44 ぬりかべ令嬢、友だちができる。

 マリカさんの成長を心身ともに阻害していた呪いのような澱みを、「聖膏」を使った火魔法の<聖火>で浄化したら、綺麗さっぱり燃やし尽くすことが出来たらしい。

 これでマリカさんの身体も成長していったら良いな。


 身体の方はすぐ成長する訳ではないのか施術前と変わらないようだけど、心の方は変化があったようで、いつも俯きがちだった顔が今は真っ直ぐ前を向いていて、表情がとても明るく晴れやかだ。


 さすがに身体の方は一気に大きくはならないようなので、しばらくはこの魔法のベッドで寝て様子を見ようという事になった。

 ディルクさんの許可が出たら、しばらくマリカさんと同室だ。嬉しい。


「私は自分の部屋に戻るわね。ミアちゃんマッサージありがとう。それとマリカ……頑張ってね」


 アメリアさんがドアを閉める時に、手をひらひら振りながら帰って行った。

 初めての女子会とても楽しかったな……たくさんお話出来たし、お互いの事をわかり合えた気がする。


「今日はありがとう、ミアさん」


 寝る前にマリカさんが恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。

 そう言えばマリカさんに名前を呼んでもらったのって今日が初めてかも。


「マリカさん、お互い歳も近いんだし、さん付け無しで呼び合いたいと思っているんだけど……どうかな?」


 私が一つ年上とは言え、マリカさんは先輩だから失礼かな、と思ったけれど、敬称を付ける呼び方が少し寂しく感じてしまったのだ。

 今日の出来事でマリカさんの心に近づけた気がするからだろうか。私が勝手に親近感を持っただけかもしれないけれど……。

 だけど私の心配を他所に、マリカさんは嬉しそうに同意してくれた。


「……うん。嬉しい」


 恥ずかしそうに頷くマリカさん。いつもより表情がわかりやすくなってとても可愛い。今までも十分可愛かったのに……何だかこれからが心配になる。


 今日、本当の意味でマリカさんと友だちになれた。年の近い初めての友達だ。その事がこんなにも嬉しい事だったなんて。


 それから二人でお互いの好きな物を教えあっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。




 * * * * * *




 女子会が終わって次の日、マリカと一緒にディルクさんの元へ向かう事になった。

 「聖膏」を使いマリカの澱みを浄化した事の報告と、しばらく同室させて欲しいとお願いする為だ。


 朝食の時に見当たらなかったので、買取カウンターへ向かうと、何やら女の子の声が聞こえてきた。


「ディルクさん、私の祖父の遺品の指輪なんですけど、サイズが合わないので買い取って貰いたいんです。綺麗な石なので私も気に入ってたのですが……」


 カウンターには私より少し年上の女の子がいて、ディルクさんに指輪を見て貰っていた。


 ディルクさんが受け取った指輪を色んな角度から見て鑑定している。けれど、魔法は使っていないみたいだ。


「プラチナとサファイアの指輪ですねー。確かに若い女性が身につけるにはサイズが大きいけれど、気に入っているんでしょうー? だったらこの指輪、リメイクしたらどうですかー?」


「リメイク、ですか……?」


「はいー。この台座部分を加工してペンダントトップにすれば、いつでも身に着けられますよー。お祖父さんとの思い出の品なんですし、無理に手放さなくても良いと思いますけどー」


「わあ! そんな事が出来るんですか? 素敵ですね! 是非お願いします!」


「はいー。うちには腕の良い職人がいますからー。安心してくださいねー。リメイクが終わったらチェーンを選びましょうー」


 お客さんの女の子にディルクさんがにっこり微笑むと、女の子は顔を真っ赤にしてうんうん頷いている。あの笑顔が曲者なのだろうか。

 でもディルクさんって、買い取るだけじゃなくてこんな風にアドバイスもしているんだ……お客さんが大切な思い出を手放さなくても良いように。


「素敵……」


 マリカがディルクさんの仕事っぷりを見て呟いた。うん、確かに。


 その後、軽く打ち合わせをし終わった女の子が帰って行ったけど、女の子が紅い頬に手を当てていたのを見て、女子会でのアメリアさんが言っていた事は本当なんだな、と実感した。


