から一転して、マリカが真面目な顔になる。


「え……? な、何かな……?」


 つい条件反射で怯えてしまうのは、これが何回も繰り返された事だからだろう。


「さっきのブレスレット」


 あ、はい。やっぱりその件ですか。

 ディルクさんが何も言わなかったから、てっきり大丈夫かな、と思ったんだけど……。

 やっぱりマリカがよく言う「アカンやつ」だったのかな……?


「ミアは、何を想いながら魔力を込めたの?」


 ……え? 何を想って……?


 意外な質問に一瞬ぽかんとしてしまったけど、思い出すのはハルの瞳とよく似た青色で。


「私が『守りたいもの』って、ハルになっちゃうの。お父様やお屋敷の皆んなの事も考えたけど、結局最後に行き着くのはハルで……。石の色がハルの目の色と一緒だったからっていうのもあるかもしれないけど」


 私がとっかえ支えそう言うと、マリカがふっと微笑んだ。


「多分それが狙い」


「え?」


 マリカが何か言ったけど、その声は小さくて、私にはよく聞こえなかった。


「ミアの想いはちゃんと届く」


 マリカが抽象的な事を言うけれど、その言葉は確信めいていて、本当に私の想いがハルに届きそうな気がしてくるから不思議だ。

 

「二人には決して解けない絆がある」


 もしかしてマリカは私を慰めてくれているのかな……?


「……うん。そうだと良いな。ありがとう、マリカ」


 もう一度ハルに出逢うまで、心は強くありたいと願っているのに、逢えない時間が増えて想いが募って行くほどに、私の心はどんどん弱っていく気がしていた。

 そんな私にマリカは気付いたのかもしれない。


「ハルに逢いたいな……」


 ぽつりと、心から弱音が漏れる。心が負けそうになる。

 

 それでも……。


 いつの日も、どんな時も、ずっとハルのことを想っている。

 たとえ時間が何もかも変えていったとしても、ハルを想い続ける事が、今の私の全てだから。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ミアさん我慢の限界カウントダウン状態です。


次のお話は

「62 闇に囚われた者」です。


ここからしばらくはランベルト商会の出番ないです。

67話までそれぞれの視点が入りますので、

すみませんがお付き合いいただけたら嬉しいです。


どうぞよろしくお願いします!

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