164 この世界の裏側で──ヴェステルマルク魔導国2

 ユーフェミアがナゼール王国を出立した頃まで時間は遡る。


 国立魔道研究院の最上階最奥にある院長室で、その部屋の主であるアーヴァイン・ワイエスは書類に目を通していた。

 その書類は上質な紙に金の箔押しが施されたもので、かなりの上位者から送られた物だと言う事が分かる。


 その書類に目を通し、内容を理解したアーヴァインは、残念そうにため息をついた。


「院長、法国からは何と……?」


 国立魔道研究院の副院長であるイリネイが、心配そうに問いかける。


「どうやら『異界の忌み子』を神去らすのは失敗したようですね」


 アーヴァインからの返答に、イリネイが絶句する。


「……まさか……『八虐の使徒』を起用してまで仕留められないとは……!」


「その法国秘蔵の使徒達は死体で発見されたそうですよ。残念ながら法国は死体の回収迄は出来なかったそうですがね」


 「八虐の使徒」とは、法国の律に定められた八つの重罪を名に冠する者達の事だ。法国の表の戦力が「大聖アムレアン騎士団」を始めとする聖騎士団だとするならば、裏の戦力として暗部を担い、法国を影から支える闇の騎士団とも言える存在が「八虐の使徒」なのだ。

 その純粋な戦力は「大聖アムレアン騎士団」に引けを取らないと言われていたが、そんな使徒達を遣わせてもなお、殺す事が出来なかった帝国皇太子レオンハルトとは──。

 魔導国が誇る最高戦力「冥闇魔法騎士団」をもってしても、レオンハルトを殺す事は出来なかったかもしれない。


「世界最強の名は真実であった、と言う事ですか……」


 今まで噂に過ぎないと一笑に付していたイリネイだったが、こうして襲撃失敗の報を聞くと、レオンハルトの力に畏怖の念を抱く。


 今回、魔導研究院は法国のホルムクヴィスト枢機卿からの要請を受け、飛竜師団を襲撃する為に必要な認識遮断の魔道具、武器を隠蔽する為の空間魔法が付与された収納庫を提供する等、密かにレオンハルト抹殺に協力していたのだ。


 ──それは、魔導国と法国が裏で結びついていたという事だ。


「それにしても第十三神具を使用してもなお、生き延びているとは……。これには法国も度肝を抜かれたでしょうね」


 アーヴァインの記憶では、第十三神具は通称『死神』の名を冠する対魔神用の武器だ。必要に応じ、形態を剣や弓、槍や鎌に変化させる事が出来ると言われている。

 第十三神具はいくつかある神具の中でも戦闘に特化したものだが、その威力は標的を魂レベルで消滅させると伝えられている。そんな神によって創られた武具に身体を貫かれても、未だに死んでいないという事実は、法国上層部を震撼させるのには十分だった。


「<穢れを纏う闇>の使用も確認されているのに……一体どんな魔法を使えば対抗できるのか、研究者として純粋に興味が湧きますね」


 聖属性を持つものしか祓う事が出来ない穢れを、一体どうやって退けたのか──法国が囲い込んでいる聖人や聖女達とは別に、法国さえ知らない聖属性の人間が帝国に存在しているのか……。考えれば考えるほど、疑念が湧いてくる。


「法国と睨み合っている帝国が聖属性が付与された物を持っている筈ありませんからね。そうなると、やはり法国が掴めていない人間の存在を疑うしかないでしょう」


 ──もし、法国の目をすり抜けた聖属性の人間がいるのなら──その存在が知られれば、世界中の国々が手に入れようと躍起になるだろう。それ程聖属性の人間はこの世界から渇望されているのだ。


「今はまだその存在にどの国も気付いていないでしょう……あの法国ですらも。であれば、今が聖属性の人間を手に入れるチャンスかもしれませんね」


 帝国皇太子レオンハルトの近く──親身にしている人間の中に、その聖属性の人間がいる可能性が極めて高いだろう。


 アーヴァインは、その思考を巡らせる。


「……という事は、やはり皇太子自ら救出したという『ミア』という少女が、聖属性持ちで確定ですか」


「確かに、エフィムの報告書でもそれを匂わす記述がありましたからね」


 王国のアードラー伯爵捕縛事件の被害者──天才魔道具師であるマリカと一緒に拐われた少女だが、世間はマリカの方に気を取られており、もう一人の少女の存在はあまり知られていない。

 その後の裁判で、ミアという少女がウォード侯爵家令嬢だと明らかになったものの、その事は公にされないまま罪人達の刑が執行されたため、世間に広まる事なく騒ぎが終息したのだった。それはその場にいた貴族や第三身分の人間の誰もがその令嬢の境遇に同情し、自ら口を閉ざしたからかもしれない。


 ──実際は令嬢の父であるウォード侯爵の不興を買わない為のものであったが……。


「ウォード侯爵家には過去、ワイエス家から令嬢が嫁いでいる、という事は……テレンス卿の息女であるユーフェミア嬢は、私の再従姉妹という事になりますね。しかしウォード侯爵家に娘が生まれていたとは……盲点でした」


「おお! 確かアルベルティーナ様の嫁ぎ先がそうでしたな! では、もしかすると空間魔法の方も……?」


「その可能性は高いでしょう。ユーフェミア嬢が何故聖属性を持っているかは分かりませんが……どちらにしろ、魔導国としては今すぐにでも彼女を手に入れる必要がありますね」


 アーヴァインの言葉に、イリネイが「何と……! それは素晴らしい!」と、感嘆の声を上げる。いつも冷静沈着な彼も、念願の属性持ちの出現に興奮しているらしい。


「それでは今すぐ王国へ連絡を入れる手配をしましょう! 名目はワイエス家からの招聘でよろしいですか?」


「ええ、それでお願いします。……やれやれ。私もワイエス家へ報告に行かないといけませんね。それと兄──じゃない、国王にも」


 魔導国の王家は世襲制だが、ある特殊な能力を有するものは王家から離籍し、分家であるワイエス公爵家へと迎え入れられることになっている。

 それは過去の偉大な大魔道士の血と才能を絶やさないための措置だ。


 そうしてアーヴァイン──魔導国王家の分家であるワイエス公爵家の次期当主であり、且つ国王王弟である彼は、ユーフェミアの身柄を確保する為に動き出したのだった。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「165 ぬりかべ令嬢、野宿をする。」です。

野宿本番です。まったり回(?)かもです。


どうぞよろしくお願いいたします! 



そして恒例の宣伝です。しつこくてすみません!でも売れないと2巻が……!


拙作「ぬりかべ令嬢、嫁いだ先で幸せになる」が

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発売日は6/11(金)となっています。


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興味をお持ちいただけましたら是非ともお手に取って貰えると嬉しいです。

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