02 ハルとの出会い2

 すっかり別人になったハルと一緒に、話をしながら目的地へと向かった。

 ハルは私たちが帝国と呼んでいる国──バルドゥル帝国から父親と一緒にナゼール王国にやって来たそうだ。


「お父さんは今どこにいるの? はぐれたの?」


「親父は……うーん。多分そこに居るだろうって場所はわかってるんだけど……」


「じゃあ、早く帰ってあげないと。きっとすごく心配しているよ!」


「うん、そうだね。でも大丈夫。そのうち向こうが見つけてくれるよ」


「え? 本当? どうやって?」


「んー? 内緒?」


「えー! 何それ!」


 私の心配をよそにハルは全く慌てた様子を見せず、キョロキョロと街中を眺めている。

 まるで王都の観光をしているみたい。

 さっきまで死にかけだったとは思えない能天気なハルの様子に、なんだか心配するのも馬鹿らしくなって来たので、私はハルが何故ボロボロだったのかその理由を聞いてみた。


「うーん、やっぱり気になる? 本当は話さない方が良いんだろうけど、ミアには助けてもらったし……」


 魔法で茶色に変えた髪を掻きながら、言いにくそうにハルがこそっと教えてくれた内容は、ある程度予想していたものだった。


「実は俺、誘拐されたんだよね」


「……えっと」


「あれ? びっくりするかと思ったんだけど……。まあ、あの状態を見られたら察しが付くか」


「じゃあ、ハルは誘拐されたところから逃げて来たんだよね? だったら尚更早くお父さんに会って安心させてた方がいいよ!」


「うんうん、そうだね。でもそろそろ迎えが来るだろうから大丈夫だよ」


 ハルはそう言うけれど、お父さんは今居る場所を知らないだろうし……。それに髪の色も変わっているのに、見つけられるのかな?

 うーん、良くわかんないけど、きっとハルがそう言うなら大丈夫……だよね?


「……わかった」


 何となく納得はできないけれど、これ以上言っても無駄なのだろう。

 とりあえず気を取り直した私は、一刻も早く目的のお店に向かう為に頭を切り替える事にする。

 以前お母様と外出した時に馬車の中から見た景色を思い出し、朧気ながらお店がある方向へ意識を飛ばす。


 ──よし、視えた!


 しばらく集中していると、私の頭の中に「コフレ・ア・ビジュー」と書かれた看板を掲げるおしゃれなお店の映像が浮かび上がる。その情報を元に、更に頭の中で地図を描き、最短の道を導き出す。

 そんな私をハルがじっと見つめていたけれど、近道する事に集中していた私は全く気が付いていなかった。

 大体のルートがわかって一安心し、ホッとため息をつく。


「……そう言えば、どこのお店に向かっているの?」


 不意にハルに聞かれ、そう言えば何も言っていなかったな、と思い返す。


「ええっと、王都で人気のあるお店でね、今限定の商品があるとかで、それを頼まれてて……あ!」


 そこで私は肝心な事を思い出して顔が真っ青になる。


 ──どうしよう、お金が足りなかったんだ……。


 お義母様から預かったお金はちょうど商品と同じ金額の五万ギールだったから、ハルにあげた食べ物代千ギールがそのまま足りないのだ。

 ネックレスを売ってどうにかしようと思っていたけれど、ハルが一緒だと買取してくれるお店に行きにくい。


「……? ミア、どうしたの?」


 急に動かなくなった私をハルが心配そうな顔で見て来た。


 ──ハルには気付かれない様にしないと、また心配させてしまう。


 どう言えば上手く誤魔化せるか悩んでいると、慌ててこちらに向かって来る人影が目に入った。


「……!! ハルッ!!」


「あ、マリウス」


 「『あ、マリウス』じゃねーよ! 全くもー!! どれだけ心配したと思ってんだ! 本当にお前という奴はー!!」


 ハルを見つけるなり怒り出したマリウスと呼ばれた人は、灰色の髪と目をした顔に銀色の眼鏡をかけた、ハルより少し年上っぽい男の子だった。


「ね? ちゃんと迎えが来たでしょ?」


 動きを止めたままの私に、ハルがいたずらが成功した様な、やんちゃな笑みを浮かべる。物凄いドヤ顔だ。


「お前の魔力を見失ってからどれほど俺たちが──……って、あれ? こちらのお嬢さんは?」


 ハルの隣に佇んでいる私に気がついたマリウスさんが、興味深げな目で私の顔をじろじろと見てくる。

 うーん。何か品定めされている様な……?


