141 ランベルト商会会議室にて(ディルク視点)

 ミアさんがウォード侯爵家に帰った後も、研究棟メンバーで引き続き話し合う。


「ニコ爺、リク。今の状況をどう思う?」


 二人がもたらしてくれた法国の情報は、かなり有益な情報だった。その情報と僕が把握している情報を照らし合わせると、これからの法国の動きが見えてくる。


「ミアちゃんの手前、軽く流してもうたが実際の状況はかなりマズイと思うぞい」


「だよね〜。百年以上封印していた聖櫃を開放するなんて〜。良く列聖省の長が許可したよね〜。友達も興奮していたよ〜。生きている内に見る事が出来て嬉しいってさ〜」


 秘礼神具を使用するだけであれば、各聖省の長を招集する必要はない筈なのに……。

 敢えて長を招集したのには、何か重要な理由があるのだろう。


「法国は今、獣王国と一触即発状態だよね。そんな状況で神具を開放したとなると、考えられるのは『聖獣』への対抗策か……」


 法国は純血主義が根本にあるから亜人や獣人の存在を認めてはいない。だから神からの御使いと言われている『聖獣』ですら忌むべき存在と考えられている。

 もし、獣王国に於いて精神的支柱となっている『聖獣』に何か有れば……それは獣王国にとって存亡の危機になり得るのだ。


「法国は『聖獣』を封じるつもりかのう? 何とまあ、畏れ多い事を……」


「う〜ん、でも『聖獣』はかなり強いらしいよ〜? 神具があっても簡単には傷つけられないと思うけど〜」


 リクの言う通り『聖獣』はただ神通力があるだけでは務まら無い。同時に強さも持ち合わせないと獣王国では認められないし敬意も払ってもらえない。獣王国では強さが最重要視されているからだ。


「じゃあ、長が招集されたのは騎士団を動かす為かな? でも、『聖獣』とやり合える騎士団って……第三位の聖オリフィエル騎士団以上じゃないと難しいよね」


「じゃが、『聖獣』に手を出したりしたら、正義の騎士団の名折れじゃないかの?」


「そうだよね。法国が聖騎士の手を汚させる訳無いよね。……じゃあ、僕の考え過ぎだったのかもしれないな」


 僕がこの話を終わらせようと思った時、マリカが不意に呟いた。


「秘匿されている黒騎士団」


「「「…………!?」」」


 法国の黒騎士団? 噂は聞いた事が有ったけど、実在していたのか……!


「マリカ、それってまさか──!」


「ん、ニセアードラーから」


 マリカの言うニセアードラーとは、名前を言ってはいけなかったあの人、アードラー伯爵の事だ。本当の名前が言いにくいから、とマリカはそう呼んでいる。


 今、そのニセアードラーは帝国へ移送されているが、彼は裁判が終わった後、帝国預りとなりレオンハルト殿下主導のもと尋問されている。

 その時マリカも極秘に召喚され、ニセアードラーの尋問に参加したらしい。


「ハルと一緒に<呪術刻印>を改造した」


 ……。

 

 最近のマリカはレオンハルト殿下とよく一緒にいるな、と思っていた。

 ミアさんの様子を見に来ていた殿下とマリカが、部屋で何かをしていたのは気付いていたけれど……まさかそんな事をしていたなんて。


 マリカはニセアードラーに拐われた時、エフィムから<呪術刻印>について説明を受けたらしい。<呪術刻印>が書かれた魔導書はあの騒ぎで失ってしまったけれど、マリカはその内容を暗記しているという。

 ……その事でマリカの存在は絶対、法国にバレる訳にいかなくなってしまったが。


「それって法国で<禁呪>指定されているよね? 大丈夫なの?」


 教会聖省の警隊に知られると拘束されてしまう危険があるのに……。

 マリカと殿下は術式について熱く語り合える仲らしく、普段は無口なマリカが熱弁しているのを見て驚いた。


 二人は同じ<魔眼>の持ち主だし、魔法についての造詣も深いから、話題が尽きる事は無いのは理解できるので、仲が良いのは仕方がない。

 それに殿下にはミアさんという最愛の人がいる……だから、二人が恋仲になる事はないと思うけれど……。

 殿下は性格も良くて見目麗しく、魔法の天才で超大国の皇太子だ。もしマリカが殿下を好きになってしまったら、とても僕ではかなわないだろう……そんな事を思うと、チクリと胸が痛む。


