46 不安2(マリカ視点)

 ミアさんが魔法を展開する。

 ベッドの周りを花緑青色の光が輪を描きながら魔法陣へ変化していく。

 美しく描かれた魔法陣が光輝き、さらに天に向かって円柱に光が立ち昇ると、ぱあっと弾けるように粒子となって消えていった。


「すごい……」


 ミアさんが作り出したのはまるで神の安息地、神の眠る場所──これは法国に於ける最上級治癒魔法<神の揺り籠>だ。


 私が呆然としていると、ミアさんに「マッサージするから、ここに寝て下さい」と言われたけど、ちょっと心を落ち着けたかったので、「アメリアから」とお願いしてしまった。


 ここにいきなり寝るなんて無理! ちょっと頭を整理する猶予が欲しい。

 やっぱりミアさんはこの術のすごさを知らないんだろうな……ディルクがまた頭を抱えそうだ。


 それからミアさんがアメリアに施術し、火魔法の<聖火>と「聖膏」を使ったマッサージをする。


「わあ! すごい!! 吹き出物が無くなってる! 肌がしっとりすべすべ! しかも体のラインが引き締まってる!! 最近食べ過ぎでウエストがかなりヤバかったのに……!!」


 ……アメリアはかなり満足しているけれど、それもそのはず、法国の聖女自ら身体中の穢れを祓った様なものだ。通常なら有り得ない。


 そして次は私の番だ。さすがに最上級魔法に触れるとなると緊張してしまう。

 恐る恐るベッドに近づき横になると、得も言われぬ温かい感覚に包まれた。

 不思議な感覚に浸っているところにミアさんの手が私に触れたと思うと、身体中が熱くなり、身体の奥底に澱み蝕んでいたナニカが剥がれ落ちて行くのが解る。


 すると、暗く濁った色をした大量の靄が、呪詛を吐きながら苦悶の表情を浮かべ、粒子となって消えていくのが視えた。


「呪詛……まるで呪い」


 今の靄みたいなものがずっと私に纏わり付いていたのだろうか。

 浄化して貰ったからか、いつも膜を張っていたように重く感じていた心や身体が、水のように透き通り、澄んだ感じがする。


 長く蝕まれていた呪いから解放されて、喜びが後から後から心の底から溢れ、心と身体を満たしていく。

 まるで新たに生まれ変わったような全能感に包まれる。


 今は見た目に変化はないけれど、枷が外れた私の身体はこれから少しずつ変化して行くのかもしれない。


「浄化されたみたいに心がスッキリしている……ありがとう、ミアさん」


 心の底から感謝の言葉を伝えようと口を開くと、自然と言葉が出てきたのには自分でも驚いた。


 ミアさんもアメリアもとても喜んでくれて、たくさん笑いあった。

 それからミアさんの提案でお互いさん付けなしで呼び合う事になった。とても嬉しい。


 私に初めて歳の近い友だちが出来たのだ。

 そして二人にはいつか必ず、この時に貰った恩を返したいと思う。




 * * * * * *




 次の日、ミアと一緒にディルクの元へ行くと、丁度女の子がディルクと話している所に出くわしてしまった。


 ディルクは人の気持ちを第一に考える人だ。

 良い品が持ち込まれても、その人の為になるような提案をするから、その優しさに触れた人がディルクを好きになるのは当然のことで。


 だから今も、一人の少女が恋に落ちる瞬間を見てしまった。


 ──でも私はもう怯まない。


 ディルクと出会う前は何もかも諦めていたけれど、生まれて初めてこの人が欲しいと思ったのだ。だから私はディルクを諦めない。


「ディルク」


 声を掛けると、ディルクが振り向いて私をそのキレイな瞳に映す。


 ……ああ、やっぱり私はこの人が好きだと実感する。


「……え? マリカ……? だよね……?」


「そう」


「……あれ? 何だかいつもと違うような……?」


 一目見て私の雰囲気が違うことに気付いてくれた! 嬉しい! 好き!


