105 ぬりかべ令嬢、実家に帰る。

 青空が広がる良い天気の中、私はハルと一緒にウォード侯爵家へ行くために馬車に乗っている。


 ハルの物だというこの馬車は、道が多少悪くても揺れないし、おしりが痛くならないしで、とても快適な馬車だった。さすが帝国製!


「帝国の始祖が提案してくれた『インシュレエタ』って言う機構を取り付けているからな。快適だぞ!」


 馬車に乗る時、ハルが自慢げに教えてくれたけど、確かに納得の乗り心地!


「帝国の始祖様は凄いんだね!」


「だろー? こことは違う異なる世界からやって来たらしくて、この世界には無い物をたくさん知っていてな。俺はそれらを再現したいんだ」


 へー! こことは違う世界……!! 一体どんな世界だろう……!?


 私が興味深く聞いていると、ハルが「あ……」と小さく声を漏らしたのが聞こえた。


「……? どうしたの?」


 何だかハルが言いにくそうにモゴモゴしている。とても言い難い事なのだろうか。

 ……取り敢えずハルが話してくれるまで待ってみよう。


「えーっと、ミアは俺が気持ち悪くない……?」


 ハルが思いもよらない事を言いだしたので、私は思わず目をパチクリとさせた。


「え? どこが? ハルのどこが気持ち悪いの?」


 こんなに格好良いハルに気持ち悪い要素が……? え? どこの事?


 ジロジロとハルの全身を見回していたからか、ハルが居心地悪そうにしているのに気が付いた。


「あっ! ごめんね、ジロジロ見ちゃって。ハルはどこもかしこも綺麗なのに、どこが気持ち悪いのか本当に分からなくて、つい」


 私が謝ると、ハルはとても嬉しそうな顔をして微笑んだ……って! だからその顔反則っ……!!


 私がキラキラオーラに耐えていると、ハルはとても安心した様な表情になった。


「……うん、ミアならそう言ってくれると思ってたよ。でも、七年振りだったし、ちょっと不安になっちまった」


 そう言ってはにかむように笑うハルに、またもや私の目が……っ!


 そもそもこんな馬車の中で対面で座ること自体が間違っていたのだ。これからは横に並んで……いや! 駄目だ! もっと近すぎて意識しちゃう! 仕方ない、斜めで我慢……!


「ミア?」


 はっ! いけない、いけない! つい思考があらぬ方向に……!


「な、なんでもないよ! で、どうして不安なんて思うの?」


 私の質問にハルが答えてくれた事によると……帝国や獣王国など亜人──エルフや獣人、ドワーフ等の人族以外の種族が治める国以外の、アルムストレイム教を信仰している国の大半で、昔は亜人を迫害していたらしい。今ではそういう風潮もかなり無くなってきたらしいけれど、地域によってはまだそういう考えが残っているそうだ。


 ──それは異世界人の血を引くハルも例外ではなかったらしく……。


「俺の親父や祖父さん達だってもちろん異世界人の血は引いてるけど、俺はその中でも一番その血が濃くて……まあ、先祖返りなんだけどさ。この髪の色はこの世界でも珍しいだろ? だから親父に付いて他の国に行くとさ、よく『異界の忌み子』だの陰口言われたりして、気味悪がられてたんだ」


「ハル……」


 ハルを気持ち悪がるなんて……! なんて勿体無いんだろう……! ハルはこんなに優しくて綺麗なのに……!! 気持ち悪がるなら、アードラー伯爵みたいな性根が腐った人間にすればいいのに!! ハルの格好良さがわからないなんて、人生の半分は損してる感じ!! あ、でもハルの良さは分かる人だけが分かればいいよね! じゃないと、ハル争奪戦が始まっちゃう! あ、どうしよう、私全く戦えないや。愛の強さなら自信あるけど、腕力がちょっとな……。これは何処かの道場に弟子入りするしか無いよね……? 弟子入りするにはどんな武術がいいんだろう。お母様からはある程度の護身術は教えて貰っているけど、あくまでも防御だし。やっぱり攻撃に有利なのは剣かなあ……。


「……ミア、あの……盛り上がってるとこ悪いんだけど……」


 ハルの言葉に、ん? 何が? と思ってハルを見ると、顔を真赤にしているハルの姿が。


「俺の事、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、俺男だし、綺麗と言われるのはちょっと……」


 照れた顔をしたハルの言葉に頭が真っ白になる。


 ……あれ? まさか心の声、ダダ漏れ……?


「あ、あわ、あわわわ……!」


「だ、大丈夫! 大丈夫だから!! 落ち着いて!!」


 いやあああああぁーーーーー!! 恥ずかしいー!! 恥ずかしくて死んじゃうーっ!!