 でもここで怯んでなんかいられない。私とマリカはディルクさんの元に向う。


「ディルク」


 マリカが声を掛けると、ディルクさんが振り向いてマリカを見たのだけれど……。


「……え? マリカ……? だよね……?」


「そう」


「……あれ? 何だかいつもと違うような……?」


 少し戸惑いながらも、ディルクさんは一目でマリカさんの違いに気付いたようだ。昨日までと見た目は一緒なのに印象が違うから困惑しているようだけれど。


「ディルクさん、お話があるんです。マリカの事についてなんですけど、お時間ありますか?」


 私の言葉に何か察したディルクさんが頷いた。


「ああ、ニコ爺のところへ行こうと思っていたし丁度いいね。一緒に研究棟へ行こうか」


 先程預かった指輪を持ったディルクさんと研究棟へ向かう。

 ディルクさんの後ろをついて行くマリカの後ろ姿に、勢いよくブンブンとしっぽを振っている幻覚が……。寝不足かな?


 研究棟へ着いたけど、ニコ爺もリクさんも見当たらない。まだ来ていないようだ。


「リクはまた徹夜かな? ニコ爺は鍛冶場だっけ」


 とりあえず三人で会議室へ行くことに。

 簡単にお茶の用意をして会議室に入ると、ディルクさんの前にマリカが座り、その隣に私が座る。私達が座ったタイミングでディルクさんが口を開いた。


「それで、何があったのかな? 随分マリカの印象が変わっていて正直戸惑っているんだけど」


 私は昨日有ったことをディルクさんに話した。「聖膏」を使った事、ただのマッサージだと思っていたのが火魔法の<聖火>だった事、マリカの身体から澱みが浄化された事など。

 私の話を黙って聞いていたディルクさんはしばらく考え込んだ後、「なるほど」と言ってマリカを見た。


「マリカ、体の調子はどう?」


「大丈夫。気持ちも落ち着いているし、身体が軽い感じがする」


「そうか……なら良かったよ」


 マリカの返事にディルクさんはとても満足そうだ。


「しかし、小さい頃から受けていた<悪意>が身体と心を蝕んでいたなんて……気が付かなかったよ。きっとそれは<言霊>の作用も有るんだろうね」


 <言霊>は、昔から言葉に宿ると信じられた霊的な力の事だ。

 私達が使う魔法も詠唱する言葉に内在する魔力が、現実の事象に干渉して引き起こされていると考えられている。

 良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされているのだ。

 実際マリカへぶつけられた<悪意>は、姿を変えて彼女に悪影響を与えていたのだろう。


「今の話を聞いて、言葉は気をつけて使わないといけないんだと再認識させられたよ。やろうと思えば言葉で人を殺す事も出来るんだってね」


 ディルクさんの言葉に、私も一度出した言葉はもう元には戻らないんだから大切に使わなきゃな、と思った。


「ミアさんの部屋の使用も認めるよ。効果がわかるまで使ってみて」


 期間限定とは言えマリカと同室だ。二人でえへへと笑い合う。


「マリカの様子もそうだけど……ミアさんも何だか変わったね。マリカと名前で呼び合うようになったのかな?」


 ディルクさんが微笑ましそうに私とマリカを見る。


「ミアとは、友だちになったから」


 マリカが少し恥ずかしそうに、はにかむように言った。マリカ、可愛すぎるー! 


 ディルクさんもマリカのその様子を見て、目を見開いて驚いている。


「……そうか。初めは急にマリカが変わったから戸惑ったけど……とても良い傾向だね。僕も嬉しいよ」


 マリカの成長を喜んでくれた様子のディルクさんだったけど、ふっと悲しげな表情になる。


「でも、正直ちょっと寂しいかな。良い事だとは解っているんだけど、ね」


 苦笑いのような、寂しげな笑みのディルクさんに、マリカが声を掛ける。


「私、ディルクの横に並べるようになりたい」


「マリカ……?」


「妹としてではなく、一人の人間として見て欲しい」


「それは……」


「ディルクに相応しくなれるように頑張るから」


「…………」


「だから、待ってて」


 マリカは真っ直ぐディルクさんを見つめ、まるで誓いのように、言葉を紡いだ。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


よく考えたら今日で投稿開始一ヶ月でした。

セルフお祝いに急遽更新です。(投稿時間30分前)


次のお話は

「45 不安1(マリカ視点)」


女子会のマリカ視点です。

いつもとは違うシリアス(?)なマリカです。


本日19時に投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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