閑話 遅すぎた初恋2(エリーアス視点)

 レオンハルト殿下の歓迎会を兼ねた舞踏会が開催される事となり、その準備に追われていたある日。


 我が父である宰相の執務室へ向かうべく、王宮の廊下を歩いていたその時、見覚えのある人の姿を目にして思わず心臓が跳ねる。


「ユーフェミア嬢……」


 そこに居たのは、ずっと自分の心の隅にあり続けた存在──ユーフェミア・ウォード・アールグレーン侯爵令嬢だった。


「お久しぶりです、エリーアス様」


 何時かのお茶会の時と変わらず、優雅に礼を取るユーフェミア嬢が、その紫水晶の瞳に自分を映した瞬間──体中に甘い衝撃が走った。


 しかし、何故かその衝撃の意味を理解してはならないような気がした私は、動揺を悟られないように頭を切り替え、気を取り直して二人に挨拶した。


「ああ、本当にお久しぶりで……ウォード侯爵もご無沙汰しております」


 ユーフェミア嬢の隣には彼女の父親であるテレンス・ウォード・アールグレーン侯爵もいた。侯爵は我が父とは旧知の仲で、私が小さい頃はよく屋敷にやって来てはお菓子をくれたり、遊んでくれたりと可愛がってくれたのだ。


「エリーアス殿、久しぶりですね。随分立派になられて……。父君からよく自慢話を聞かされてますよ。随分期待されているようですね。僕も殿下の右腕としてその手腕を奮ってくれる事を期待しています」


「恐れ入ります。ご期待に添えられるよう務めさせていただきます」


 父から聞かされるウォード侯爵の武勇伝の数々に、幼い私は彼に憧れては彼のようになりたいと思っていた。そんな憧れの人物に期待していると言われて嬉しくない訳がない。侯爵の言葉に、心の中で密かに喜びを噛み締めていると、じっとこちらを見ているユーフェミア嬢と目が合った。


「ユーフェミア嬢も大変でしたね。無事回復されたようで安心しました」


「有難うございます。おかげさまで全快致しました」


 ユーフェミア嬢とそんな会話をしていると、侯爵が「あ、そうだ」と声をあげる。

 

「エリーアス殿にはミアの件でご協力いただき有難うございました。婚約申請書の取り下げ処理をしないといけませんね」


「え!? 婚約!?」


 侯爵の言葉にユーフェミア嬢は大層驚いている。その事からして、私と仮初めの婚約をしている事は全く知らなかったらしい。

 

「そんな事とは露知らず、エリーアス様にはとんだご迷惑を……! 申し訳ありません!」


 ユーフェミア嬢が慌てて私に謝罪をするけれど、この一件は私の独断で行った事であり、婚約を知らなかった彼女が謝罪する必要も気にする必要も無い事なのだ──頭ではそう思っていても、心がざわつくのは何故なのか……。


「でも、エリーアス様のおかげで助かりました。本当に有難うございます。これは一刻も早く婚約取り消しの手続きをしなければいけませんね……!」


 私を気遣うユーフェミア嬢の言葉に、私の心が激しく痛む。


 ──この胸の痛みは一体……!?


「いえ、大丈夫ですから。どうかお気になさらないで下さい」


 自分の胸の痛みと落胆した気持ちを押し隠し、何とか言葉を絞り出す。


 ──まさか、自分のこの気持は……と、考えが纏りそうな所で、ふいに声を掛けられて、纏りかけていた考えが霧散する。

 

「おや、ネルリンガー宰相のご子息ではありませんか」

 

「……イグナート司教」


 思考を分断され思わず不機嫌な声が出てしまったが、この人物に対しては何時もの事だったな、と思い直す。


 それからイグナート司教はマティアス殿下の様子を聞いてきたり、侯爵と挨拶を交わしたりしているが、私はその光景に危機感を強める。

 

「司教、申し訳ありませんが宰相に呼ばれていますのでこの辺で失礼します」


 イグナート司教にこれ以上王国の事に踏み込んで貰いたくない私は父を口実に彼の話を遮る事にした。


「……ああ、これはこれは。引き止めてしまい申し訳ありませんでした。では、皆様に至上神のご加護がありますように」


 私の強引な話題逸らしにもイグナート司教は咎める事無く去って行く。

 本来であれば司教に対する態度ではなかったかも知れないが、彼の方もこれ以上法国の立場が悪くならないようにと考え、おとなしく引き下がったのかもしれない。


「法国の関係者がこんな王宮の奥まで入って来る事が出来るとは……余りよくありませんね」


 先程の一件でウォード侯爵は王国が抱えている問題の深刻さを理解してくれたようだ。

 私が更に補足するように、法国関係者が王宮内部に入り込んでいる現状と元老院の人員不足について説明すると、父の意図に気付いたらしい侯爵が眉間にシワを寄せる。


「……ああ、アーベルが僕を呼ぶ理由はそれか」


 ウォード侯爵は父の思惑に気が付いたようだった。

 今回の呼び出しは恐らく、爵位返上の撤回と侯爵の元老院入りの打診だろう。


 しかし侯爵はその話を断るつもりらしく、あくまで宰相としてではなく、一個人として父に会おうと考えた様だ。


「もうこのまま一緒にアーベルの所へ行こうよ。そこでお茶とお菓子を出して貰おう」


 そして、あくまでも旧友が顔を出したかの様に装い打診を言い難くする為に、ユーフェミア嬢を一緒に宰相の所へ連れて行こうと考えたらしい……肝心のユーフェミア嬢には断られてしまっていたけれど。


 ウォード侯爵家の親子はしばらく押し問答というには些か可愛らしい言い合いをしていたが、ユーフェミア嬢の方が一枚上手だった様で──


「お父様、私早くお父様と王都でお買い物がしたいのです。だから早く戻ってきて下さいね?」


 ──ユーフェミア嬢の上目遣いのおねだりで、侯爵は呆気なく撃沈されていた……しかし、撃沈されたのは侯爵だけでは無かったらしく。


「よし! 行ってくる! ぱぱっと終わらせるから、ちゃんと待っているんだよ! ほらエリーアス君行くよ!」


 そうして私は侯爵に引き摺られるように連れて行かれたのだが……しばらくの間、私の胸は高鳴り、頭の中はユーフェミア嬢の事でいっぱいになっていて──気を緩めると溢れ出しそうな何かを、自分の感情に蓋をする事で、何とか押し留めたのだった。






* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございました。


未だに気付かないエリーアスさんです。

こちらのお話はもう1話ありまして、133話公開後に更新予定です。


次のお話は

「129 ぬりかべ令嬢、舞踏会に参加する。」です。今度こそお城へ行きます。




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色々と間違っているシンデレラ

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「ぬりかべ令嬢」共々、どうぞよろしくお願いいたします。

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