 私があまりの羞恥に打ち震えていると、ハルが背中をポンポンと優しく叩いてくれる。


「俺、ミアの気持ちすっげぇ嬉しいから! だから気にしないでくれ。な?」


「……うぅ」


 ハルが喜んでくれるなら……!! この恥ずかしさにも耐えられる……!!


「……それに、ミアにはあまり強くなって欲しくないな。ミアは俺が守りたいから」


「……!! …………っ!!」


 何とか恥ずかしさから持ち直そうとした私に、ハルが無自覚な殺し文句を言ってくれたものだから、私の心はあえなく撃沈してしまい、ウォード侯爵家に到着するまで中々顔を上げる事が出来なかった……。


 ハルは無自覚な天然のタラシだったのね……これは要注意かも!!





 * * * * * *





 私が何とか精神的に復活した頃、タイミング良くウォード侯爵家に到着した。


 あー、危なかった……! ギリギリなんとか間に合ったよ……!


 馬車が門をくぐり、玄関の前に着いたので、先に降りたハルの手を取って馬車から降りると、使用人の皆んながズラッと並んで出迎えてくれていてびっくりした。


「ようこそおいで下さいました、レオンハルト殿下。お帰りなさいませ、ユーフェミア様」


 執事のエルマーさんが代表して言うと、皆んなが一斉にお辞儀をしてくれた。皆んな息がピッタリ! すごい!


「出迎え感謝する」


「た、ただいま戻りました!」


 つい緊張して上擦ってしまった私の返事に、皆んなが嬉しそうに笑ってくれて、ここから出奔した時に感じた寂しさがすうっと無くなっていく。

 まだ二ヶ月ぐらいしか経っていないはずなのに、随分久しぶりに感じるなぁ……。


 ここへ帰ってくる時はハルを皆んなに紹介したいって思ってたけど、まさか本当になるなんて。


「今日は非公式だから殿下呼びはやめて欲しいんだが……」


「承知いたしました。ではそのようにさせていただきます」


 ハルとエルマーさんの会話を聞きながら私が懐かしさに耽っていると、エルマーさんの後ろから、私が気になっていた人物が顔を出した。


「ダニエラ……!!」


 何時も通りに綺麗な姿勢で立っているダニエラを見て、思わず抱きついてしまった私を、ダニエラは優しく受け止めてくれた。


「ユーフェミア様、お帰りなさいませ」


「ダニエラ! 怪我はもう良いの? 起きてて大丈夫なの?」


 慌てる私の様子にダニエラは安心させるようにとても優しく微笑んだ。


「はい、ユーフェミア様がデニスに渡して下さった治療薬のおかげで完治致しました」


「良かった……!」


 大丈夫だと聞いていたけど、実際この目で見るまでは不安だったから、ダニエラが本当に大丈夫そうで安心した。


「ありがとうございます、ユーフェミア様」


 そう言って微笑むダニエラは、出奔前の固い雰囲気とは一転、とても柔らかくて温かい雰囲気の人になっていた。

 以前とは全く違うダニエラの雰囲気の変化に、デニスさんのおかげかな? と思う。


「ダニエラはいつデニスさんと結婚するの? 私、たくさんお祝いするよ!」


 デニスさんの事だから、もうとっくにプロポーズしているだろうし、出来れば私が帝国に行く前に結婚してくれたらなーなんて。


「ユユユ、ユーフェミア様! いきなり何を……!」


 私の言葉にダニエラが真っ赤な顔をして動揺している。


 ……えぇー!? こんなに感情を出す人じゃなかったのに……! 仕事中はほぼ無表情で、淡々と仕事をこなして行くあのダニエラさんが、デレた……!?

 ……デニスさん恐ろしい人!! これからはデレスさんって呼ぶべきか。


「ユーフェミア様、旦那さまがお待ちです。さあ、レオンハルト様もこちらへどうぞ」


 デニスさんの呼び名を考えていると、エルマーさんがダニエラさんをフォローするかのように声を掛けてきてハッとする。


 ──そうだ、今日私はお父様と会うためにやって来たのだ……!!


「……わかりました。案内をお願いします」


 そして私は気を引き締めると、ハルと一緒にお父様が待つ場所に向かったのだった。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


★や♥、フォローに感想いただいてとても嬉しいです。本当に有難うございます!


次回はミアパパとの再会です。

「106 ぬりかべ令嬢、父親と会う。」


次回の更新は近況ノートかTwitterでお知らせします。

どうぞよろしくお願いいたします。

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