「俺の命の恩人だ! 変な目でミアを見るな!」


 ハルが私の前にずいっと歩み出て、マリウスさんの視線から庇ってくれた。


 そんなハルを見たマリウスさんは一瞬目を瞠ったものの、何かに気づいた顔をすると今度はニヤニヤと何か企んでいる様な笑顔になった。


「……ふーん……なるほどなるほど。お嬢さんがハルを助けてくれたんだね。本当にありがとう!」


 今度はにこにこと綺麗な笑顔を向けられる。何だかすごく表情豊かな人だなー。


「そこんとこちょーっとお話し聞きたいんだけど、お礼も兼ねて俺とお茶しない?」


 気がつくとマリウスさんに両手を握られ、じっと見つめられている私。


 やたら距離が近い様な……?


「……! ちょ、ちょっ……! おまっ! 手! 俺だってまだ……!」


 そんな私達を見て慌てふためいたハルの姿に、内心焦っていた私の心が逆に落ち着いた。


 ──そうだ、ここでハルたちと別れれば良いんだ。


「すみません、マリウスさん。お誘いはありがたいのですが、私には用事がありますのでご一緒することが出来ません」


 ハルとお別れだと思った瞬間、胸がちくりと痛んだけれど、今は気付かないふりをしよう。


「ハルにお迎えが来て安心しました。私はここで失礼します」


 私はにっこり微笑んでお辞儀する。気持ちが漏れない様に、とびきりの笑顔で。


「……ミア? 急にどうしたんだ?」


 ハルが信じられないという驚きの顔で私を見る。


 ──今ならまだ間に合うから。これ以上一緒にいちゃダメだから。


「お礼などは結構です。お話ならハルから聞いていただけますか?」


 私がお断りすると、マリウスさんは片眉を上げ、ちらりとハルを見てからもう一度こちらに目を向ける。 


「おやおや、それは困っちゃうなあ。こちらとしてもハルの恩人をそのまま帰す訳には行かないんだよね。俺たちが怒られちゃうし」


「でも……」


「じゃあ、ミアさんの用事とやらを先に済ませちゃおう! その用事の内容を教えてもらっても良いかな?」


 どうにか断ろうとしているのに、逃がさんと言わんばかりにマリウスさんがグイグイ攻めて来る。


 ──どうしよう。


「……ミア。ミアが急いでいるのはわかってる。だけど俺はもう少しだけミアと一緒に居たいんだけど……どうしてもダメ?」


 しゅんとした顔のハルが、少し潤んだ瞳で私の顔を覗いて来る。


「……っ!」


 そんな目で見られたら断れる訳ないって、わかっていてやっている顔だ。──ずるい!


「うわー。えげつなー」


 マリウスさんが何やら吐き捨てる様に呟いているけど私にはよく聞こえない。


「……じゃあ、もう少しだけ、ね?」


「うん! ありがとうミア!」


 満面の笑顔を向けるハルに、しようがないなあと思いつつ、一緒にいたいと言われて喜んでいる自分がいた。


「……えーっと、じゃあ改めて聞くけど、どこに行く途中だったのかな?」


 何となくマリウスさんの雰囲気がやさぐれてるけど、大丈夫かな?


「あ、はい。『コフレ・ア・ビジュー』って言うお店なんですけど」


「コフレ・ア・ビジュー!?」


 店の名前を聞いたマリウスさんの目が光った様に見えたのは気のせいかしら。


「マリウス知ってるの?」


「そりゃあ、知ってて当たり前だろ? って言うか、どうしてハルが知らないのか不思議だよ俺は」


 ……どう言うことだろう? 不思議そうにする私にマリウスさんが教えてくれた。


「コフレ・ア・ビジューは帝国が本店のお店なんだ。最近この王国に支店を作ったって聞いた事ない? 今は帝国から皇帝が来てるからね、それにちなんだ商品も発売されてるらしくって、色々話題になっているらしいよ」


 ──今、皇帝が来ているの!?


「実に十年振りの国王と皇帝の会談だからね。それを記念に限定発売の商品が──って、もしかしてミアさんの用事ってそれ?」


「……! はい、そうです! その限定品の香水を買って来てほしいと頼まれて……」


「そうなんだ。じゃあ、運良く予約出来たんだね」


「……え?」


 ──なにそれ。


 予約なんて話を聞いていない私は不安になる。

 明らかに顔色が悪くなった私にハルやマリウスさんが心配そうな視線を向ける。


「ミアは予約の話を知らなかったの?」


「……うん。何も……。ただ買って来てって言われただけで……」


「それはおかしいなあ。とにかく人気がすごくって、予約出来た人にだけ販売することになっているから、店に行けば誰でも買えるってものじゃ無いはずだけど」


 ──マリウスさんの言葉に、目の前が真っ暗になった。

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