112 ぬりかべ令嬢、約束を交わす。

 お父様との話が終わり、昔のわだかまりが無くなった私の心は大分軽くなったと実感する。

 その後お父様は「後は若いもの同士、ゆっくり話すんだよ」と言って部屋から退出していった。


 思い切ってお父様とお話して良かったな。お母様のお話も聞けたし。

 ハルとの身分差がかなり開いちゃったのだけが残念だけど、身分を保証して貰えるのなら何とかなるかもしれないし。


 エルマーさんが再び淹れてくれたお茶を飲んで一息ついたところに、ハルが思い出した様に言った。


「あ、そうだ。ミアに言うのを忘れていたんだけれど、マリカが帝国の宮廷魔道具師になったんだ」


「えっ!? マリカが!? すごい!!」


 私が眠っている間にそんな話になっていたとは。でもマリカは天才だし、魔導国が欲しがる人材だものね! 魔導国に行くのは心配だったけど、ハルのいる帝国なら安心できるし。


「元々王国から帝国に移住するつもりだったみたいだし、タイミングが良かったよ」


「そうなんだ。帝国には魔道具師はたくさんいるの?」


 今までマリカは一人で魔道具を作っていたものね。人見知りがちょっと心配だけど、上手く行けば視野が広がって、更に功績を挙げるかも。


「そうだな……確か十人ぐらい居たと思う。結構変わり者も多いけど、皆んな優秀だからな。マリカが馴染んでくれれば良いんだけど」


「やっかみとか大丈夫かな……」


 マリカは若くてとっても可愛いし、才能豊かでしかも魔眼持ちだから、もしかすると嫉妬されて嫌がらせとかされてしまうんじゃ……?

 そんな心配を始めた私に、ハルが「大丈夫だよ」と笑いながら教えてくれた、


 マリカは帝国でもその筋の人間には有名で、教えを請いたいと思っている人間が結構な数いるらしい。宮廷魔道具師になれば歓迎されこそすれ、嫌がらせなどは無いだろうとの事だった。


「そっか……良かった! マリカが楽しく研究出来そうで安心したよ」


「マリウスが欲しがっていた人材だし、アイツを敵に回したいなんて思う人間は帝国には居ないからな」


「へー。マリウスさんってそんなに怖いんだ。七年前に会った時は優しかったけどな……」


 時の流れは人を変えてしまったのだろうか。とにかく人は見かけで判断してはいけないという事ね。よし、覚えておこうっと。


 そしてマリカの事を聞いた後は、今後どうするかハルと相談する事に。


「マリカと一緒にディルクさん達と帝国へ行く予定だったけど、引っ越し準備が終わっていないから、帝国へ行くにはしばらく時間がかかるかもしれないんだって」


 私は十日間眠っていたし、ディルクさん達も今回のゴタゴタで大変だったみたいで、帝国に行く準備がかなり遅れているらしい。


「……そうか。裁判では色々お世話になったからなぁ。また謝礼を考えないと。俺の方は舞踏会が終わったらすぐ帝国に帰る事になるだろうな。王国に長く滞在しすぎたから、仕事が溜まっているだろうし」


 ハルは皇子様だものね。凄く忙しい人なのに、私の為に飛んで来てくれたんだ……物理的に。

 凄く心配させてしまって申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが湧いてくる。


「俺が帰る時、ミアも一緒に行くか? 帝国自慢の飛竜に乗れるぞ?」


「えっ!? 飛竜!? うわぁ……! 凄く乗っていみたい! けど……」


 突然ハルと一緒に帝国に行ったらきっと大騒ぎになってしまうんじゃ……? 出来れば目立たずに行きたいしなあ。


「私はマリカ達と一緒に行くよ。飛竜さんにはとても興味があるけれど」


「そっか……まあ、そうだよな。ミアを連れ帰って皆んなに自慢したかったけど、突然過ぎるよな」


 ハルが寂しそうな顔をするので、思わず一緒に行ってあげたくなってしまうけど……っ! ダメダメ! ここは心を鬼にしなきゃ……っ!!


「え、ええと、ハルが帰っちゃう前に、一度飛竜さんを見せてもらいたいんだけど、どうかな?」


 私がそう言うと、ハルの表情がぱあっと明るくなって笑顔になる。ま、眩しい!

 ハルの笑顔に耐性が無かったら失神していたかも! ……ハルを喜ばせてあげたいと思うのに、それが下手をすると諸刃の剣になってしまうなんて……!


