117 ぬりかべ令嬢、ヤキモチを焼く。
ハルの相棒の黒い飛竜さんは名前を「黒炎」と言うそうだ。
全身に黒く煌めく鱗を纏っているその姿はとても美しく、王者の風格のようなものを感じてしまう。しかも黒曜石のような瞳には知性が宿っているのが見て取れて、すごく頭が良さそうな飛竜さんだ。何だか「空の王」って感じで凄く格好良い!
一般的な飛竜種は全長約十メートルだそうだけど、黒炎さんは十五メートルを超える飛竜で、普通の飛竜より一回り大きい。しかも数いる飛竜種の中でもとりわけ飛行能力に特化した進化を遂げてた変異種らしい。
更に火属性の魔法を使う事が出来る希少種らしく、その息吹は上級魔法並みの威力なのだそうだ。
……何それ凄すぎる!! もうこの世界の最強生物じゃない?
「ふぇ〜! 黒炎さんは凄いなあ……。こんなに格好良くて強いなんて。何だかハルとそっくりだね!」
「そ、そうか? コイツは俺の大事な相棒だから、褒めてもらえて嬉しいよ。ありがとな!」
黒炎さんは私達の様子をじっと大人しく眺めていて、何だか会話の内容を理解しているみたいだった。
だから私は何となく、黒炎さんに話しかけてみた。
「黒炎さん、私はミアって言うの。よろしくね!」
すると、黒炎さんは首を伸ばして私の方へ顔を近づけてきた。
黒炎さんの顔と私の身長が同じぐらいだから、黒炎さんが口を開けたら私なんて丸飲みされてしまいそう。
黒炎さんはその澄んだ瞳でじっと私を見つめている。その深く綺麗な瞳に引き込まれそうになる。
お互い見つめ合っていると、黒炎さんが鼻先をそうっと寄せて来たので思わず手で撫でてみる。
……わあっ! 少しひんやりしていて意外と柔らかい! もっと固くてゴツゴツしていると思ったのに……。
黒炎さんも気持ち良いのか、目を細めて大人しく身体を撫でさせてくれた。こうしていると何だかとても可愛い!
「ふふっ。黒炎さん、これからもハルを守ってね」
私がそう言うと、黒炎さんは顔全体で擦り寄って来てくれたので、私もお返しとばかりに黒炎さんの顔を抱きしめる。
「おいおいおい……! マジかー! あの黒炎が……!!」
「うーん、流石はミアさんと言うべきか……。しかし、好みのタイプまで同じとは……」
私の横と後ろで何やら二人が呟いているけど気にしない。黒炎さんの鱗の感触が気持ちいい!
「すっかり黒炎はミアを気に入ったんだなあ。ちょっと妬ける気もするけど良かったよ!」
「飛竜にまで独占欲ってどんだけ……って、まあ予想はしていましたけど」
んー? 黒炎さんは私を認めてくれたって事かな? だとしたら嬉しいな!
黒炎さんと仲良しになった後、他の飛竜さんたちも見せて貰った。
マリウスさんの飛竜さんは少し色が薄めの飛竜さんだった。何だか格好良いというより美人さんって感じ。しかも瞳の色は金色で、すっごく綺麗!
「飛竜さんたちも個性があって面白いね! それに思っていたよりもずっと可愛くて全然怖くないや!」
「それはミアの肝が据わってるからだよ。以前ミーナにコイツら見せてやったら大泣きされたぞ!」
んー? ミーナって……女の子の名前だよね……?
「……ミーナって、誰?」
ハルの口から初めて出た女の子の名前が気になってしまい、思わず質問してしまう。
「ん? ああ、ミーナって言うのはヴィルヘルミーナって言ってな。俺の従姉妹なんだ。巷では『妖精姫』とか何とか言われてるみたいだけど、とにかくうるさくてさ。すぐ泣くし。飛竜が見たいって言うから見せてやったら、チラッと見ただけでガン泣きして。あの時は大変だったなぁ……」
「……そっか、従姉妹さんかー」
何処かの貴族のご令嬢と仲が良いのかと思ってしまった。
……いや、仲が良いのは良いんだけど……。んー? 良いのかな?
頭の中でハルが見知らぬご令嬢と親しげにしているところを想像してみる。
……あれれ? 胸がモヤモヤするような……? それに何だか凄く嫌な気分。こんな気分になったのは初めてで自分でも戸惑ってしまう。この感情は何だろう……?
──はっ! まさか……! これが嫉妬……!?
