142 ぬりかべ令嬢、決意する。
ハルとお別れをして、ランベルト商会で皆んなと話した次の日の朝。
珍しく慌てた様子のダニエラさんが、まだ眠っていた私を起こしに来た。
「ユーフェミア様! 旦那様がお呼びです……! 王宮から緊急の呼び出しがあったそうです!」
「……王宮から?」
朝早くに王宮から呼び出しだなんて……。一体何があったのだろう?
私が胸に嫌な予感を抱えながら、急いで支度をしてお父様の元へ行くと、お父様が珍しく緊張した顔で待っていて、「今から王宮に向かうから」と言い、慌ただしく馬車へ乗り込んだ。
馬車の中でお父様にどうしたのか聞いてみたけれど、「王宮についてからにしよう」と言われ、仕方無く黙っている事にした。
結局、お父様も私も言葉を発しない内に王宮に着いたけれど、何だか様子がいつもと違う事に不安になってくる。
馬車の中の暗い雰囲気のままに、お父様と一緒に王宮の回廊を歩くけれど、城内は先日の舞踏会の華やかな雰囲気は微塵もなく、重々しい空気が流れている。
そうして奥にある部屋に辿り着くと、そこは宰相閣下の執務室だった様で、中は物々しい雰囲気が漂っていた。
「……ああ、ウォード侯爵にユーフェミア嬢。朝早くからお呼び立てして申し訳ない」
宰相閣下の後ろにはエリーアス様もいて、いつもより険しい表情をしている。
そんなエリーアス様は私の方へやってくると、重々しく口を開いた。
「ユーフェミア嬢、単刀直入に言います。明け方、帝国のマリウス殿から緊急の連絡が入りました。その内容は……レオンハルト殿下が何者かに襲われ、意識不明の重体に陥った、と……」
エリーアス様の言葉に、一瞬頭の中が真っ白になる。
──え? ハルが……? 意識不明……? 重体……?
「……っ、あ……あの、一体どうして……?」
何とか声を絞り出し、エリーアス様に聞くけれど──。
エリーアス様は苦々しい表情で首を振り、「……わかりません」と言葉を零す。
「命に関わる怪我なのですか? ポーションの類はもう使用済みですよね? それでも怪我は治らなかったのですか?」
お父様が宰相閣下に尋ねると、彼は悲痛な表情で告げた。
「勿論、出来うる限りの事をしたそうだが……負傷した身体は癒やされたのに、一向に意識が戻らないそうだ。どうやら呪いの類を受けたらしく、このままでは命が──」
宰相閣下の言葉がとても遠くに感じられて、頭が全く働かない。そのかわりなのか、まるで心臓がえぐられたかのように胸が痛くてたまらない。
──ハルが死んでしまう──
働き出した頭の中にその考えが浮かんだ瞬間、目の前が真っ暗になって──私はショックのあまり、意識を手放したのだった。
* * * * * *
闇に閉ざされた世界で何も見えず、何も感じず、ただ自分の意識だけが暗闇の中に存在している、そんな不思議な感覚だった。
──穢れに襲われて、死にかけていた時の記憶を夢で見ているのかな……?
私は何故か、今見ているのが夢だと自覚していた。だからなのか、混乱する事無く、心は意外と落ち着いている。
あの時私が絶望しなかったのは、お母様の言葉とネックレスがあったから。形見のネックレスが私をハルの指輪まで導いてくれたからだった。
そして指輪のおかげで無事に完治したのに、どうして私は再び此処にいるの……?