「もちろん、何時見に来てもいいぞ! 見た目はごついけど、めちゃめちゃ可愛いんだ!」


 ハルは本当に飛竜が好きなんだなあ……。飛竜の話をするハルの目はとてもキラキラしていて、いつもは格好良いのに、今のハルは幼く感じて可愛いな、と思う。


 こうして一緒に居ると、ハルは表情がくるくる変わるから見ていて飽きないし、もっと見ていたいけど……。


「舞踏会が終わったら帰っちゃうんだよね……またしばらく会えなくなると思うと寂しいな……」


 ハルと一緒にいる時間が幸せすぎて、また離れ離れになってしまうと思うと涙が出そうになる。俯くと涙が零れそうだったから、ぐっと耐えてハルを見上げる。


「うっ……! ミア、その顔ヤバイから……!」


 涙目の上目遣いでハルを見たからか、ハルが再び目頭を押さえてプルプルしている。まるで何かに耐えているみたい。


「あー、ヤベっ。俺、ミアと離れても大丈夫かな……あんまり長い間離れていると、ミア不足で禁断症状出そう」


 ハルも私と同じ気持ちでいてくれるんだ! えへへ、嬉しいなぁ。


「七年も離れていたのに、十日かそこらで音を上げてちゃ駄目なんだけどな」


「私もなるべく早く行けるように準備頑張るね! あ、ディルクさんたちと一緒だから、帝国に着いたらしばらくはランベルト商会でお世話になると思う」


「そっか。じゃあ帝国に着いたら俺のとこまで連絡してくれる? すぐに迎えに行くよ。それでもし良かったら、一度俺の親父達に会って貰いたいんだ」


 えぇ!? て、帝国の皇帝と……!? だ、大丈夫かな……。


 ハルのお父さんだから、いきなり殺される事は無いと思うけど、平民になった私が歓迎される訳無いしなあ。もし何かで怒りに触れて帝国から出ていけーとか言われたらどうしよう……。そうなったら帝国の国境付近で生活するしか無いよね。帝都からは大分離れてしまうけど、王国よりはハルの近くにいられるし。ディルクさんにお願いしてランベルト商会出張所とか作って貰えないかな。帝国へ行き来する人相手に商売をして、時々流れてくるハルの噂を聞きながら晩年まで過ごすのだ。そして──……。


「ミア、俺の親父そこまで鬼畜じゃないから。それにミアが帝国から追い出されたら、もちろん俺も一緒に出ていくよ。でも二人で仲良く商売するのはいいな。ミアと一緒だったら楽しそうだし」


 ──あれ?


「ま、また、私……っ!?」


 もしかして、また心の声がダダ漏れ……!?


「うん、ミアの考えはよくわかったよ。でも俺がミアを一人にする訳ないよね? そこんところ忘れないでいてくれると嬉しいんだけど」


 ハルがとても楽しそうに笑っている。しかもハルだけじゃなくて部屋に控えていたエルマーさんまで笑っている気配が……っ! ああもう、恥ずかしすぎるー!!


 私がもう何回目かわからない羞恥に震えていると、ハルが何かを思いついたのか、私に提案してきた。


「そうだ! 今度の舞踏会だけど、俺と一緒に踊ってくれる? 今までロクにそう言う行事に出たことないし、ダンスなんか練習以外やった事無いけど、ミアとなら一緒に踊ってみたいなって」


「えっ……! ハルと踊れるのは嬉しいけど、私も誰かと踊った事なんてないし、ハルの足を踏んじゃうかもしれないよ?」


「それぐらいヘーキヘーキ! ミアと踊れるのなら痛みなんて気にならないって。それに俺、こう見えても鍛えてるし」


「ハルがそれでいいなら、私も一緒に踊ってみたいな。初めてだから緊張しちゃいそうだけど」


「よし! 一緒にダンスを踊る事と、飛竜を見に来る事、この二つ約束な!」


「うん! 約束するよ!」


「あ、後もう一つ。ミアを甘やかすのは俺の役目だから! 侯爵よりももっとデロデロに甘やかすからな! だからその時はミアも俺に甘やかされる事! わかった?」


「ひゃ……っ、ひゃい! じゃなくて、は、はい! ……って、ええ??」


 ハルの勢いに思わず肯定の返事をしてしまったけれど、良く考えたらすっごく恥ずかしい約束なのでは……っ!!


「ははは! はいって言ったからな! 約束したぞ!」


「うぅ〜っ! ハル、ずるいよ……!」


 前回交わしたハルとの約束は、叶えるまでに七年もかかってしまったけれど、今度交わした約束は、きっとすぐに叶えられるのだろう。その事がとても嬉しくてたまらない。


 これから先の事はまだ分からない事ばかりで、不安じゃないと言えば嘘になるけれど、それでもハルがそばに居てくれるこの幸せな時間を大切にしたいと、私は心からそう思ったのだった。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。

ストックは溜まってないけど更新しちゃいました。褒めて!(ドヤ顔)


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次回のお話は


「113 この世界の裏側で──魔導国」です。


イチャイチャから一転、魔導国のお話です。院長とか出ます。忘れ去られている副院長も。


どうぞよろしくお願いいたします!

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