140 ぬりかべ令嬢、実感する。

 聖属性を持つ条件は「心から愛する事」だと分かった。

 私の場合はハルへの想いだったけれど、人によって条件が違うのかもしれない。じゃないと、恋人や結婚している人は全員聖属性を持っていないとおかしいもの。


「なるほどね、聖属性が遺伝性のものだと考えたら辻褄が合うよね」


「だから法国に聖属性が多いのかな〜?」


「昔は法国から王家へ聖女が嫁いでいた事もあったらしいのう。今はもう全く無い様じゃが」


 聖属性が遺伝すると知っていたから、法国は世界中で聖属性の人間を探しているんだ。お母様の様に他国の人と結婚して、生まれた子供が聖属性を持っているかもしれないから──私みたいに。


 そんな事を皆んなで話していると、ニコお爺ちゃんが何かを思い出した様に手を叩いた。


「そうじゃそうじゃ、ワシの知り合いからの情報じゃがな? 法国で何か大きい動きがあったらしいんじゃよ。何でも法国の各聖省の長達が緊急会議を開いたかもしれんと言っておったぞい」


 ニコお爺ちゃんの言葉に私以外の人達が息を呑む。だけど、相変わらず私にはそれがどういう事なのかわからない。

 こういう時、いつも勉強しないとダメだなぁと危機感を持ってしまう。

 ……帝国に行ったら勉強出来るかな……? 確か帝国には「学校」と云う教育の為の施設が存在すると聞いた事があるし。詳しい事はハルに会った時にでも聞いてみよう。


「ニコお爺ちゃんは法国に知り合いがいらっしゃるのですね……すごいです!」


 ハルからもあの国は秘密主義だと聞いていたのに……。この情報ってかなり重要なのでは? そんな情報を教えてくれる程の人と知り合いなんて、ニコお爺ちゃんって人脈すごいんだなあ……!


 私がニコお爺ちゃんを尊敬の眼差しで見つめていると、ニコお爺ちゃんは「そうかそうか。褒められると照れちゃうのう」と、嬉しそうに言って頭をかいていた。


「聖省の長が集まるなんて、余程の事があったみたいだね」


「あ、僕も聞いたよ〜。列聖省が管理している聖櫃が百年ぶりに開かれたって〜。聖櫃には法国に伝わる秘礼神具が納められてるらしいよ〜」


 リクさんのお友達が法国の列聖省で働いているらしく、何か有れば連絡をくれるようにと、前から頼んでいたそうだ。


「………………ニコ爺もリクも、そんな最重要機密をどうやって手に入れているの? 漏らしたらかなりヤバイ情報じゃないかな、これ」


 二人から提供された情報に珍しくディルクさんが絶句している。やっぱりすごい情報なんだ。


「ワシは金銀細工師の弟子が法国におってのう。典礼聖省で儀式用の神具を作っとるんじゃよ。これが結構腕が良くてのう、今じゃ出世して細工師の育成をしとるようじゃな」


 ニコお爺ちゃんが顎髭を触りながら、懐かしむようにお弟子さんの事を教えてくれた。

 ちなみに中央行政機関である十二の聖省の一つ、典礼聖省は儀式や儀礼を司る機関だそうだ。

 そしてリクさんのお友達がいる列聖省は列福、列聖や聖遺物を取り扱う機関で、お友達は大切な道具を修繕する部署に所属しているらしい。普段は開く事の無い聖櫃が開かれたと、すごく興奮した内容の手紙が届いたのだそうだ。


「僕の友達は魔道具とか神具が大好きでさ〜。マニアって言うのかな〜? 珍しい道具に出会うとよく自慢されるんだよ〜」


 魔道具はそこら中で見かけるから珍しくないけれど、神具は見た事が無かったので、ディルクさんにどのようなものか教えてもらう。


「ああ、一般的な神具というのはね、法国の上位の聖職者が祈りを捧げたり、聖女が祝福を与える事によって聖なる力を持った道具の事を言うんだけど、聖櫃に納められているのは本当の神具──神の力を具現化した剣だったり、神が使用した盾だったり……人の手で作られたものじゃない、神によって作られたと伝えられている、伝説や神話に登場するような道具の事だよ」


