79 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。9
いかにも貴族然とした高級な調度品が溢れていたこの部屋は今、無残に破壊され尽くしており、とても人が住める状態では無くなっていた。
部屋の隅ではエフィムが身体を丸めて倒れている。きっと血が足りなくて失神してしまったのだろう。このまま放置しておくとそのうち失血死するかもしれない。
そしてドア近くの壁下には、マリカが気を失って倒れている。見たところ血は出ていないし、ディルクさんの魔力が籠もった聖眼石がきっと彼女を守ってくれているだろうから、命に別状はないはず。
でもお腹を殴られたのが心配だ。早くお医者さんに診せてあげたいのに……。
そんな廃墟のような部屋の中で、アードラー伯爵は悠然と立っている。
自ら右腕を切り落とし、左手には酷い火傷を負っていて満身創痍な筈なのに、弱っている様に感じられないのは何故だろう……?
「貴方はどうして未だに動けるの……?」
何か秘密でも有るのだろうか? 油断して教えてくれたら良いけれど…。
「ふふっ! さあ、どうしてでしょうねぇ? 強いて言うなら、今から貴女にお仕置きできるのが嬉しいからでしょうかねぇ!!」
嬉々としてそう言うと同時に、アードラー伯爵が襲いかかってきた。私は最後の力を振り絞って身体を動かし、ベッドの上を転がり落ちる。
「──っ!!!」
無理やり身体を動かした事と、ベッドから落ちたことで言葉にならないほどの激痛が身体中を走り回る。もう痛みに悲鳴をあげることすら出来ない。
私が避けたことでベッドにダイブした形になったアードラー伯爵が、ベッドの上から話しかけてくる。
「おやおや、無駄な努力を……どうせ私にお仕置きされるのは決定事項なんですから、無駄に動くより大人しくしていた方がお利口ですよ……んん?」
ベッドの上から私を覗き込んできたアードラー伯爵の動きが止まり、驚愕の表情を浮かべている。
「……な、なんと……!! その銀髪に紫の瞳……まさか、ユーフェミア……!?」
アードラー伯爵の言葉に、私の顔から血の気が引いていく。
──どうして私の事が解ったの!?
マリカの魔道具のおかげで、髪の色は変わったままなのに……と思ったところで気が付いた。
──まさか、さっき落ちた衝撃で髪飾りが取れてしまったから……!?
「なるほど、どうりで見た事があるような気がしていたんですよ! まさかランベルト商会に逃げ込んでいたとはね……!! 流石に探しても見つからない筈です! あの商会の情報統制は完璧ですからね! あの商会の情報を調べる事は私でも難しくてねぇ!」
アードラー伯爵がベッドから降りて、私の顔を覗き込む。
「ほうほう……。顔の印象を変えていたんですねぇ。いや、お見事!! この私が一度見た女に気付かないとは……流石ですなあ!! ランベルト商会の懐刀は!!」
「懐、刀……?」
「んん? あの商会に居たのにご存じない? 王都に在るランベルト商会には、商会を裏から支えている知恵者──懐刀が居ると、商人の間では噂になっていたんですよ」
──そんな人がランベルト商会に……? まさか、ディルクさんの事……?
「各国の商会からその正体を調べて欲しいとよく依頼がありましてねぇ。初めの頃は私も頑張ったんですけどね? 商会の癖に防衛対策などに関しては国家レベルでしてね。結局手が出せなかったんですよ。いやあ、悔しかったですねぇ」
……あ、やっぱりディルクさんだ。でもそんなにスゴい人だったとは……!!
「あの商会の店長らしき人物は常に不在ですし、大変でしたよぉ。マリカさんの事を調べるの! 従業員の皆さん全員口が固くてね。商会を退職した人間を探して聞き出しましたが……どいつもこいつも、碌な情報を持っていませんでしたよ」
──まさか、退職したランベルト商会の人たちを……?
「その、人達は、どう……したの……!?」
「んん〜? 私のために色々と役立っていただきましたよぉ? こう見えて私、無駄なことが嫌いでしてねぇ」
そう言ってアードラー伯爵はケタケタと楽しそうに嗤う。この人は本当に人間なのだろうか……?
「……さて、そろそろお喋りはお終いにしましょうかねぇ。これから楽しいお仕置きタイムですよぉ……! 法国も生きてさえいれば、多少足りなくても文句は言わないでしょうしねぇ!」
──!! 多少足りないって……!!
このアードラー伯爵と言う人物はどれだけ人の尊厳を踏みにじれば気が済むの……!?
コイツはこの世に放っておいては駄目な人間だ。何とかここで終わりにしないと……!!
──私は自分の持てるすべての力を使って、アードラー伯爵を葬り去る決意をした。
人をおもちゃにするこの人を、マリカを傷つけたこの人を……私は絶対に許せない──!!
そして私は魔力神経を無理やり働かせ、残った魔力を練り上げる。身体はもう、痛み以外のものを感じなくなってしまったけれど、伯爵を葬り去ることが出来るなら構わない……!
──ハル……ハル……! 約束を破ってごめんなさい……本当に私は今でもハルのことが大好きだよ……!!
痛みに震える手に、身体中から魔力を掻き集め、聖なる劫火を繰り出そうとした時──空から小さい光の粒がくるくる回転しながら降ってきて、場違いなその光に思わず見惚れてしまう。
「……!! まさかこれは……!? そんな馬鹿なっ!!」
その光を見たアードラー伯爵が酷く怯えたような表情をして空中を睨むと、ただでさえ悪い顔色が蒼白になり、わなわなと唇を震えさせている。
まるで天井の向こう側が透けて見えている様だ。
「──そんな、どうして……!! どうしてここへ来るんだ!? 奴がどうして──!!」
アードラー伯爵が何かに気付いたと思ったら、まるで天敵に出会ったみたいにすっ飛んで逃げて行く。身体の怪我の事など忘れているかの様な、素早い動きだ。
「嘘だっ!! どうしてどうしてっ!! くそおおぉぉお!!」
アードラー伯爵が叫び声をあげながら部屋を飛び出そうとする。
──どうしよう!! 伯爵が逃げてしまう……!
私がもう一度魔力を使おうとすると、それを遮るように小さな光が現れるから魔力を使うことが出来ない。
でもこのままじゃあ、伯爵を逃してしまう! もうこれ以上被害者を出すわけには行かないのに……!!
私がどうしようと思っていると、空から巨大な魔力のうねりを感じ、一瞬思考が停止する。
魔力神経がボロボロで、ほとんど魔力を感じることが出来なくなってしまった私でも分かる程の、重厚な魔力の気配。
この巨大な魔力は一体……!? 私がそう思った瞬間──……
──世界が真っ白に染まったのかと思うほどの、光の渦が屋敷を包み込んだ。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
お付き合いありがとうございました!豚屋敷編(?)はここで終わりです。
次のお話は
「80 ぬりかべ令嬢、ごにょごにょ」です。
サブタイがネタバレになりますので伏せときます。
どうぞよろしくお願いします!
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