47 始まらなかった恋(ジュリアン視点)

 最近、ワイの働くランベルト商会はメッチャ忙しい。

 それは新人のミアっちゅーえらい可愛い子が入って来てからや。

 何でもそのミアちゃんが作った化粧水がごっつうええもんらしく、メチャクチャ売れてるらしい。

 アメリアが浮かれてんのはそのせいやな。

 そう言えばミアちゃんが来てからマリカがだいぶ明るくなった。表情も柔らこうなって、随分印象が変わったらしい。ええ傾向でワイも嬉しい。


 そんなもんやからワイの担当してる売り場も相乗効果か知らんけど、エライ賑わってて大忙しや。

 しかもまたミアちゃんが新しい商品作ったって聞いてびっくりしたわ。さすがに販売するのはしばらく後のようやけど。


 これ以上忙しくなってもうたらワイ死んでまうで。ホンマに。


 そんなメッチャ忙しい日が続いてるけど、ワイは日課の朝の散歩は欠かさへん。

 朝のほんの二十分程やけど、朝の空気を吸って庭を歩くと気持ちええんや。シアワセ電波? 脳波? よーわからんけど、何かそんなんが出るらしくて実際健康にもええらしい。

 ワイの美貌も更に磨かれるっちゅーこっちゃ。


 二羽の鳥が木に止まって「ピピピ」と鳴いているのを耳にする。きっとワイの事を話しているに違いないな。


 例えば……

『なーなーあの人、めっちゃイケメンやと思わへん?』『ほんまやー! あんなイケメン見たことないわー』

 ……みたいな。


「ああ、鳥のさえずりが聞こえる……僕の美しさを褒め讃えてくれているのかな?」


 なーんちゃって! そんなん自分でも思ってへんけどな!


 何時ものようにナルシストごっこをしてると何処からか「クスッ」と笑い声が聞こえて来た。

 誰や思たら、今噂のミアちゃんやった。何かディルクが緘口令敷いてるぐらいの訳有さんやけど、商会の売上にメッチャ貢献してるすごい子や。噂ではずっと好きな男の子が居るとか何とか。メッチャ健気やん。


「いやだなあ、ミアちゃん。いつから見ていたんだい? 君も僕の美しさに見惚れていたのかな?」


 ワイがわざとらしい口調で話しかけたらクスクス笑ってる。


「『鳥のさえずり〜』からちょっと前ですよ」


「何だ。ほとんど始めからじゃないか。声を掛けてくれたら良かったのに」


「いえ、何だか邪魔しちゃいけないかな、と思って」


 ミアちゃんは今日も朝から食堂の手伝いをしてるらしい。食堂のおばちゃんらともエライ仲良しや。


「ミアちゃんも朝からご苦労さまだね。最近は君も調理を手伝っていると聞いているけれど」


「はい! 今日はパンを焼くのを手伝わせて貰ったんですよ。自信作なのでジュリアンさんもご賞味くださいね!」


「へー。パンも焼けるんや。すごいなあ。ミアちゃんってメッチャハイスペックちゃう? ……あ、しもた」


 つい素の言葉が出てもーた。普段からなるべく訛らんよーに気いつけてたのに。


「ふふ、やっぱりジュリアンさんはそちらの素の方が良いですね。失礼ですけど、訛りが有る方が取っ付き易いです」


「……え?」


 ワイは見た目と訛りのギャップがヒドイて良う言われとったし、初めはワイの見た目に寄ってきた女の子らも、この訛りを知ると去ってったのに。

 せやから店でも訛らんように、気が抜けないままいるしかのうなってしもたのに……。


 あれ? そう言えば女の子に素の自分が良いって言われたん初めてちゃう?


 そう気付いた瞬間、胸がドキンって高鳴って──あれ? 何やこれ!? ドキがムネムネしてるやん!


 まさかこれが恋!?


 ……って、ちょっと待てよ。ミアちゃんってずっと好きな奴おったんちゃうん?


「噂で聞いてんけど、ミアちゃんって好きな奴おるん?」


 ワイのいきなりの質問に、気構えてなかったミアちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。


「な、な、いきなり何を……!!」


 顔どころか全身真っ赤っ赤になったミアちゃんを見てもうたらその答えは歴然で。


「……はい。ずっと会っていないけど、好きな人がいます」


 恥ずかしそうに答えるミアちゃんに、手が届かないものに漠然と憧れる様な、そんな想いを抱いてしもうたけど……。


 ──ああ、自分の恋は、始まる前に終わってしもうてたんやな。


 自覚しても手遅れなら、せめてその人が幸せになれるように応援するんがワイや!