「神様が作った道具が実在しているんですか……?」


 ディルクさんが説明してくれた内容に驚いた。お伽噺に出てくる不思議な力を持った剣や盾、槍が本当に存在するなんて! うわぁ、見てみたいな……。


「一応、法国ではそう信じられているね。でも実物を見る事が出来るのは教皇を含めてほんの数人だけだし。一般公開されていないから、本当かどうかわからないけれど……でも、こういうのって実在してるって思っていた方が夢があるよね」


 実物を見た人がほとんどいないから信憑性に欠けるけれど、ディルクさんの言う通り本当に伝説の武器が存在しているって思ったら、すごくワクワクしちゃう!


「でも、法国はそんな神具をどうするのでしょう?」


 神剣とか神槍、神盾かどうかわからないけれど、そんな凄いものを出して来る程の何かがあるって事だよね? もしかして魔王を倒すとか? でもそんな話聞いた事が無いしなぁ。


「それが分からないんだよね。悪い事じゃなければいいんだけど」


「ここ百年ほどの法国は何かおかしいからのう。ワシも弟子が心配なんじゃよ」


 研究棟の皆んなとそんな事を話している内に、すっかり時間が経っていたらしく、マリカに「ミア、時間」と言われて気が付いた。

 私はマリアンヌと一緒に皆んなに挨拶を済ますと、慌ててお屋敷に戻る。


「どうしよう、お父様怒ってるかなぁ……」


 ハルのお見送りが終わったらすぐ帰るつもりだったので、お父様には何も伝えていない事に気が付いた私は馬車の中で顔を青くなっていた。


「ユーフェミア様、私が気付けばよかったのです。考えが至らず申し訳ありません……!」


 マリアンヌがすごく恐縮しちゃっている。


「大丈夫、マリアンヌだけの責任じゃないよ。私もまだ侯爵家の娘なんだから、気をつけないといけなかったのに……」


 長い間貴族令嬢として振る舞っていなかったし、まだまだ使用人気質が抜けていないみたい。これからはちゃんとしなくっちゃね……!


 そうして恐る恐るお屋敷に戻ると、やはり心配していたらしいお父様がエントランスで待っていて、私の姿を見た途端駆け寄って来てくれた。


「ミア! 良かった、ちゃんと帰ってきたんだね! あまりに帰りが遅いから、もしかして殿下と一緒に帝国へ行ってしまったのかと思ったよ……!」


 お父様はそう言って、私をぎゅうっと抱きしめた。私がハルと離れるのを嫌がって、そのまま帝国に行っちゃったかもって思ったみたい。

 怒られなかったので拍子抜けしたけれど、確かにお父様が心配するのも無理はないよね……実際、一瞬だけど迷っちゃったし。


「お父様、心配をかけてごめんなさい。私はお父様に黙ってどこかへ行ったりしませんから! これからはちゃんと連絡します! だから安心して下さい!」


 お父様に安心して貰いたくて、にっこり笑いながらそう言うと、「ミア……! なんて可愛いんだ……!」と言って更に強く抱きしめられてしまう。


「こんなに可愛いミアだから、僕は心配でたまらないんだよ。これからは予定が変更になったらすぐに知らせるんだよ? 絶対だからね?」


「はい、約束します」


 私がしっかり返事をすると、お父様は「うんうん」と頷きながら、私の頭をよしよしと撫でる。

 最近のお父様は我慢する必要がなくなったのか、ストレートに愛情表現をしてくるので恥ずかしい。

 

 でもお父様からの愛情は、ハルに会えなくなって寂しく思っていた私の心を癒やしてくれた。

 そうして私は改めて、家族の大切さを実感したのだった。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


法国で行われた会議の様子は143話で明らかに!(誰得)


次のお話は

「141 ランベルト商会会議室にて(ディルク視点)」です。

久しぶりのディルクきゅんです。


未だに近況ノートに書く余裕(気力)が無いので、ここでお礼を言わせていただきます。

拙作に☆や♡、フォロー下さる皆様有難うございます!励みにしてます!


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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