106 ぬりかべ令嬢、父親と会う。

 エルマーさんに案内されて屋敷の中を歩いて行く。

 歩きながら屋敷の中を眺めていると、何か違和感が。


 ──この違和感はなんだろう……?


 屋敷中に漂う違和感が何かわからないままエルマーさんの後について行くと、応接室ではなくテラスルームに案内された。


「旦那様、ユーフェミア様とレオンハルト様をお連れいたしました」


「どうぞ、入って」


 エルマーさんに返事をした声を聞いて、私の心に緊張が走る。久しぶりに聞いたその声に、本当にお父様がここに居るのだと実感する。


 開かれた扉に、意を決して中に入ると、懐かしい風景が目の前に広がった。


 天井まで届く窓から見える緑豊かな庭園には、バラを中心とした花々が咲き誇り、ちょうど今が見頃となっている。

 花壇の横には美しい噴水と、まるで以前からそこに存在するかの様に作られた池や滝などがある。


 ──この場所は、生前お母様が大好きだった場所だ……。


 そんなテラスルームに置かれたソファから、一人の男性が立ち上がって、私達を迎え入れてくれる。


「今日はようこそお越し下さいました、レオンハルト様。そして……よく帰って来たね。おかえり、ミア」


 随分と久しぶりに見るお父様は、最後に会った時に見た、感情が抜け落ちたような目ではなく、長年の苦悩が取り払われたような、そんな穏やかな目になっていた。

 それでも昔に比べると、雰囲気がかなり鋭利になっていて──私が知らない七年間もの長い時間が、お父様をそうさせてしまったのだろうと想像できた。


「お招きいただき有難うございます」


「……お父様…………」


 私の声に、一瞬目を見開いたお父様が、とても嬉しそうに微笑んだ。


「……まだ僕の事をそう呼んでくれるんだね。もう二度と聞けない言葉だと思っていたよ」


 久しぶりにお父様の微笑みを見て、お母様が生きていた頃を思い出す。


 ──そうだ、お父様はいつも私に微笑んでくれていた、愛情をたくさん注いでくれていた、なのに……。


「……どうして……?」


 無意識に声が出てしまったのだろう、気が付くとお父様に問いかけている自分がいた。


 ──どうして急に態度が変わったのか、どうして七年間も会いに来てくれなかったのか、どうしてお義母様たちから私を守ってくれなかったのか、どうして──今頃会いに来たのか。


 わからないことだらけで頭がぐちゃぐちゃになる。悲しくて情けなくて涙が溢れそうになる。


「私が、お母様を殺したから……?」


 ずっとずっと、心の中に閉まっていた言葉を出すと、我慢出来なかった涙がポロポロと溢れていく。


「ミア……」


 泣き出した私の肩を、ハルがそっと抱き寄せてくれる。そして柔らかい生地のハンカチで、私の涙を優しく拭ってくれた。


 そんな私の様子にお父様がひどく動揺している気配がする。私の視界の端に、お父様の手が上がったり下がったりしているのが見えた。


「ミア、ミアは何一つ悪くない……! 悪いのは全て僕なんだ。僕が弱かったから、力が無かったから……リアを守れず、ミアに辛い思いをさせてしまったんだ……」


 お父様はとても辛そうな表情で、ずっと後悔していたのだろう想いを、私に向かって吐き出すように言った。


「お父様……」


「……ああ、すまないね。立ってする話じゃないし、こっちで座って話そうか」


 お父様に促され、ソファに座ろうとしたけれど、ハルが「俺は席を外します」と言って出ていこうとするので、ハルの服を握って慌てて引き止める。


「レオンハルト様、もしよろしければミアと一緒に話を聞いていただけますか?」


 私の様子を見たお父様が、ハルに同席してくれるようお願いする。家族間の話だからと、ハルは遠慮してくれたんだろうけど、今は一緒にいて欲しい。


「わかりました。俺で良ければ」


 ハルと一緒にソファに座ると、エルマーさんがお茶を淹れてくれた。


「……さて、どこから話せばいいのか……まずはツェツィーリアについて話そうか。ミアは自分の母親についてあまり知らないだろう?」


 お父様に言われて気が付いた。そう言えば私はお母様の事について、優しくて厳しくて儚くて──とても美しい人だった、という事しか覚えていない。

 お母様はどこで生まれて育ったのか、そういう事を全く知らなかった事に今更ながらに驚いた。


「ミアの母親、ツェツィーリア──リアはね、聖女候補だったんだ」


「……っ!? 聖女候補……!?」


 お父様の言葉にハルが動揺する。聖女候補の事をハルは知っている様だったけれど、私はそれがどういうものなのか全くわからない。……ああ、私って本当に何も知らないんだな……。


「法国には、聖属性の人間を保護する施設が在ってね。リアはそこで生まれたそうだよ。聖女候補と言っても、聖属性を持っている両親から生まれた子供の事を聖人・聖女候補として育てるらしいんだけど」


 お母様は法国の人間だったんだ……!

 でも聖属性の人間を集めた施設で生まれたということは、お母様も聖属性を持っていたのかな?


「その施設で生まれた子どもは全員が聖属性を持っている訳ではないらしくてね。八歳になったら受ける魔力測定で聖属性を持っていないと判明した子どもは、その施設から放逐されるらしいんだ」


 え……。八歳の子を、聖属性が無いからって追い出すの!? 親元から……?


「……そんな……酷い……」


 思わず言葉が漏れる。

 

「放逐された子供はね、神殿で神官見習いや巫女見習いとして働く事になるそうなんだ。本来なら聖属性が無いと判定されたリアもそうなる予定だったらしい」


 そう言えば母方のお祖父様やお祖母様の話を全く聞いたことがない。父方の祖父母は二十年前に亡くなったとは聞いていたけれど。


「でもリアは……何と言うか……ちょっと一風変わっていたらしくて。神殿には入らず、法国の大聖アムレアン騎士団に入団したんだ」


「大聖アムレアン騎士団!?」


 お父様の言葉にハルがかなり驚いていた。そう言えば私も以前、ディルクさんからその騎士団の名前を聞いた事があったっけ、と思い出す。


「ええっと、凄く強い騎士団なんだっけ? 魔王も逃げられないとか何とか聞いたような……」


「ミア、大聖アムレアン騎士団は法国でも最高位の騎士団だぞ! 全十二の騎士団の中でも最高戦力を誇ると言われているんだけど……あれ?」


 興奮気味だったハルが何かに気が付いたようで、不思議そうな顔をしてお父様を見た。


「……でも、大聖アムレアン騎士団は確か……女人禁制だったはずですが……」


 ハルの言葉にお父様は苦笑いをして「その通りです」と答えている。……え……まさか……。


「リアは性別を誤魔化していてね。リアの性別に気づいた僕が事情も知らずにバラしてしまって。それで大聖アムレアン騎士団を退団させられる事になったんだよ。悪気はなかったんだけど……あの時は申し訳ないことをしたな」


 ──まさかの男装女子!? お母様が!? 儚げなイメージが……あれれー?




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


☆や♡、フォローに感想、本当に嬉しいです!有難うございます!

いつも読んでくださる方の名前はほぼ覚えちゃいましたよ……(ΦωΦ)フフフ…

皆様本当にありがとうございます!感謝です!好き!


次話ミアパパとママの出会いを少し書いてます。

「107 ぬりかべ令嬢、母親を知る。」です。

順番に説明していきますので、ミアパパの事情についてはもう少しお待ち下さいね。


次回の更新は近況ノートかTwitterでお知らせします。

どうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る