「そうか! そいつに早よ会えるとええな!」


「はい! ありがとうございます!」


 やっぱミアちゃんは可愛ええな。ワイにも素の自分を好きになってくれる可愛い彼女が出来たらええんやけど……まあ、そんな奴おらんわな。


 そう思いながら寮に戻ろうとしたら、後ろから来たディルクに呼び止められた。


「ジュリアン、ちょっと良いかな?」


 何や知らんけど断る理由もないし、ディルクの後についていく。何処行くんやと思たら商談室に連れてこられた。


「ディルクどないしたん? 何かあったんか?」


「急にごめんね。ジュリアンに相談なんだけど、どうすれば君のように格好良くなれるのかな?」


 ……ホンマいきなりやな。ワイみたいに格好良く? そんなん言われてもなー。


「……って言うか、ディルクがそんなん言うなんて珍しいやん。どしたん? もしかして恋でもしてるんか?」


 ワイはさっき失恋したばっかりやけどな!


「恋……なのかな? 多分そうだと思うけど……」


「なんやなんや。はっきりせんなー。どういう経緯でそう思う様になったん?」


 ディルクは言って良いのか悩んでるようやったけど、意を決したのか話してくれた。


「……実はある人が、僕にふさわしくなりたいから頑張ると言ってくれたんだ。でもその人は昔と比べて随分魅力的になってしまってね。このままでは僕のほうがふさわしくなくなりそうなんだ」


「マリカやな?」


「え! どうしてわかっ……いやいやいや!」


「そんなんマリカ以外に誰がおんねん。あの子ずっとディルクの事好きやったやん? 見てて可哀想なぐらいやったで?」


 他人が言って良いかどうかわからんかったから皆んな黙っとったんや。マリカの気持ちに気付いてへんのはディルク本人ぐらいやで!

 ワイがそう言うとディルクはすごく驚いてた……ホンマに気付いてへんかったんや。そっちに驚くわ。


「……マリカが……」


 ディルクの顔が赤くなってるやん。珍しいもん見たわ。


「どや? 嬉しいか?」


「……うん。そうだね、嬉しいよ」


「ほな、自分の気持ちはっきり解ったやろ? 多分とか曖昧な言葉もう使うなや」


「うん、わかったよ。ありがとう、ジュリアン」


 コイツはコイツで色々悩んどったんやろうけど、悩んでるだけやったら何も変わらへん。そんなん時間の無駄やん?


「ワイが思うに、ディルクは眼鏡取るだけで十分イケメンやで? 何でそんなに自信ないんか不思議やわ。その眼鏡、度が入ってへんやん」


「うーん。これは姉たちが掛けるようにって強く勧めてきたから何となく掛けてる感じかな?」


「ディルクのねーちゃんらは何でそんな事したんやろ?」


「多分、昔の僕がよく女の子に間違えられて人攫いに遭いかけたから……かな?」


 ディルクにまさかの過去が。そりゃねーちゃんらも心配やったやろな。でも、もうディルクはどう見ても男やし、(まあ、ちょっと線は細いけど)もうそんなお守りはいらんのんとちゃうかなあ。


「一応商会の長男だし、こう見えても護身術は修めているから簡単には捕まらないけどね」


「ほな、より一層その眼鏡いらんやん。もうそれポイしーや。それと後ディルクに足らんのは自信だけや。ワイほど自信持てとは言わんけど、ディルクかて十分優秀や。この商会がここまで大きくなったんはディルクの功績やん? しかもあの天才美少女マリカが惚れてる男やで? ワイからしたら逆に何で自信ないんかわからへんわ」


「そうか……そうだよね。僕は眼鏡で自分を隠したかったんだろうな。でもジュリアンのおかげでもう不要だとわかったよ」


「……おう。わかればええんや」


「やっぱりジュリアンに相談して良かったよ。本当にありがとう!」


「いつもディルクには世話なってるからな。お安い御用や」


 ディルクの悩みも解決したようでよかったわー。

 これでマリカも報われるやろ。めでたしめでたし。


「そう言えば、ジュリアンは人の機微に聡いようだけど、ソフィの事はどうなの? ソフィの気持ちを知っていて、気付かないフリをしているの?」


 ん? 何のこと? ソフィはワイと同じフロアーの同僚で、アメリアと同室の子やんな? そのソフィが何やて?


「僕は君を尊敬しているけど、ソフィの事を放置しているのはいただけないと思うな。彼女が可哀想じゃないか」


「え? え?」


「ソフィだってずっと君の事が好きだろう? 君にその気が無いのなら、早く断ってあげないと」


「…………え?」





 それからしばらくして、訛りを隠さなくなったジュリアンに親しみやすいと新しいファンが大勢ついて、更に可愛い彼女が出来たというのは、また別のお話。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます!


ジュリアンの後押しで、ついにディルクさん自覚しました。


次のお話は

「48 蠢く闇」です。


名前を言ってはいけないあの人再びです。ちょっと閲覧注意かもです。

ここから少しダーク(?)なお話増えますのでご容赦下さい。


ここで一旦休憩に入らせていただきます。次回更新は週末頃を予定しています。


それまでにはもう少しストック貯めたいです。(現在65話までストック済み)

どうぞよろしくお願いいたします。

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