『レオンハルト殿下が何者かに襲われ、意識不明の重体に──……』
ふと、エリーアス様の声が記憶の中に蘇る。
──ああ、そうだ。私はハルを失うかもしれない恐怖で卒倒してしまったのだった。
ハルを失ってしまったら、私は今度こそ絶望してしまうのかもしれない。その時はきっとお母様の助けは無いのだろう、という事が不思議とわかる。
でも、お母様は私が幸せになる為に命を懸けてくれた。それにお父様だって私の為に長い間苦しんで、我慢してくれていた──だったら、私は絶対幸せにならなくちゃいけない。
それにハルはまだ生きている! ならば、私は私が出来る事を成さなければ……! そう思ったら、意識が何かに引っ張られる様に急浮上して目が覚めた。
目が覚めると、見慣れない豪華な作りの天蓋ベッドに寝かされている事に気付く。恐らくこの場所は、王宮にある来賓用の部屋だろう。
ハルのためにも、今は倒れている場合じゃ無いと思った私は体を起こし、これからどうするのが最善なのかを考える。
──うん! 一刻も早く帝国に向かおう!
聖属性が戻った今の私なら、きっとハルを助ける事が出来るはず! それなら今からでも帝国に行こう! マリカ達はまだ準備があるだろうから、一人で行く事になるだろうけど。
私がそう決意していると部屋の扉がノックされて、お父様が入ってきた。私が起きている事に気付いたお父様は、険しい表情から一転、安心したような笑顔になった。
「ミア! 目が覚めたんだね! 良かった……!」
「お父様、また心配をおかけしてごめんなさい。私はもう大丈夫です」
昨日心配をかけたところなのに、またお父様に心配させてしまった……。
でも、私が決意した事を伝えると、もっと心配をかけてしまうかも……どうしよう。
「お父様、あの……」
まだ考えがまとまっていなかったのに思わず声に出してしまい、どう切り出そうか悩んでいる私の頭をお父様がそっと撫でてくれる。
「ミアは一刻も早くレオンハルト殿下の元へ行きたいんだろう?」
「えっ! どうして……」
まさかまた心の声が漏れていたとか……? いや、でも……!
「ははは。僕とリアの娘なら、そう考えるだろうなってすぐわかったよ。お互い、これと決めたらすぐ行動するタイプだしね」
「お父様……」
お父様とお母様、二人共騎士団に所属していたものね。それはそれは行動力が有ったんだろうな……そんな大好きな二人に似ていると言われると、とても嬉しい。
今すぐハルの傍に行きたいと思ったけれど、でも……。
お父様やお屋敷の事が心配だったからハルの誘いを断ったのに、と思うと躊躇ってしまう。せめてお父様の処遇だけでも分かればいいのだけれど……。
「ミアは僕と屋敷の皆んながどうなるのか気になっているんだよね?」
「えぇ!? そ、それはそうですけど……!」
私の心の中を察してくれたのか、それとも本当に心が読めるのか、お父様が国王陛下から下された勅令を教えてくれた。
「残念だけど、ウォード家の除籍は認められなかったよ。本当は貴族籍を抜けて、アールグレーン領でのんびりしようと思っていたけれど……。仕方がないから僕は王都に残る事にしたよ」
お父様に話を聞いてみると、陛下から「一族内の不始末は当主が働いて償うように」と釘を刺されてしまったらしい。
「アールグレーン領の方は後任の方にお任せするのですか?」
確か以前、領地は安定したし、後任の領主の選定と引き継ぎも済んでいるって言っていたけれど。
「そうなんだよね。隠居しようと身辺整理したら、逆にそこをアーベルに突っ込まれちゃって。『身軽になったのならこっちを手伝え』ってさ。全く、人使いが荒いよねぇ」
お父様は肩を竦めてやれやれと首を振っている。
ええと、それじゃあお屋敷も使用人の皆んなも……って考えていたら、またもやお父様が私の心を読んだかのようなタイミングで言った。
「……まあ、そういう事になったし、ウォード家の屋敷も使用人もそのままだからね。ミアはいつでも帰ってきていいんだよ」
そう言うとお父様は寂しそうに、優しく微笑んでくれる。
『だから安心して行っておいで』
──そんなお父様の心の声が、聞こえた気がした。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
予約投稿すっかり忘れたました。とりあえず更新です。
次のお話は
「143 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国1」です。
法国の様子をお届けです。悪巧みしてる人達です。
しばらくは週2更新になりますが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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