きっとそうだ! うーん、なるほど……。これが嫉妬……。あまり気分が良いものじゃないなぁ。何だか心が落ち着かないし。意味もなくイライラしてしまう事なんて今まで無かったのに……。マリカやアメリアさんはいつもこんな気分を味わってきたの……? すごい! すごいよ! 私だったら泣いてしまいそう。
「……ミア? どうした? 疲れたのか?」
考え込んでいた私に気付いたハルが、心配そうに顔を覗き込んで来た。
いつもの私なら、きっと「大丈夫!」とか言うんだろうけど、何だか胸のモヤモヤが邪魔をして上手く言葉にする事が出来ない。
ハルに心配をかけたくない反面、心配してくれる事が嬉しいなんて。
……これは駄目だ。なんだか自分が凄く意地悪な人間だったのだと思い知らされて悲しくなってくる。
「ハル……! ごめんなさい!!」
「うぇっ!? な、何? 何が?」
突然謝り出した私にハルは何か嫌な事を思い出したような、変な顔をしている。
そんな私達を見てマリウスさんが「血が繋がって無くても姉妹か……」と呟いているけれど、どう言う意味なのかわからない。
「私……ミーナさんにやきもち焼いてるの!! ハルと仲が良いところを想像すると、何だか胸がモヤモヤして……! ハルは何も悪く無いのに、心配してくれるのが嬉しくて、もっと心配かけたくなるの!!」
「……! ミア……!!」
ああ、つい言っちゃったよ……! ハルは呆れただろうな……幻滅しちゃったかも……。
そんな私の心配を他所に、ハルは嬉しそうに私の両手を取り、包み込むように握りしめた。
「ミア、やきもち焼いてくれたって、それ本当?」
「う、うん……。ハルが他の女の子と一緒に居るところを想像すると、胸が痛いの……」
私が恐る恐るそう言うと、感極まったような笑顔のハルに抱きしめられてしまった。
「わわっ! ハ、ハル……!?」
「やべっ! どうしよう、俺すっげー嬉しい!!」
「ええっ!? ヤキモチ焼かれると嬉しいの? 普通は困るんじゃないの?」
戸惑う様子の私の頭を、ハルが優しく撫でてくれる。うう、だからそれ反則……!
「ミアはヤキモチとかそういう感情に無縁そうだから、俺ばっかり嫉妬するんじゃないかって思ってたんだ。俺はミアみたいに心が広くないから」
「そんな事無いよ! ハルは優しいよ!」
「それはミアにだけだよ。俺はミアにしか優しくしたくない、薄情な人間なんだよ」
ハルはそんな事を言うけれど、薄情な人間がマリウスさんや団員さん達に好かれる訳無いのにな。それにそんな人に黒炎さんは懐かないと思うんだけど……でもこれは、言葉で伝えようとしてもきっと上手く伝わらないだろう。
だから私はハルをぎゅっと抱きしめ返す。
「じゃあ、私もハルだけに優しくする! そしてハルをいっぱい甘やかしてあげるよ!」
多分、今のハルに足りないのは「自信」だ。
何でも出来る人なのに、どうしてこんなに自信がないのか分からないけれど、せめて私に愛されているという自信を持ってくれたら嬉しいな。
私がそう言うと、ハルはキョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。
「ははっ、それは無理だろ! ミアは見知らぬ人でも困っていたら放って置けないタイプだろう? 甘やかしてくれるのは嬉しいけどさ」
「むむっ。困っている人がいたら、そりゃあ助けちゃうだろうけど……。でも、ハルは私の特別だから、えこひいきする!!」
「ミア……! ……ありがとな。俺、ミアがそばに居てくれるだけで幸せだ」
「えへへ。私も」
そうして二人でしばらく抱きしめあっていたら、遠慮がちな咳払いが聞こえてきて我に返る。
「……コホン。えーっと、愛情を確かめ合っていただくのは大変結構なのですが……それ以上見せつけられると団員たちが暴動を起こしますので、そろそろその辺りでお止めいただけたら助かります」
「あわわ……! す、すみませんっ!!」
マリウスさんが凄く申し訳無さそうな顔をしているのに気付き、慌ててハルから距離を取る。
「…………チッ」
ハルはすごく不満そうな顔で舌打ちして、マリウスさんに睨まれていた。
「全く……。殿下がミアさんが好きなのはもう十分伝わっていますから。これ以上は最早拷問ですよ」
「本当は見せたくなかったのに……。ミアを視界に入れられるだけでもありがたく思えってんだ」
二人の会話の意味はいまいちよくわからなかったけど、その日、私達を見て大量の砂糖を吐いた団員さん達が続出したらしく、しばらくは訓練にならなかったとマリウスさんがぼやいていた。
……うぅ、ごめんなさい……っ!!
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
ただのイチャコラ回でした。
近況ノートにも書いてますが、ここで一旦イチャコラは休憩です。
いつになったら帝国に行けるのか……(遠い目)
今ストックは126話までですが、まだ王国出てません。(ノ∀`)アチャー
一部タイトル回収は130話になりそうです。……はよタイトル詐欺から抜け出したい。_(┐「ε:)_
次のお話は
「118 ぬりかべ令嬢、再び。」
ぬりかべメイク復活です。
次回更新は未定です。近況ノートかTwitterでお知らせしますので、
どうぞよろしくお願いいたします!
短編の宣伝です。
「5分で読書」参加作品です。時間つぶしに是非どうぞ!
色々と間違っているシンデレラ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934173337
メン×コイ
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「ぬりかべ令嬢」共々、どうぞよろしくお願いいたします。
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