152 ぬりかべ令嬢、初めて宿に泊まる。2

 モブさん達の紹介が終わったら、次はランベルト商会の人達を紹介して貰う。


「えっと、次はうちの商会の人間なんだけど」


 横に並んだ五人の男女を指して、ディルクさんが紹介してくれた。

 まず最初に紹介されたのはレオさんと云う名前の初老の男性で、副店長のエッカルトさんを補佐していた人だそうだ。


「レオと申します。そう言えばユーフェミア様とは顔を合わせた事はありませんでしたね。私はいつも事務室にいましたが、ユーフェミア様のお話はよく聞かされていましたから、初対面という感じがしませんね」


 そう言って笑うレオさんは白髪に、同色の口髭を蓄えた気のいいおじいさんといった風貌だ。


「レオは長い間ランベルト商会で働いてくれていてね。僕がナゼール王国に出店する事が決まった時に一緒に付いて来てくれたんだ。でもそろそろ帝国に戻ってゆっくりして貰いたくてね」


 レオさんはディルクさんにとってお目付け役兼教育係の様な人らしい。ずっと働きづめだったので、これを機に帝国で隠居生活をして貰う予定なのだとか。


 そして次は眼鏡を掛けたリシェさんと云う名前の女性だ。


「私はランベルト商会で主に経理を担当していましたので、レオさんと同じくユーフェミア様とは初対面ですわね。どうぞよろしくお願い致します」


 栗色の髪の毛を纏め、眼鏡の縁をくいっと上げて微笑むリシェさんは、いかにも仕事が出来そうで、とても賢そうな雰囲気の人だ。でも、微笑むと固そうな雰囲気が柔らかくなって、とても可愛らしい人だなと思う。


 リシェさんの次はマリアンヌと同じくらいの年齢の女性、ラリサさんだ。ラリサさんとは何回か食堂で顔を合わせた事がある。


「ミアさ……失礼しました。ユーフェミア様とは何度かお会いした事がありますが改めまして、ラリサと申します。私は雑用を仰せつかっていますので、御用がありましたら何なりとお申し付け下さい」


 ラリサさんには今まであだ名で呼ばれていたから、改めて本名で呼ばれるととても寂しく感じてしまう。


「ラリサさん、それと皆さんにお願いなのですが、私の事は『ミア』と呼んで貰えませんか?」


 だから私はこの旅に同行する皆んなにあだ名で呼ぶ事と、平民のように扱って貰えるようにお願いした。皆んなは貴族が相手だからか、戸惑っていたみたいだけれど。


「僕はミアさん呼びだし、マリカに至ってはミアって呼んでいるしね。別に良いんじゃないかな? それになるべくミアさんが貴族だと言う事は周りに知られない方が良いだろうし」


「殿下からもユーフェミア様の望みは危険な事以外なら何でも叶えるよう仰せつかっておりますから。これからはミア様と呼ばせていただきます」


 ディルクさんとモブさんが了承してくれたので、その流れで他の人達も頷いてくれた。本当は様付も遠慮したいけれど、これだけは譲れないらしい。


 後は馬車馬や馬車の手入れと御者を兼ねてくれるフォンスさんとニックさんだ。二人は荷物の運搬を担当していたらしい。


「ワシはあちこち走り回ってますからな。道には詳しいですよ」


「俺も色んな街や国に出向くから、こう見えて結構物知りですよ。買い物する時はおすすめの店をお教え出来ますので、お声掛け下さい」


 おお! おすすめのお店を教えて貰えるのは有り難い! 良い品があったらお父様達に買って行きたいな……それとハルにも。


 そうして同行してくれる人達の紹介が終わった。気さくで頼りになる人達ばかりで、安心して旅が出来そうだ。


 それから部屋割りなのだけれど、私とマリカが二人部屋で、マリアンヌとリシェさん、ラリサさんが三人部屋、ディルクさんとレオさん、フォンスさんとニックさんがそれぞれ二人部屋で、師団員の人達三人も同室となっている。


「じゃあ、部屋に荷物を置いた後は食堂に集合でいいかな?」


 ディルクさんがそう言って一旦解散すると、私はマリカ達と手配して貰った部屋へ向かう。

 マリアンヌが扉を開けると、そこは品の良い調度品で纏められている、落ち着いた雰囲気の部屋だった。


「わあ……! 広くて綺麗な部屋だね! 派手でキラキラしている部屋だったらどうしようと思ったけれど、余計な心配だったみたい」


 街で一番の宿だと聞いていたから、すごく高級感が漂っている部屋なのでは、と思っていたけれど、この部屋ならゆっくり出来そうだ。

 マリカも興味深そうにきょろきょろと部屋を見渡している。


「この宿の一番良い部屋はこの部屋よりもっとゴージャスだそうですよ。でもそんな部屋に泊まっちゃうと貴族だと自己紹介しているようなものですからね。敢えて部屋のグレードを落としたとお聞きしました」


 マリアンヌが教えてくれた話になるほど、と思う。防犯がしっかりしていると言う宿なら、どの部屋に泊まっても安全だものね。わざわざ高い部屋に泊まる必要は無いのだ。


 私達は荷物を置いて、お手洗いや浴室などの部屋の設備を確認した後、待ち合わせの食堂へと向かう。すると、既にディルクさん達の姿があったので、私は「お待たせしてすみません」と声を掛ける。


 私達に気付いたディルクさんは「皆んな来たところだから」と言った後、私達に部屋の感想を聞いてきた。


「ミアさんにマリカ、部屋の方はどうだった? あまり豪華な部屋は嫌だろうと思って、敢えて一般向けの部屋にしたんだけど」


「はい! 私には勿体無いぐらい、とても素敵な部屋でしたよ」


「問題ない」


 私達の返答に、ディルクさんは「なら良かったよ」と、安心した様に微笑んだ。

 いつも気を配ってくれているディルクさんには感謝しか無い。


 全員揃ったところで少し早いけど夕食をとる事になり、案内されたテーブルにつく。まだ時間が早かった事が幸いして、全員が一箇所に集まれる程の広さの個室を借りる事が出来た。

 通常、主人と使用人はそれぞれテーブルを別々にするそうだけれど、今回の旅に限っては細かい主従関係等の括りは撤廃する事になった。だから人目がある街中などではディルクさんも見習い従業員を装うそうだ。

 皆んなで身分を偽って旅をするなんて、貴重な体験だよね!


 出発してまだ間もないのに、初めて経験する事ばかりでドキドキする。


 きっと、この旅で自分の世界は更に広がるだろうという予感めいたものを感じ、私の期待は膨らんでいった。



* * * * * *



お読みいただき有難うございました!

ランベルト商会の未登場キャラ達でした。


次のお話は

「153 ぬりかべ令嬢、ハルの状況を聞く。1」です。

皆んなが気になるハルの状況です。


更新はTwitterの方でお知らせしています。

次回もどうぞよろしくお願い致します!

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