「私はアレの教徒ではない。大丈夫」


「……まあ、理屈ではそうだけど」


 法国が<禁呪>指定しているとは云え、ここは法国ではないし、僕達はアルムストレイム教徒でもない。だから法国が僕達に手を出す事は出来ない筈、だけど……。


 だからと言って法国がそんな危険なものを放置する訳がなく。表から手を出せない場合は裏から手を回して制圧する、そのための組織──それが、マリカの言う黒騎士団なのだろう。


 何処の国にも暗部や諜報部が存在するのは誰もが知っている事だけど……人々に信仰の大切を説き、清廉潔白であるべきと教える法国に裏の顔があるなんて、二重規範もいいとこだ。


「じゃあ、『聖獣』を屠る事が出来る実力を持つ黒騎士団が存在していて、その力を行使するのなら──……」


 ……それはかなり不味い状況なのではないか、と思い至る。


「これは帝国行きを早めた方が良いかもしれないね」


 ミアさんには一週間後と伝えたけれど、念の為今からでも準備を進めておこうか。


「三人も居なくなるとはのう。寂しくなっちゃうのう……」


「そうだよね〜八年以上も一緒に居たからね〜。寂しいね〜」


 ニコ爺とリクにはこの店の立ち上げ時からずっと助けて貰っていたから、僕としても寂しさは拭えない。


「でも〜、ディルク達が頑張って大きくしたこの店は残った皆んなで守るからね〜。ここは僕達にとっても大切な場所だから〜」


「そうじゃな。ディル坊が儂等を信じて預けてくれるんじゃ。寂しがってばかりじゃおれんわい。儂等も準備を手伝うぞい」


「二人とも……! ……有難う」


 二人がそんな事を思ってくれていたとは思わなかった。その気持がとても嬉しい。


「マリカも帝国で頑張るんじゃぞ? 応援しとるからのう」


「マリカ頑張ってね〜。アメリアも寂しがると思うけど、僕達も頑張るよ〜」


「……うん。頑張る」


 それから僕達は予定を繰り上げて帝国に行くための準備をした。レオンハルト殿下からお借りしている師団員にも連絡し、何時でも出立出来るよう待機して貰う。

 ミアさんには明日早めに連絡をとって、可能ならば予定の変更をお願いしよう。


 ふとマリカの方を見ると、少し不安そうな表情をしている。マリカも皆んなと離れるのが不安なのだろう。


「マリカは大丈夫? いきなり予定を変えてごめんね。不安にさせたかな?」


 僕の言葉に、マリカは首をふるふると振ると、僕の服の裾をきゅっとつまむ。


「ディルクと一緒なら、怖くない」


「…………」


 マリカのそんなしぐさと言葉に、先ほど感じた胸の痛みがすうっと癒えていく。


「じゃあ、怖がる事が無い様に、僕がマリカを守るからね」


 僕がそう言ってマリカの頭をそっと撫でると、マリカが嬉しそうに頬を染めて微笑む。


 ──世界中でただ一人、僕だけが知っているこの笑顔を守りたい。

  そのためなら、どんな事でも頑張れそうな自分に、僕は苦笑いした。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


甘々が無いと言ったな。アレは嘘だ!( ー`дー´)キリッ

……と言ってもミアとハルじゃないからあながち嘘でもないのですが。

二人がいなくても、甘々要員は他にも居るのでご安心を!(鬼畜顔)


次のお話は

「142 ぬりかべ令嬢、決意する。」です。

何を決意するのかはご想像におまかせします。


改稿作業と本業に追われて近況ノートに書く余裕(気力)が無いので、こちらでお礼を。

拙作に☆や♡、フォロー下さる皆様、本当に有難うございます!励みにしてます!


あ、名前の方、漢字にしていますがはまた戻すと思いますのでお気になさらず。


しばらくは週2更新になりますが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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