 そして詳しい話は研究棟でしようという事になり、ミアと一緒にディルクの後をついて行く。


 しっかし後ろ姿も格好良いって何なんでしょうね? 細い身体付きながらも肩幅はしっかりあって、背中から腰までのラインが妙に色っぽい。

 ……あれ? これ人に見せて良いの? 人前に晒しちゃあダメなヤツじゃ無い? それにディルクってこんなに色っぽかったっけ? どう見てもフェロモン垂れ流してるよね? これ、野放しにしてるとディルクのフェロモンに寄せられて余計なムシが寄って来るんじゃ無い?

 ……これは早々に殺虫剤を開発しないとアカン。サーチアンドデストロイだ。


 研究棟へ着いたけど、ニコ爺もリクもまだ来ていないようだったので、とりあえず三人で会議室へ行くことに。


 ミアがお茶の用意をしてくれて、皆んなで会議室に入る。私はディルクの前に座り、私の隣にミアが座る。皆んなが座ったタイミングでディルクが口を開いた。


「それで、何があったのかな? 随分マリカの印象が変わっていて正直戸惑っているんだけど」


 ミアが昨日有ったことをディルクに説明する。ミアの話を黙って聞いていたディルクはしばらく考え込んだ後、「なるほど」と言って私を見た。


「マリカ、体の調子はどう?」


 効果云々よりも一番に私の身体を気遣ってくれるところが好き!


「大丈夫。気持ちも落ち着いているし、身体が軽い感じがする」


 ディルクへの愛は落ち着くどころか留まるところを知らないけれどね!


「そうか……なら良かったよ」


 安心したように微笑むディルク……。尊い! マジ天使! 好き!


「しかし、小さい頃から受けていた<悪意>が身体と心を蝕んでいたなんて……気が付かなかったよ。きっとそれは<言霊>の作用も有るんだろうね」


 昔から言葉に宿ると言われている霊的な力<言霊>が、忌み子として忌避され、罵倒され続けた結果、<悪意>となり私に悪影響を与えていたのだろう。


「ミアさんの部屋の使用も認めるよ。効果がわかるまで使ってみて」


 ディルクから許可を得て、今日からミアと同室だ。嬉しい! ディルク優しい! 好き!


「マリカの様子もそうだけど……ミアさんも何だか変わったね。マリカと名前で呼び合うようになったのかな?」


 ディルクが微笑ましそうに私とミアを見る。


「ミアとは、友だちになったから」


 友達と言う響きに、改めてくすぐったいような恥ずかしい気持ちになる。


「……そうか。初めは急にマリカが変わったから戸惑ったけど……とても良い傾向だね。僕も嬉しいよ」


 私の言葉に喜んでくれていたディルクだったけど、ふっと悲しげな表情になる。


「でも、正直ちょっと寂しいかな。良い事だとは解っているんだけど、ね」


 ──ディルク……。


 それはどういう意味で寂しいの?

 妹が離れていく寂しさ?

 娘が独り立ちする寂しさ?

 それとも庇護対象だった私が成長する事の寂しさ……? 


 私は昔の、ディルクと出会う前の寂しさに負けそうで苦しかった日々を思い出す。

 光なんて無くて、幸せなんてもう何度も諦めた。死に逃げ込みたくなっても、それでも結局生き続けたのは、貴方に出逢うためだったんだと今なら解る。


「私、ディルクの横に並べるようになりたい」


 いつまでもディルクに守られる様な関係は嫌だ。私だってディルクを守りたいのだ。


「マリカ……?」


「妹としてではなく、一人の人間として見て欲しい」


 だから、今までの私ではなく、これからの私を見て。


「それは……」


「ディルクに相応しくなれるように頑張るから」


 今はやっとスタート地点に立てただけ。それでも諦めずに追いかけて、絶対貴方に追いつくから。


「…………」


「だから、待ってて」


 その時はきっと、この想いを伝えるから。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


次のお話は

「47 始まらなかった恋(ジュリアン視点)」です。


まさかのジュリアン視点です。

関西弁なので、読みにくかったらすみません!


どうぞよろしくお願いいたします。

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